WOWOWシネマで、ジョン・M・チュー監督の’16年作品『グランド・イリュージョン 見破られたトリック』を見ました。世界中のコンピュータから個人データを盗み出せるチップを巡って、悪役のマイケル・ケインを相手に、若いマジシャン集団、ホースメンが活躍するというストーリーで、重要な役でモーガン・フリーマンも出演していました。
さて、また昨日の続きです。
喧嘩の原因がわかったので、康彦は副署長に会いに行った。早苗の名前は出さずに、谷口が友人を侮辱されて、それで怒り出したということにした。「じゃあ謝罪の件、くれぐれもよろしく頼んます。うちは厳重注意ということで済ませておくから」。副署長もほっとした様子だった。康彦は時間に任せることにした。これまでも町民同士のいがみ合いは幾度となくあった。その都度、時間が解決してくれた。副署長には隠したが、瀬川には本当のことを教えた。そして早苗には男がいるみたいだとも。「ふうん、そうだろうな。あれだけの女っぷりで、男がいねえわけはねえか。でもやっちゃん、このことシュウちゃんや桜井君にはもうしばらく黙っておいた方がいいべな」「はは。それも悪くないけどな」。瀬川が寂しそうな笑い声を発し、帰って行った。康彦は湯呑を片付け、母屋で休憩することにした。予約が大半で、飛びこみの客はほとんどない。だから今日はもう誰も来ないだろう。燃料節約のため、暖房も切った。店の中がいっそう静かになった。
「赤い雪」
冬の苫沢町に映画のロケ隊がやって来ることになった。大手の映画会社ではなく、監督の名前も知らなかったが、主演女優が大原涼子だとわかり、町中が色めき立った。地域振興課長の藤原は誘致成功に鼻高々で、町民をつかまえては自慢話をしていた。「タイトルは?」「『赤い雪』っていうらしいけど。それより大原涼子だって。大原涼子が出るなら、まず話題になることは間違いねえっしょ。苫沢だって、町の名前がそのまま出るそうだから、ロケ地の苫沢も一躍全国区よ」「ああ、そだね」。結局、藤原は映画の内容について、はっきりしたことは言わなかった。藤原が帰ると、入れ替わりに瀬川がやって来た。「だいたい、映画のロケ地になるのはええけど、ストーリーが連続殺人事件だっていうから穏やかでねえべ。却ってイメージが悪くなるんでないかい」「そうなの?」「おまけに男女の濡れ場もあるそうだから、少なくとも家族で観られる映画じゃねえべ」「ふうん」。
息子の和昌は、家を出て、計画通り札幌の理容学校に春から通い始めた。最初は月に一度帰って来たが、最近はお盆以降は一度も帰っていない。向こうに遊び仲間が出来たのだろう。若いから当然のことだ。
土曜日の夕方、町民ホールで映画ロケの説明会があった。町民の協力が必要なのと、エキストラの募集があるので、その告知のための集まりである。「地域振興課の藤原です。プロデューサーは東京での仕事があるので、この先はロケ開始まで、わたしが窓口業務を担当します。苫沢町にとっては初めての映画ロケです。それも冬季における……」「おい、課長さんよ。演説でも始める気か」。藤原は苦笑いをすると、「撮影は主に野田池の町営住宅近辺で行われます。期間中は周辺で交通規制がありますが、助監督が指示するので従ってください。ただし一日だけカーチェイスがあって、それは信号を止めることもあって、警察が規制します」「おうカーチェイスだってよ」。若い連中が色めき立った。「町民の手を必要とするものについては、雪のかまくらを十個ほど並べて、子供たちが遊ぶシーンがあります。そのかまくら作りには、青年団と中学生に協力していただきます。それから、ロケ地の雪かきは、消防団にお願いしようかと思っています」。藤原の説明は続いた。エキストラの出番はかなりあった。ちなみにエキストラのギャラは無料とのこと。台詞付きのエキストラは数人必要で、町民たちはみな乗り気の様子だった。何を思ったか、母の富子まで、死体を見つけて腰を抜かす老婆役のオーディションを受けると言い出した。札幌から赴任中の二十代の中学教師が、「キャストを見ると、結構期待出来ますけどね」と言うので、ほうと思った。「おじさん、和昌君が映画のオーディションを受けるって言ってたよ。次の週末には帰って来るって」。瀬川の息子、陽一郎が声をかけてきた。なるほどこれが映画ロケ誘致の効果なのかと、康彦は得心した。束の間だとしても町が盛り上がる。
週が明けると、町の受け入れ準備が始まった。藤原は宿と弁当の振り分けで問題を抱えているようだった。恭子によると、タクシーのチャーターも割り当てで揉めているらしい。降って湧いた需要にみながあやかろうとしているのだ。(また明日へ続きます……)
→Nature Life(http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto)
さて、また昨日の続きです。
喧嘩の原因がわかったので、康彦は副署長に会いに行った。早苗の名前は出さずに、谷口が友人を侮辱されて、それで怒り出したということにした。「じゃあ謝罪の件、くれぐれもよろしく頼んます。うちは厳重注意ということで済ませておくから」。副署長もほっとした様子だった。康彦は時間に任せることにした。これまでも町民同士のいがみ合いは幾度となくあった。その都度、時間が解決してくれた。副署長には隠したが、瀬川には本当のことを教えた。そして早苗には男がいるみたいだとも。「ふうん、そうだろうな。あれだけの女っぷりで、男がいねえわけはねえか。でもやっちゃん、このことシュウちゃんや桜井君にはもうしばらく黙っておいた方がいいべな」「はは。それも悪くないけどな」。瀬川が寂しそうな笑い声を発し、帰って行った。康彦は湯呑を片付け、母屋で休憩することにした。予約が大半で、飛びこみの客はほとんどない。だから今日はもう誰も来ないだろう。燃料節約のため、暖房も切った。店の中がいっそう静かになった。
「赤い雪」
冬の苫沢町に映画のロケ隊がやって来ることになった。大手の映画会社ではなく、監督の名前も知らなかったが、主演女優が大原涼子だとわかり、町中が色めき立った。地域振興課長の藤原は誘致成功に鼻高々で、町民をつかまえては自慢話をしていた。「タイトルは?」「『赤い雪』っていうらしいけど。それより大原涼子だって。大原涼子が出るなら、まず話題になることは間違いねえっしょ。苫沢だって、町の名前がそのまま出るそうだから、ロケ地の苫沢も一躍全国区よ」「ああ、そだね」。結局、藤原は映画の内容について、はっきりしたことは言わなかった。藤原が帰ると、入れ替わりに瀬川がやって来た。「だいたい、映画のロケ地になるのはええけど、ストーリーが連続殺人事件だっていうから穏やかでねえべ。却ってイメージが悪くなるんでないかい」「そうなの?」「おまけに男女の濡れ場もあるそうだから、少なくとも家族で観られる映画じゃねえべ」「ふうん」。
息子の和昌は、家を出て、計画通り札幌の理容学校に春から通い始めた。最初は月に一度帰って来たが、最近はお盆以降は一度も帰っていない。向こうに遊び仲間が出来たのだろう。若いから当然のことだ。
土曜日の夕方、町民ホールで映画ロケの説明会があった。町民の協力が必要なのと、エキストラの募集があるので、その告知のための集まりである。「地域振興課の藤原です。プロデューサーは東京での仕事があるので、この先はロケ開始まで、わたしが窓口業務を担当します。苫沢町にとっては初めての映画ロケです。それも冬季における……」「おい、課長さんよ。演説でも始める気か」。藤原は苦笑いをすると、「撮影は主に野田池の町営住宅近辺で行われます。期間中は周辺で交通規制がありますが、助監督が指示するので従ってください。ただし一日だけカーチェイスがあって、それは信号を止めることもあって、警察が規制します」「おうカーチェイスだってよ」。若い連中が色めき立った。「町民の手を必要とするものについては、雪のかまくらを十個ほど並べて、子供たちが遊ぶシーンがあります。そのかまくら作りには、青年団と中学生に協力していただきます。それから、ロケ地の雪かきは、消防団にお願いしようかと思っています」。藤原の説明は続いた。エキストラの出番はかなりあった。ちなみにエキストラのギャラは無料とのこと。台詞付きのエキストラは数人必要で、町民たちはみな乗り気の様子だった。何を思ったか、母の富子まで、死体を見つけて腰を抜かす老婆役のオーディションを受けると言い出した。札幌から赴任中の二十代の中学教師が、「キャストを見ると、結構期待出来ますけどね」と言うので、ほうと思った。「おじさん、和昌君が映画のオーディションを受けるって言ってたよ。次の週末には帰って来るって」。瀬川の息子、陽一郎が声をかけてきた。なるほどこれが映画ロケ誘致の効果なのかと、康彦は得心した。束の間だとしても町が盛り上がる。
週が明けると、町の受け入れ準備が始まった。藤原は宿と弁当の振り分けで問題を抱えているようだった。恭子によると、タクシーのチャーターも割り当てで揉めているらしい。降って湧いた需要にみながあやかろうとしているのだ。(また明日へ続きます……)
→Nature Life(http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto)