昨日の衆院選、自民が過半数を取るとは夢にも思いませんでした。やはりアベノミクスのバブルが崩れ、株価が暴落しないと政権交代は起こらないのかもしれません。
さて、また昨日の続きです。
「しかし、秀平君はどこで道を誤ったんだか。おれが知ってる秀平君は、明るくて、礼儀正しくて、リーダー格で、いい子だったけどな」瀬川が言った。しばらくしたら、役場の職員が店にやって来て、マスコミの対応でとんだ残業だと言った。「あのよ、マスコミの話、広岡君に教えた方がいいんでないかい? マスコミに捕まったら家族がさらし者になるべ」康彦が言った。「だから、やっちゃんが伝えて来てよ」と瀬川。みんな一種の興奮状態で、日付が変わるまで誰も帰ろうとしなかった。
翌朝、瀬川から電話がかかってきた。「やっちゃん、広岡君にもう電話した? 避難させた?」「いや、まだだけど」「何よ、かけてねえの? 広岡君の家の前にもうテレビ局の車が何台も停まっていたってよ」「すまね。手遅れだった」「ちょっと様子を見に行かねえか、放ってはおけんだろう」「ああ、そうだね」これから瀬川と広岡の家に行くと教えたら、谷口は自分も行くと言い出した。当分、苫沢の町民は仕事が手に付きそうにない。
三人が着くと、あっと言う間に記者たちに囲まれた。「すいません。囲み取材をさせてもらえませんか。こちらで代表幹事を決めて、質問する記者は三人までとします」すぐに代表が決まり、瀬川を取り囲んだ。「ところでさ、広岡君はどこへ行ったべさ」谷口が言った。「いるみたいよ」「ほんとに?」確かにガレージには、夫婦それぞれの車が二台停まっている。そこへ警官のパトカーが来て、家宅捜索が始まった。
マスコミは三日ほどで引き揚げたが、その間の取材合戦は、聞きしに勝るすさまじさであった。世間が注目するのは、詐欺グループのメンバーがみな高学歴で、東京六大学のイベント・サークルから続く先輩後輩の関係だったからだ。記者は去ったが、警視庁の刑事二人が実家への張り込みを続けていた。バー大黒では「広岡さん、真面目だからさ。わたし、自殺するんじゃないかって、そんな心配もしてる」とママ。「わかった。明日行ってみる。それで、気を落とさんようにって励ましてくる」と康彦。田舎は都会と違い、匿名でいられない。身内から犯罪者を出すと、道も歩けないのである。康彦は心から同情した。
翌日、康彦は広岡を訪ねた。「あの、キュウリが採れたから、おすそ分けにと思って」「そうか、ありがとう」広岡は受け取ると、ドアを閉めようとした。康彦は何とか話を続けようとしたが、広岡は「死んで詫びるしかねえかなあって」と言う。広岡に自殺でもされたら、町全体が当分は沈み込んでしまう。
広岡を訪ねた一件を瀬川や谷口に話すと、たちまちスナックの常連客に知れ渡り、みなが広岡の自殺を心配するようになった。「奥さんの方も心配かな」「奥さんは大丈夫よ」ママがきっぱりと言った。「母親は息子を残して自殺なんかしないの。母親は何があろうと、最後まで、息子を信じて庇うものなの」「とりあえず、順番に食事の差し入れでもすっか。奥さん、寝込んでるっていうし」「そうするべ。食わなきゃ体に悪い」話し合っていると、自分たちも癒された。小さな町だから、一人の悲しみでも、みんなに伝染するのである。
一番手として康彦が行くことになった。広岡の家に行くと、広岡はまだ会社を休んで家にいた。「ああ、悪いね。遠慮なくいただくべ」。二階から降りてきた奥さんは「向田さん、笑われるかもしれないけど、わたしは秀平を信じてるんですよ。詐欺を犯した会社の社長ってことですけど、人がいいから押し付けられたに決まってます。秀平は、このままだと濡れ衣を着せられるから、それが怖くて逃げたんじゃないかって、わたしはそう思ってるんですよ」「グチを聞かせてすまねえな。やっちゃんには関係ねえことなのに」「何を言う。関係大ありだ。うちのお客さんでねえべか」康彦は軽く笑って答えた。「ちなみに、一日置いて次は瀬川が差し入れ持ってくる。その二日後は谷口のシュウちゃんだ。受け取って、連中とも話をするといいべ」結局、玄関で立ったまま三十分も話し込んだ。そして広岡の家から帰るとき、またしても刑事に誰何された。三人でしばらく話をした。なんということはない世間話である。毎日の張り込みの中、刑事たちも会話に飢えていたのだろう。互いに軽口も飛び出し、距離が一気に縮まった。康彦はここでも対話の力を痛感した。
土曜日、和昌が帰って来た。夏祭りの出し物で青年団の打ち合わせがあるらしい。後で聞いた話だと、和昌たりはコーヒー一杯で二時間もおしゃべりしていたらしい。きっと遊びの相談だろう。康彦はさして気にも留めなかった。(また明日へ続きます……)
→Nature Life(http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto)
さて、また昨日の続きです。
「しかし、秀平君はどこで道を誤ったんだか。おれが知ってる秀平君は、明るくて、礼儀正しくて、リーダー格で、いい子だったけどな」瀬川が言った。しばらくしたら、役場の職員が店にやって来て、マスコミの対応でとんだ残業だと言った。「あのよ、マスコミの話、広岡君に教えた方がいいんでないかい? マスコミに捕まったら家族がさらし者になるべ」康彦が言った。「だから、やっちゃんが伝えて来てよ」と瀬川。みんな一種の興奮状態で、日付が変わるまで誰も帰ろうとしなかった。
翌朝、瀬川から電話がかかってきた。「やっちゃん、広岡君にもう電話した? 避難させた?」「いや、まだだけど」「何よ、かけてねえの? 広岡君の家の前にもうテレビ局の車が何台も停まっていたってよ」「すまね。手遅れだった」「ちょっと様子を見に行かねえか、放ってはおけんだろう」「ああ、そうだね」これから瀬川と広岡の家に行くと教えたら、谷口は自分も行くと言い出した。当分、苫沢の町民は仕事が手に付きそうにない。
三人が着くと、あっと言う間に記者たちに囲まれた。「すいません。囲み取材をさせてもらえませんか。こちらで代表幹事を決めて、質問する記者は三人までとします」すぐに代表が決まり、瀬川を取り囲んだ。「ところでさ、広岡君はどこへ行ったべさ」谷口が言った。「いるみたいよ」「ほんとに?」確かにガレージには、夫婦それぞれの車が二台停まっている。そこへ警官のパトカーが来て、家宅捜索が始まった。
マスコミは三日ほどで引き揚げたが、その間の取材合戦は、聞きしに勝るすさまじさであった。世間が注目するのは、詐欺グループのメンバーがみな高学歴で、東京六大学のイベント・サークルから続く先輩後輩の関係だったからだ。記者は去ったが、警視庁の刑事二人が実家への張り込みを続けていた。バー大黒では「広岡さん、真面目だからさ。わたし、自殺するんじゃないかって、そんな心配もしてる」とママ。「わかった。明日行ってみる。それで、気を落とさんようにって励ましてくる」と康彦。田舎は都会と違い、匿名でいられない。身内から犯罪者を出すと、道も歩けないのである。康彦は心から同情した。
翌日、康彦は広岡を訪ねた。「あの、キュウリが採れたから、おすそ分けにと思って」「そうか、ありがとう」広岡は受け取ると、ドアを閉めようとした。康彦は何とか話を続けようとしたが、広岡は「死んで詫びるしかねえかなあって」と言う。広岡に自殺でもされたら、町全体が当分は沈み込んでしまう。
広岡を訪ねた一件を瀬川や谷口に話すと、たちまちスナックの常連客に知れ渡り、みなが広岡の自殺を心配するようになった。「奥さんの方も心配かな」「奥さんは大丈夫よ」ママがきっぱりと言った。「母親は息子を残して自殺なんかしないの。母親は何があろうと、最後まで、息子を信じて庇うものなの」「とりあえず、順番に食事の差し入れでもすっか。奥さん、寝込んでるっていうし」「そうするべ。食わなきゃ体に悪い」話し合っていると、自分たちも癒された。小さな町だから、一人の悲しみでも、みんなに伝染するのである。
一番手として康彦が行くことになった。広岡の家に行くと、広岡はまだ会社を休んで家にいた。「ああ、悪いね。遠慮なくいただくべ」。二階から降りてきた奥さんは「向田さん、笑われるかもしれないけど、わたしは秀平を信じてるんですよ。詐欺を犯した会社の社長ってことですけど、人がいいから押し付けられたに決まってます。秀平は、このままだと濡れ衣を着せられるから、それが怖くて逃げたんじゃないかって、わたしはそう思ってるんですよ」「グチを聞かせてすまねえな。やっちゃんには関係ねえことなのに」「何を言う。関係大ありだ。うちのお客さんでねえべか」康彦は軽く笑って答えた。「ちなみに、一日置いて次は瀬川が差し入れ持ってくる。その二日後は谷口のシュウちゃんだ。受け取って、連中とも話をするといいべ」結局、玄関で立ったまま三十分も話し込んだ。そして広岡の家から帰るとき、またしても刑事に誰何された。三人でしばらく話をした。なんということはない世間話である。毎日の張り込みの中、刑事たちも会話に飢えていたのだろう。互いに軽口も飛び出し、距離が一気に縮まった。康彦はここでも対話の力を痛感した。
土曜日、和昌が帰って来た。夏祭りの出し物で青年団の打ち合わせがあるらしい。後で聞いた話だと、和昌たりはコーヒー一杯で二時間もおしゃべりしていたらしい。きっと遊びの相談だろう。康彦はさして気にも留めなかった。(また明日へ続きます……)
→Nature Life(http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto)