こんばんわ。
東博ではじまった大覚寺展の第三報となりまする。本展の一番のみどころの第4章が写真撮影OKだったのがうれしかった。本ブログ第一報では、本展の目玉、狩野山楽の襖絵群、牡丹図と紅白梅図を紹介し、第二報では、1~3章の概略と、第4章の渡辺始興の襖絵群などをレポした。今回は第4章の、”御冠の間”の襖絵(山楽の山水画)そして山楽の松鷹図をまとめて、大覚寺展の記録の〆としたい。
第1章「嵯峨天皇と空海―離宮嵯峨院から大覚寺へ」
第2章「大覚寺中興の祖・後宇多法皇―『嵯峨御所』のはじまり」
第3章「歴代天皇と宮廷文化」
第4章「女御御所の襖絵―正寝殿と宸殿」
”御冠の間”の襖絵は狩野山楽の山水図
正寝殿は歴代門跡の御在所(居室)であり、なかでも最も格式の高いのが”御冠の間”。本展では特別な許可を得て、この部屋を原寸大で再現している。部屋の北側の奥半分が一段、高くなっていて、そこに上畳をしき御在所としている。脇には冠を置く冠台が置かれている。背後には華やかな桐竹文様の蒔絵を全面にほどこした帳台構と呼ばれる座敷飾が付されている。奥の襖を開けた先にある”剣璽の間”には三種の神器のうち、宝剣と玉(璽)を保管した場所と伝えられる。この最高位の空間を飾るのが狩野山楽の山水図である。
”御冠の間”の原寸大再現
ここの襖絵等の実物が別に広々と展示されている。
正面の奥の襖の山水図(狩野山楽 安土桃山~江戸時代 16~17世紀、以下同様)
”御冠の間”の右側の障壁画の山水図。
左側の襖絵
桐竹蒔絵帳台構蒔絵部材 帳台構の一部。桐竹は鳳凰すなわち天子を連想させるモチーフ。
山楽の山水図
最後に、正寝殿鷹の間の山楽の松鷹図を。巨大な松と勇猛な鷹を豪壮に表した、山楽による水墨花鳥画の代表作。山楽の師である狩野永徳の檜図屏風に酷似するが、柔らかい筆使いに個性が見いだされるとのこと。
すばらしい展覧会でした。(完)
春分の日に節分草
いつもは節分の日に節分草を見に行くのだが、今年は一日遅れで春分の日に節分草を見てきました。大船フラセンで第1号(1株)を見て、第二号(1株)は浄妙寺、そして、今日、第3号は、長谷の光則寺。咲いてくれていました。それも6株も。
光則寺の山門前に咲く蝋梅の花。
山門をくぐり左方向へ。すでに先客が!
咲いてますね!と声をかけ、ぼくも小さな節分草にカメラを向ける。このコーナーに2輪。
手前に固まって4輪!
向きを変えて。
併せて6輪!春分の日に見たことに意味がある。春を呼ぶ花だから。
では、おやすみなさい。
いい夢を。
今日、実は浄妙寺の節分草も見に行っている。もう10輪ほどは咲いているかと思ったが、二日前と同じ1株のみ。この寒さで進まなかったようだ。一方、紅梅はゼロから数輪へ。
こちらの方では、地元民が守っているようです。
盗掘もあるようで、夜間の見張り?どうしているのだろう。
節分草は、持って帰っても上手く咲きません。
それに数年かかるんです。
置かれた環境で、今の季節だけを咲いてなのを、掘って持ち帰る仕業が分りません。
昔の人の情熱、これほどの大作を、命をかけて描いたものでしょうね。
懇親・魂を籠めているから、圧倒されます。
寒さが強く、陽射しも少ない一日でした。
有難うございます。
落ち着いていて
うつくしいですね!
こういう部屋に
何時間でも居たいです。
そして可憐な、節分草
鬼も微笑みそうです
春はそこまで来ています、、、ね^^