まつなる的雑文~光輝く明日に向かえ

まつなる兄さんのよしなしごと、旅歩き、野球、寺社巡りを書きます。頼りなく豊かなこの国に、何を賭け、何を夢見よう?

第6番「壺阪寺」~西国三十三所めぐり2巡目・11(春を前にした参詣)

2017年03月03日 | 西国三十三所
壺阪寺の拝観受付に向かう。「歩いて来はったん?」と驚いた顔をされる。それでも途中高取の城下町を通って来たと話すと納得した表情になる。「雛祭りは3月からやけど、もうなんぼか出てますやろ」と。ちょうど冬から春に季節が変わろうかという時季ならではの言葉である。

どうしても前の時と比べてしまう。前に開いていてさまざまな仏像や寺宝が見られた大講堂の扉は閉まっているし、前に行われていた本尊の御身拭いもない。やはりシーズンオフなのだなと思う(まあ、これが普通で前が特別だったのだろうが)。それでも参詣者はそこそこいるし、入口に観光バスが停まっていたから西国巡拝のバスツアーの団体が訪れているようだ。

壺阪寺といえば石造りの仏像のイメージがある。その数の多さ、スケールの大きさは、西国札所の一つというよりも珍スポットとして紹介されるほどである。これは寺とインドとの積極的な取り組みの賜物で、石もインドから贈られたものである。また、お里沢市の伝説にもあるように眼病治癒には力を入れている。境内の一角にある全盲の方向けの養護ホームとか、眼鏡供養とか。西国を一巡した中で、壺阪寺はそうした面ではもっともアクティブな札所ではないかと私は思う。

八角本堂に向かう前に目につくのが、この石灯籠。この方、ちょうど一年前は連日テレビのワイドショーを賑わせてなかったかと思う。灯籠は平成13年の寄贈とあるから都知事の時ではないが、その頃には政治の世界に入っていたのかな。まさかこの灯籠の費用を政治資金で落としたとは思わないが。それにしても、今の東京都は小池知事の下で五輪や豊洲の問題が取り上げられているが、この舛添さんというのはきれいに忘れ去られたなと思う。ことは舛添さんの政治資金よりも大きな中身で、本人も内心ほっとしているのではないかな。

八角本堂に入り、本尊の十一面千手観音を前にお勤めする。今回は御身拭いはできなかったが、この本尊は常に開いているのが良い。これも壺阪寺のアクティブポイントだと思う。撮影の是非は置いとくとして・・・。

参詣を終えて朱印をいただく。納経所には行列ができている。二つの窓口の一つが団体対応につきっきりで、実質一つしかない。ただそれ以上に参詣者が多いのだと思う。それは、西国三十三所草創1300年というのも関係しているだろう。今年に入り、各札所のオリジナルの朱印(というよりスタンプ)を納経帳に押すイベントが始まっている。壺阪寺のは眼鏡のイラストがあしらわれている。

一応朱印とセットで押すとポスターにあったし、先に並んでいた人たちももれなく押してもらっている。私の番になり、先達用の巻物型の納経帳を出したのだが・・・返されたのをよく見ると眼鏡のスタンプはなかった。全て押すのでは?と訊いてもよかったのだろうが、寺の人も次々に客が来て忙しそうだったのでそのままにした。スタンプのことくらいで文句を言っても仕方ない。私のだけ飛ばしたり、忘れたりということはないだろう。先達用の納経帳はスペースが狭く、スタンプを押す場所がないからなのかなとか、「納経軸や白衣は対象外」とあったからそれに準じたのかなとか、理由はあるはずだ。またそれが壺阪寺だけなのか他はどうなのか。どなたかご存じの方がいらっしゃれば。

この後は高さ20メートルの大観音像のエリアなど回り、入口に戻る。つぼさか茶屋も本日休業のようで、やはりまだ冬なのだなという感じがした。あと数日待てば3月となり、高取の城下町では雛祭りが開かれ、壺阪寺でも春の行事があるというのに・・・。

どうせ行くならベストの時季に行きたいところだが、そうもいかない。まあ、この日は元々「青の交響曲」に乗ることから出かけたのである。それでいいではないかと、やって来た最終バスに一人揺られながら思うのであった・・・・。
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