11月20日、石見を横断して旧三江線の宇都井駅にやって来た。NPO法人「江の川鉄道」が運行する14時40分発のトロッコ列車を予約していたのだが、この前に訪ねた広浜鉄道の遺産めぐりに思ったより時間を取ったため、果たして間に合うかひやひやしたが(島根県の広さを甘く見ていた感もある)、あくまで適度なスピードで運転した結果、発車の15分ほど前に到着し、無事に乗車手続きができた。
宇都井駅周辺では11月19日、20日の夜に「INAKAイルミ」というイベントを行っており、地元の人たちがさまざまな工夫をこらして田園風景をライトアップするという。その両日は夜もトロッコ列車が運転されるとあり、予約も可能だったが、広島まで帰宅することを考えて見送りとした。また、ライトアップ直前の16時以降は周辺道路の車両通行が禁止とあった。イルミネーション見物には手前の羽須美中学校にクルマを停めてバスで宇都井駅にアクセスするようにとある。それどころか、その時間までにこの周囲から離れなければイルミネーションが終わるまで中からクルマで出ることもできない。トロッコ乗車が終わればすみやかに宇都井を離れる必要がある(まあ、この次に口羽にある中国四十九薬師の札所に行かなければならないのですぐに移動するつもりだが)。
宇都井駅に来たのは2020年11月以来ちょうど2年ぶり。そういえばその時も地元の人たちがイルミネーションの準備をしていたように思う。宇都井駅、口羽駅を管理する「江の川鐡道」の活動も広がりを見せているようで、これから乗るトロッコ列車も当初は2両だけだったのが、寄付金も集まりもう1両増設して乗客定員も10名まで増えた。
宇都井駅の階段を上がる。2年前は私のクルマについている古いカーナビのデータをもとに三次から江津まえ旧三江線に近いところに沿って走ったが、その時は宇都井駅の中には入れなかった。かつて乗った時も列車で通過しただけで、建物に入るのは初めてである。
ホームの高さは地上20メートルにあり、そこに上がるにはエレベーターもなく階段だけである。階段は116段あり、途中の踊り場には「あと〇〇段」という手作りの応援メッセージも出ている。高さ20メートルは建物の6~7階に相当するそうで、こうして観光で来る分には面白いかもしれないが、三江線が走っていた当時、日常的に利用していた地元の人たちにとっては難所だったことだろう。もっとも、宇都井駅の1日平均利用人数はもっとも多い年でも9人、廃線前の10年間では1人もしくは0人だったが・・。利用者の少なさは階段のせいではないだろう。
さて、ホームに上がると架け替えられた駅名標もあり、スタッフが駅員よろしく列車の案内、そしてトロッコ列車入線のメロディーも流す。
やって来たトロッコは前の便の折り返し。思ったよりも小ぶりである。トロッコの屋根の高さがホームから少し顔を出す程度のものである。この車両、かつて三江線を走っていたレールバスタイプの小型車両をイメージしたデザイン、塗装である。乗車するのはホームの先で、ステップを降りて線路上に出る。こういう乗り方も貴重である。
この便は10人の定員が満員となり、席割は当日の予約状況でスタッフが決めるようである。家族連れ、グループができるだけ同じ車両、同じ並びになる配置とした結果、私は運転席横の席となった。おひとり様の消去法で決まったのだろうが、運転席横で前面展望も楽しめるのでラッキーだ。その運転席もミニバイクのような造りだ。トロッコなので足元もスケスケで、持ち物を落とさないよう注意が必要だ。
車掌役のガイドも乗り込み、後方からアナウンスが入って出発進行である。この時はガイドの音頭にのって前方を指さし、「出発進行!」。
まずは時速5キロ程度で宇都井駅のホームを通り過ぎる、スタッフ、見物客の見送りを受ける。見る角度では、京阪電車やJR東日本の2階建て車両の階下席からの眺めに近いように感じた。
駅前方のトンネルに入る。しばらくは暗闇の中、ヘッドライトだけが頼りだ。風も容赦なく入るのがトロッコならではだ。
そして後半には、イルミネーションとは一味違うが、トンネルの壁画に影絵を映すイベントがある。手元のカメラでは上手く撮れなかったので画像はないが、さまざまな動物やキャラクターがトンネルの壁に映し出され、独特の面白さである。
トンネルの出口が見えて来たが、手前でいったん停止する。車掌役のスタッフが車外に出て何やら調べる。風速計があるそうで、これから江の川に架かる橋梁を渡るのだが、一定の条件をクリアしなければトロッコ列車が渡ることはできないそうである。幸いこの時は外はほぼ無風で、条件はクリア。これから改めて江の川を渡ることにする。トロッコ列車の運転も好き勝手にできるものではなく、関係各所の理解があってのことである。
そして「第三江川橋梁」を渡る。二層構造になっていて、下層は歩行者は渡ることができるそうだ。この橋の上をゆっくり走るのだが、私、あまりこうした場面は得意ではない。下を見るのも恐る恐るである。
橋の真ん中で停車。ここが江の川を介した島根県と広島県の境で、この先が広島県である。トロッコで県境を越えるというのがこの「鐡道」の一番の売りである。ただ、県境を越えるにあたっては行政をはじめとした各方面への働き掛けも尋常ではなかったそうである。現状として「やっと県境を越すことができた」というところのようだ。
橋梁を渡り、次のトンネルの手前の陸地に停車する。トロッコはここで折り返しとなる。いったん全員下車し、周囲の観察や記念撮影のしばしの時間となった。画像は公開しないが、私も運転手、車掌役のスタッフにて橋梁、トンネル、車両をバックに珍しくスマホのボタンを押してもらった。普段、お願いされることはあっても自分から撮影は頼まないのだが、この時ばかりは特別な感じだったと思う。
スタッフによるガイドもある。よく見ると鉄橋には線路の外側にもう2本線路がある。ガイドレールというもので、もし強風などで列車が脱線しても外側のレールで受け止めることで横転を防ぐという。他にも車両の解説などもあり、かつて三江線に乗っていただけでは知ることのなかった話も聞くことができた。
ここで折り返しとなる。座席は先ほどと同じで、今度は最後尾から車窓を見ることになる。意外にも運転手も同じ席で、後退での運転となる。再び、第三江川橋梁を渡る。さすがに復路は先ほどと比べて多少は落ち着いた気持ちで橋の上の時間が過ぎる。トンネルに入り、影絵の区間を過ぎるとスピードを時速15キロほどに上げて快走する。
宇都井駅に戻って来た。次の便を待つ客の出迎えを受ける。往復で30分ほどの時間だったが、廃線跡をこうしてたどることができて貴重な経験である。1回の運行で10人の座席がいずれもほぼ満席・・・何なら、現役当時の三江線の利用人数より多いのでは?とも思うが、そこはあくまで切り離して考えるべきだろう。こうした廃線跡の維持活動も各方面の理解があってのことで、さらに継続するには多くのエネルギーを必要とするところだろうが、トロッコ乗車、そしてグッズの購入で少しでも力になれたかなと思う。
NPO法人で活動する有志以外の、いわゆる地元の一般の人たちがどのくらい理解・協力するかにもよるが・・。
イルミネーションの時間も近いし、私もこの先もう1ヶ所札所めぐりをしなければならないので、宇都井駅を速やかに出る。先ほどとは反対の場所から駅舎を遠く見る。
そして江川を渡り、国道375号線に出る。先ほど渡った江川第三橋梁がある。しばらく待つと、次のトロッコ列車がちょうど橋梁に差し掛かり、中央にある県境のスポットで停車した。さすがに、トロッコの中から私の姿は気づかないだろうな・・。それでも、橋梁をトコトコ渡る姿を見るのは面白いものである。
こうして、現在の地元NPO法人の活動を間近に見ることはできたが、長い目で見るとどうなのだろうか。ここまで可部線、広浜鉄道、そして三江線と廃線跡、未成線跡をたどって来たが、地元の温度差もあるだろうし、「江の川鐡道」の数年後は現在のように右肩上がりになっているかどうか。また時を置いて見に来たいものである・・・。