どこまでだって歩いていけるさ

2012年1月22日 それまでの日記を引き連れてOCN Cafeから移住。
新しい扉の向こうには何があるのだろうか。

占い

2005年10月26日 | 日記
先日本屋に行ったら 来年の運勢の本が並んでいた

ほう~もうこんな時期かと思ったが 買うことは勿論 見ることもしない

「女性は占いが好き」らしいが 「占いが好きなのは女性である」というのは否だし

「占いが嫌いな人間は 女性では無い」も否である

否であると言わないと 私の女性としての立場が無くなる

それでなくても大分失いかけているのに…

私には 手相を見てもらったり 占いをしてもらう人の気持ちが判らない

話半分としても 嫌なことを聞いちゃったら気になるだろうし

良いことを聞いても 実現しないと寂しい

もっともその良いことに煽てられて 木に登ってしまうかもしれない

来年は○○に奮起しなさい 良い結果が得られます なんて言われたら

おっ ちょっと頑張ったりしてみようかな~なんて思ったりもして

それが結果オ~ライだったりしたら…

だからこそ 私は占いを敬遠してしまう

占いの信憑性を問う気はないし 信じる人を馬鹿だなぁ~と思ったりもしない

そういうものに関心が無いのは 多分私は自分の自由意志を尊重したいし 信じたいのだろうと思う

結果が良ければ どうよ 私って凄いジャン!って思いたいし 

結果が悪くても それが自分だってあっさり敗北宣言して ま いっかぁ~

実際 人は色々なものを信じたがるものだ

権威を信じ 肩書きを信じ 似非宗教を信じ やせ薬を信じ 天気予報を信じ UFOを信じ 鰯の頭を信じ 

果ては 今日と同じ平凡だが安定した明日を信じて眠る

まさに信じる者は救われるのだ

だって とことん信じてたら どんな解釈だって成り立つでしょう?

それって案外幸せの境地かも

でも 私が一番信じたくて信じられないのは 自分のようだ

とことん信じたならば 幸せだろうけれど

でも世間からは非難轟々 礫が飛んでくることだろう

此処はひとつ 何の因果か占ってもらう必要があるかもしれぬ
コメント
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