また昨日の続きです。
その夜、妻の恭子に大輔の結婚のことを話すと、初めは「よかった、よかった」と顔をほころばせたが、相手が中国人とわかると、「そうなの」と一転して表情を曇らせた。和昌は言った。「この前、嫁さんも見た。ホームセンターで大輔さんと買い物してたさ」「話はしたのか」「いいや。こっちがお辞儀して、向こうもお辞儀して、それでおしまい」「どんな人だった?」「普通の女の人だべや」「大輔君はどんな感じだった?」「知らねって、ほんと、挨拶しただけだから」和昌がうるさそうに言い、ご飯を食べ始めた。
小さな町なので、大輔の結婚はたちまち町民の間に知れ渡った。「大輔君、新婚旅行が終わったら、みんなに紹介するそうだべ。野村さんが言ってた」と瀬川。「じゃあ、それでいいんでないかい」と康彦は言った。そこに佐々木が現れた。「ところで佐々木さん、過疎地での国際結婚って多いわけ?」瀬川が聞いた。「多いです。農業、漁業はどこも跡取り問題で悩んでますからね」「お金はどれくらいかかるんだべか」「わたしが聞いた話では、総額二百万円程度ということですが。それよりも苫沢には昔、縁談促進実行委員会というものがあったそうですね。復活させてみるっていうのはどうですかね。町でも協力を惜しみませんが」「いいねえ。うちの倅もなんとかしてほしいべ」。二人が帰ると、和昌が帰宅した。「ところで、和昌はいくつぐらいで結婚するつもりだ」「なんだべ、いきなり。まだ考えてねえよ」「札幌の理容学校に行ってる間に見つけろ。こっちに帰って来てからだと手遅れになる」「知らねえ、そったらこと」和昌はたちまち不機嫌になり、自分の部屋へと去って行った。
大輔は依然として中国人妻を披露しようとはしなかった。出没するのはホームセンターを兼ねたスーパーマーケットと郵便局だけらしい。先日は恭子もスーパーで夫婦を見かけた。紙おむつを山ほどカートに載せていたが、これも中国へ送るのだろう。粗悪品だらけの中国では、あらゆる日本の日用品が引っ張りだこだ。母が聞いた話では、大輔の両親も困っているらしい。「親戚を集めて祝言を上げようとしたけど、本人が嫌がるんだって。結局嫁さんを連れて、近しい親戚だけ一軒一軒回って紹介したそうだべ。また手間がかかることをわざわざ……」「ちなみにお奥さんはどうだべさ。ホームシックにかかってるとか」「それが全然。片言の日本語で買い物はするし、自動車教習所でもわからないことがあると教官をつかまえてなんでも質問するし、おまけに家では毎晩ビールを飲んでAKBの歌を唄ってるそうだべ」「そりゃよかった」康彦は苦笑し、安心もした。奥さんは明るい人のようだ。となれば大輔が心を開けば、すべて丸く収まるのである。
「いっそみんなで押し掛けるか。結婚したそうだけど紹介してくれって。一回でいいべや。それで済んだことになる」瀬川が言った。冗談のつもりだろうが、本当にそれでいいような気がしてきた。
翌日、客の老人を家まで送るついでに、大輔に会いに行った。「大輔君、結婚したそうだけど、おめでとう」大輔が一瞬赤面した。「あ、どうも」目を見ないで答える。「青年団とか、農協とか、みんなが大輔君のお祝いをしたがってるんだけど。大輔君、受けてもらえねえべか」「ぼくは……遠慮します」。康彦は余計なお世話だったことを詫びて踵を返そうとしたら、「あの」と大輔が声を発した。「おれ、自分でもおかしいと思ってるのさ。なんか、人前に出ると息苦しくなることがあって……」大輔は見合いの実態を話し、随分と疲れるものだったと語った。「やっぱりぼくとしては、敗北感みてえなもんが心の底にあってね。だから、みんなの前に出るのがいやなわけ。たぶん、野村んとこの大輔は中国で嫁を買って来た、みてえなこと言って陰で笑う連中も中にはいるんじゃねえかって------」「いねえ。そんなのいるわけねえ。大輔君、もっと堂々としてろ。いやかもしれねえが、いっぺん披露宴やれ。小さいのでいい。そこで嫁さん紹介しろ。それで全部終わる。たった二時間かそこらで、全部終わるべ」「じゃあ、小さいのなら、農協の井本にでも相談してみっかな」「井本君。いいねえ。彼はいい青年だ。こっちからも話しておくべさ」夕日を浴びた大輔がいい男に見えた。もっとも笑い方は、依然としてぎこちないのだが。(また明日へ続きます……)
その夜、妻の恭子に大輔の結婚のことを話すと、初めは「よかった、よかった」と顔をほころばせたが、相手が中国人とわかると、「そうなの」と一転して表情を曇らせた。和昌は言った。「この前、嫁さんも見た。ホームセンターで大輔さんと買い物してたさ」「話はしたのか」「いいや。こっちがお辞儀して、向こうもお辞儀して、それでおしまい」「どんな人だった?」「普通の女の人だべや」「大輔君はどんな感じだった?」「知らねって、ほんと、挨拶しただけだから」和昌がうるさそうに言い、ご飯を食べ始めた。
小さな町なので、大輔の結婚はたちまち町民の間に知れ渡った。「大輔君、新婚旅行が終わったら、みんなに紹介するそうだべ。野村さんが言ってた」と瀬川。「じゃあ、それでいいんでないかい」と康彦は言った。そこに佐々木が現れた。「ところで佐々木さん、過疎地での国際結婚って多いわけ?」瀬川が聞いた。「多いです。農業、漁業はどこも跡取り問題で悩んでますからね」「お金はどれくらいかかるんだべか」「わたしが聞いた話では、総額二百万円程度ということですが。それよりも苫沢には昔、縁談促進実行委員会というものがあったそうですね。復活させてみるっていうのはどうですかね。町でも協力を惜しみませんが」「いいねえ。うちの倅もなんとかしてほしいべ」。二人が帰ると、和昌が帰宅した。「ところで、和昌はいくつぐらいで結婚するつもりだ」「なんだべ、いきなり。まだ考えてねえよ」「札幌の理容学校に行ってる間に見つけろ。こっちに帰って来てからだと手遅れになる」「知らねえ、そったらこと」和昌はたちまち不機嫌になり、自分の部屋へと去って行った。
大輔は依然として中国人妻を披露しようとはしなかった。出没するのはホームセンターを兼ねたスーパーマーケットと郵便局だけらしい。先日は恭子もスーパーで夫婦を見かけた。紙おむつを山ほどカートに載せていたが、これも中国へ送るのだろう。粗悪品だらけの中国では、あらゆる日本の日用品が引っ張りだこだ。母が聞いた話では、大輔の両親も困っているらしい。「親戚を集めて祝言を上げようとしたけど、本人が嫌がるんだって。結局嫁さんを連れて、近しい親戚だけ一軒一軒回って紹介したそうだべ。また手間がかかることをわざわざ……」「ちなみにお奥さんはどうだべさ。ホームシックにかかってるとか」「それが全然。片言の日本語で買い物はするし、自動車教習所でもわからないことがあると教官をつかまえてなんでも質問するし、おまけに家では毎晩ビールを飲んでAKBの歌を唄ってるそうだべ」「そりゃよかった」康彦は苦笑し、安心もした。奥さんは明るい人のようだ。となれば大輔が心を開けば、すべて丸く収まるのである。
「いっそみんなで押し掛けるか。結婚したそうだけど紹介してくれって。一回でいいべや。それで済んだことになる」瀬川が言った。冗談のつもりだろうが、本当にそれでいいような気がしてきた。
翌日、客の老人を家まで送るついでに、大輔に会いに行った。「大輔君、結婚したそうだけど、おめでとう」大輔が一瞬赤面した。「あ、どうも」目を見ないで答える。「青年団とか、農協とか、みんなが大輔君のお祝いをしたがってるんだけど。大輔君、受けてもらえねえべか」「ぼくは……遠慮します」。康彦は余計なお世話だったことを詫びて踵を返そうとしたら、「あの」と大輔が声を発した。「おれ、自分でもおかしいと思ってるのさ。なんか、人前に出ると息苦しくなることがあって……」大輔は見合いの実態を話し、随分と疲れるものだったと語った。「やっぱりぼくとしては、敗北感みてえなもんが心の底にあってね。だから、みんなの前に出るのがいやなわけ。たぶん、野村んとこの大輔は中国で嫁を買って来た、みてえなこと言って陰で笑う連中も中にはいるんじゃねえかって------」「いねえ。そんなのいるわけねえ。大輔君、もっと堂々としてろ。いやかもしれねえが、いっぺん披露宴やれ。小さいのでいい。そこで嫁さん紹介しろ。それで全部終わる。たった二時間かそこらで、全部終わるべ」「じゃあ、小さいのなら、農協の井本にでも相談してみっかな」「井本君。いいねえ。彼はいい青年だ。こっちからも話しておくべさ」夕日を浴びた大輔がいい男に見えた。もっとも笑い方は、依然としてぎこちないのだが。(また明日へ続きます……)