まつたけ秘帖

徒然なるままmy daily & cinema,TV drama,カープ日記

美しすぎる殺人鬼!

2016-03-03 | フランス、ベルギー映画
 「死への逃避行」
 老探偵“鷹の目”は、ある女の素行調査を依頼される。その女カトリーヌは、金持ちの男を誘惑しては殺してヨーロッパを転々としている殺人鬼だった。いつしか“鷹の目”は、カトリーヌに亡き娘を重ね始めて…
 世界には素晴らしい女優がキラ星のごとく犇めいていますが、私にとって永遠不変の絶対的女優、映画の女神といえば、今も昔もイザベル・アジャーニなのです。数々の作品で、その唯一無二な美貌と演技でファンを圧倒、魅了してきたイザベルですが、代表作「殺意の夏」と同年に出演したこの異色作の彼女もまた、神がかり的な美しさと憑依的な演技を披露しています。全出演作中、最も美しいかもしれないイザベルです。

 イザベル・アジャーニといえば、強く深い愛ゆえに狂気の淵に落ち、破滅してしまうヒロイン。イザベル・アジャーニにしかできない、許されないヒロインばかりです。他の女優、フツーにきれい、フツーに演技が巧い女優が演じたら、とても見てられない滑稽で醜悪な女になってしまう役(「アデルの恋の物語」のストーカー娘、「ポゼッション」の化け物とセックスするき○がい人妻、「王妃マルゴ」の血まみれ淫乱王女etc.)も、この世のものとは思えぬイザベルの清冽、鮮烈な美貌とシャーマニックな演技で、魅惑のヒロインになってしまうのです。

 この「死への逃避行」のイザベル・アジャーニも、彼女ならではのヒロイン。女殺人鬼、という異常な役なのですが、アメリカの映画やドラマに出てくるステレオタイプなサイコ女とは一線も二線も画しています。まず、とにかく、美しい!!ちょっとね、ほんとにね、美人ともてはやされてる今の人気女優とは、美の質が違うんですよ。神秘的、というのが一番ぴったりな表現かも。神秘的に美しい女優なんて、今いないですよね~。謎とか秘密という言葉が、これほど似合う女優もいない。

 彼女を見るたびに、いつも思ってしまう。神さまが、一世紀に一人か二人、天工の美女を地上に生ませて、人間の中でどんな生涯を送るか試しているのでは…と。イザベル・アジャーニの美しさは、でも天恵というより呪いに近いかも。美貌ゆえに、フツーの人のような幸せには縁がない、フツーの人より悲運や不幸に愛される、そんな美しさ。ゆえに幸せになれない、幸せが似合わない。殺人鬼カトリーヌと大女優イザベル・アジャーニがシンクロする。クロード・ミレール監督の脚本、演出もまた、現実に背き、ふわふわと異郷を彷徨っている妖精、というイザベル・アジャーニのイメージを大切にしています。ゆえに、ファンの間で評価が高い作品になっているのではないでしょうか。

 殺人のたびに、名前やファッション、髪型や髪色、瞳の色、キャラも変えるカトリーヌ。イザベル・アジャーニの華麗なる七変化も楽しめます。レズシーンまであり。焦点の定まっていない瞳も、相変わらずヤバくて美しい。カトリーヌも狂気のヒロインですが、いつもの激情型とは違い、抑え気味な演技は不穏で不気味です。殺人鬼なのに、すごく可憐で清純なところもイザベル・アジャーニらしい。すご~く儚げであどけないんですよ。父親への失われた愛が狂気の原因、というのは「殺意の夏」と同じ。幼児退行的な表情と仕草は、ヤバいほど可愛いです。実生活では、お父さんとすごく仲がよかったというイザベル。愛するお父さんが他界した1983年は、「炎のごとく」「殺意の夏」そしてこの「死への逃避行」と、まるでパパ追慕みたいなファザコンヒロインばかり演じてます。お父さんへの想いを、少女みたいな純真で思いつめた演技へと昇華させたイザベルは、やはり天性の女優。同時に、哀しみや痛みさえも演技に反映させてしまうという、女優の業の深さに畏怖してしまいます。

 この映画、決してコメディではないのですが…何かクスっと笑えるシーンが多いんですよね~。それはたぶん、主演の故ミシェル・セローによるところが大きい。名作「Mr.レディ、Mr.マダム」など、フランスの名優にして名コメディアンでもあったセロー氏なので、そこはかとなくコミカルなんです。殺人鬼カトリーヌよりも、ある意味ヤバい人である“鷹の目”を、怖いというより滑稽に演じてます。いつしか亡き娘と見なすようになったカトリーヌの犯罪の証拠隠滅、死体処理までやり始め、パパが守ってあげるからね♪と、こっそり執念深くカトリーヌを追っかけ。カトリーヌが盲目の男と本気で愛し合う仲になると、激しく嫉妬。俺の娘に近づくなー!とプッツンして、男を殺しちゃったり。カトリーヌの恋人が“鷹の目”に突き飛ばされてバスに轢かれて死んじゃうシーン、これって非道い!んだけど、笑えるシーンでもあるんですよ。ヤバっ!と我に返り、盲人のフリしてシレっと逃げちゃう“鷹の目”。毒があってスットボけてるという珍妙さを、フランスの名優らしいエスプリ風味で名演してるセロー氏が味わい深いです。

 ブリュッセル、バーデンバーデン、ローマ、ニース。カトリーヌと“鷹の目”が転々とするヨーロッパの風景も、美しく旅情に満ちてます。
 「なまいきシャルロット」や「小さな女泥棒」など、シャルロット・ゲンスブール主演の佳作で知られるクロード・ミレール監督。フランソワ・トリュフォー監督っぽい作風が好きだったので、亡くなったというニュースはすごく悲しかったです。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする