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深作欣二監督『仁義なき戦い・完結篇』その1

2014-06-27 08:52:00 | ノンジャンル
 深作欣二監督の'74年作品『仁義なき戦い・完結篇』をWOWOWシネマで見ました。
 広島のヤクザの抗争は昭和39年に終結。打本組は解散し、武田(小林旭)は未決のまま釈放され、広島に散在する組をまとめ上げ、暴力団の肩書きを外し、政治結社“天政会”を結成したが、それが新たな流血の原因になった。“天政会二代目会長 武田明”、“同副会長 大友勝利”(宍戸錠)、“同理事長(武田組若頭)松村保”(北大路欣也)、“同幹事長 早川英男”、“同理事 江田省一”(山城新伍)、“大友組若頭 間野豊明”(山田吾郎)。
 広能組の若い者は天政会の旗を倒し、乱闘を起こす。天政会の幹部らは広能組の者ら全員に指を詰めさせろと言うが、武田は若い者のことは松村に任せてると言い、賛成多数で松村に一任される。“呉・市岡組々長 市岡輝吉”(松方弘樹)は広能組に出向くと、“広能組若頭 氏家厚司”(伊吹吾郎)は若い者には広島に出るなと言ってるんだがと言う。「そんな弱腰で兄貴の留守が務まるんか? なんですぐ仕返しせん?」「落ち度はこっちにある」「攻撃は最大の防御だ。天政会が呉に来たらやれ」。
 “昭41.5.23 広島市竹屋町”。“昭41.5.23 天政会参与 杉田佐吉死亡”。杉田はもぐりの金融業を営み、武田の経済顧問で有力な資金源だった。葬儀に市岡が来る。大友「ぬけぬけと」市岡「気をつけて物を言え」武田「早う帰れ」市岡「(大友を指して)こんな気狂いを雇うようなら先は見えてる」。大友は拳銃を抜くが取り押さえられ、松村は弾を抜いて大友に拳銃を返す。大友は松村を殴る。武田「(松村に)頭下げ。今喧嘩してる時じゃない。天政会を結成して2年。世間の目がある」大友「市岡との喧嘩は1人でやる」山守(金子信雄)「勇ましい。任侠道の鏡だ」武田「挑発に乗る者は除名する」。
 昭和41年6月、天政会の不穏な動きを察知した警察と検察は拳銃密輸の容疑で事務所を強制捜査、次の抗争を回避させるため、武田以下幹部を逮捕する方針を固めた。事務所から24丁の拳銃が出てきたという新聞記事を見て、また会長にカムバックできると喜ぶ山守。大友に早川が会いに来て、今日の会議で武田が3代目に松村を決める腹だと知らせる。幹部会では武田が松村を指名したのに早川が異議を申し立て、大友がいいと言う。武田は「それが筋だとは分かってる。しかし大友さんには昔の問題があり、世間や警察の思惑を考えると」と言う。長老の大久保(内田朝雄)も松村を推し、早川の言い出した決選投票の結果1票差で松村が選ばれる。武田と大久保の描いた筋書き通りになり、危機は回避され、武田はその夜に逮捕された。
 武田の逮捕で天政会の皆が浮き足立ち、松村は会長の全財産を掌握し、事を収めようとしたが、跡目争いは激しくなる一方だった。杉田を殺した犯人は大阪で捕まる。松村の情婦になっていた杉田の娘(野川由美子)は闇金融の仕事を辞めたいと言うが、松村は許さない代わりに、結婚しようと言う。杉田の娘が帰った後、大友組が松村を襲う。一方、広能は刑務所でこれまでの経験を「つまらん者が上に立ったので、若い者が命を失った」と本に書いている。そこに市岡が面会に来て、大友が松村を襲い、大友が保釈でまもなく出ると伝え、広島を取るチャンスだと言うが、広能は「気が滅入る。皆喧嘩の後始末がどういうものか分かってない」と答え、市岡は「シャバに出れば元気になる」と慰める。
 昭和43年秋、大友は保釈となり、松村は不問に帰すことにした。これにより松村の弱腰が糾弾され、大友一派をつけあがらせる結果となった。市岡は大友を招待し、松村をやるために兄弟盃を交わしたいと申し出る。翌日、2人は兄弟盃を交わし、これを聞いた者は皆耳を疑う。
 大友に松村から電話が入るが、大友は居留守を使う。松村は槙原と江田を訪ねるが、槙原が先に帰ると、江田は松村に、槙原に尾行をつけろと言う。槙原は大友と早川を訪ねると、早川は次の幹部会で松村の不信任案を出し、大友が会長になったら槙原を副会長にすると言う。その動きを察知した松村は大友の若頭の間野に金を渡す。その夜、松村は江田と呉の槙原を訪ね、出所祝いに月に二百万にはなる仕事の契約書を提示し、力を貸してほしいと言う。広能組の若者アキ(桜木健一)は槙原を殺ろうとするが、水中銃で自分の足を撃ってしまう。(明日へ続きます‥‥)

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