どこまでだって歩いていけるさ

2012年1月22日 それまでの日記を引き連れてOCN Cafeから移住。
新しい扉の向こうには何があるのだろうか。

うちぐら と 悲惨な夕食

2009年08月15日 | 日記
まだ旅の初日の話でさえ終えてはいない

あの道 あの風景 あの風 を 時折写真を頼りに思い出しつつ 体に沁み込ませていく作業も

旅のゴールには欠かせないもの


漆蔵のこともよくは調べずに行った

駅前からバスが出ているとだけしか知らずにノコノコ出かけて そのバスの本数の少ないこと

都会の日常ではまず乗ることのないタクシーに飛び乗った

ところが ここはそこそこの観光ルートなのか 想像以上に人がいたのにはちょっとびっくり

なんと秋田ではチョー有名な稲庭饂飩の老舗 佐藤養介店のものだった


中に入ると漆の匂いがする

贅の限りをつくした 単なる蔵を超えた蔵座敷なのだ

あまりの豪華絢爛さに ちょっと淫靡な想像なんかもしちゃったりして(申し訳無い!平謝り!)

このあたりは 外からはほとんど見えないこうした内蔵というものを 多くの家が持っているのだそうだ

念のため これはウチグラと読む(ナイゾウではないぞう~^^)


何故そういうつくりなのかが非常に気になって 旅から戻って改めてこの増田町の蔵について検索してみた

京都もそうだったと思うが 店賃というものが間口の広さで決められていたために 奥に長い店舗になったようだ

おそらくはそのせいだろうと思う


今まで耳にしたこともなかった町に 産業の発展に伴う厚い文化の歴史が確かにあった

それを知る面白さを感じるとともに 今の地方都市のあり方なんてことを考えたりするのも 

日常には滅多に無いことだけに やはり旅はいいよねって思わざるを得ない


タクシー代は1100円ほどだったか

帰りは電話をすれば迎えに来るとのことだったが なんだかそれもめんどくさい

駅まではおよそ3キロの道のりになるだろうが ええ~い 歩くぞ

とは決めたものの 簡単な地図だけを頼りに歩くのは心細いものがあった

こんな場所で迷子になったら それこそタクシーも呼べなくなる

中間地点には高校があるはずなのだが さっぱり見えてこないし・・・

家の外で立っていた人に尋ねてみたら すぐそこですよと

あ~~間違っていなかったと ひと安心

線路が見えた時は 正直 ランナーがゴールのテープを切る寸前にも似た気分だった

通算10キロは歩いたかと思う一日がようやく終わろうとしていた


ホテルに着いていざ夕食と外に出てみたが 食事をするような場所がほとんどない

ここまで来て 東京でも入らないようなチェーン店の居酒屋に入るのも癪である

コンビニで冴えないつまみを買い 最近多くなったビジネスホテルの大浴場に浸かり ビールを飲んで早めに寝た

この悲惨な夕食に輪をかけたような翌日のそれが訪れるとは この時は夢にも思わなかった
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別嬪さんのレンガ蔵(大森町)

2009年08月15日 | 日記
え~ ビール飲んで寝てました

まだ5分の1も話していませんのに


実は横手が気になったのには 別の理由もあった

孤高もしくは異端の建築家 白井晟一の作品が秋田(特に湯沢)には多く ここ横手にもあったからだった

静岡県登呂遺跡の公園そばに 彼の晩年の作品である芹沢介美術館がある

芹沢介さんの意匠も大好きなのだが この建物がまた良かった

白井晟一の名を知ったのは それが最初だった

彼がベルリン大学の哲学科に留学し あのヤスパースに師事した というのも驚きの経歴だった

なんて話は 興味の無い人にはつまらぬことなので すっ飛ばしましょう


横手の町をウロウロしながら駅に戻り 今度はバスに乗る

赤レンガの美しい蔵があるはずなのだが 運転手にきいても知らないようだ

大森町という町名だけを頼りにこのあたりだろうというところで 降ろしてもらう

さあ どうしようかと思ったその時 目の前にうわ~~~~ あるじゃん あるじゃん

煉瓦の店蔵 赤源呉服店

私が探していたものではなかったのだが これ ナイス!

美女をカメラに収めようとしたその時 なぬ? 隣にもっと美しい美女がおるではないか

これこそ私のお目当てだった(しかも呉服店のものだと 初めて知った)

運転手のおっちゃんさぁ 自分の町をもっと知らなくっちゃ~と思いつつも

そういう自分も長く住んでいる自分の町のことを どの程度知っているかと・・・


レンガ蔵は数多くあるが これはかなりの別嬪さんだ

窓の扉の鉄の黒 外壁のレンガの明るい赤 そして漆喰の白が 見事なコントラスト

更には その窓の周囲を縁取るレンガの茶褐色も 程よい引き締め役になっている

しかも1階と2階との境あたりと上部の漆喰との接合部は レンガを装飾積みにしてあるところなんかも

長手積みレンガの単調になりがちな印象を これらが見事にカバーしている


中を見たくて 鍵のかかっていない扉をそっとあけ 声をかけてみたが誰も居ないようだ

集会にでも使うのか椅子やテーブルが奇麗に並んでいて こんな場所でイッパイやりたいなぁ

ライブハウスにするのもいいよなぁ~ なんて思いながら フラッシュたいて盗撮(ごめんなさ~い)


さて 駅までまたバスで戻る

地方のバスは 比較的大きな都市の町中こそは乗客もそれなりにいるが ほとんどはどこもガラガラ

車社会で一人に一台も珍しくないことはわかっているが・・・

この日はもう一つ頑張って見たいものがあった

横手から電車で三つ目の駅 十文字から数キロのところにある漆蔵である

この話は続く ということにして 長くなったので送信する

それにしても こんな話 興味の無い人にはホントつまらないだろうなぁ~と思う

思うけど 備忘録だから だから 書く!
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横手

2009年08月15日 | 日記
横手で見たいもの それは旧日新館という建物だった

現地調達の地図を持って歩き出す

こういう時の私の目つきは 普段とはまるで変わる

普段はどうかというと ほとんど周りを見て居ない

例えば皆が気が付くようなこと 髪を切ったとか 生やしていた髭を剃ったとか そんなことさえ気が付かない

興味も無いし どうでもいいことだし

ところが徘徊となると 周囲をキョロキョロ レンガ色や古びた灰色 黒と白 などに異常に反応する

脇道に入るのも怖れない

笑っちゃうのが 最近の地方のパチンコ屋さんで これが宮殿のようだったりするのだ


横手でのお目当ては前述した日新館という建物で それは既に調べてある

本来は一切知らずに徘徊したいところなのだが そんな大博打を打つほどの金銭的時間的余裕は残念ながら無い

ただ 前にも書いたように70%で手を打ち 30%をブランクにしておくこと

これは大事だ


そんなわけでキョロキョロしていると やや! 発見!

黒で決めた土蔵の店舗 木村屋商店

と思った瞬間 その向かいにある古びた建物におおおおおお~

平源旅館とあるが すでに廃業していると思われる

だが 正面のタイルがアクセントになった実に可愛らしい洋風建築だ

発見した喜びは大きかったが すでに向かいの商店ともども 国登録有形文化財になっていた^^

そらそうだ 当然だろうと思いつつも この寂れかたには納得がいかなかった

このあとも多く見るのだが 私は建物は生きていてこそなんぼだと思っている

楽器だってそうだべさ~ んでしょ?(どこの出身だ?これでも江戸っ子でぃ!)


お目当ての日新館は 駅から2キロの距離

横手川を渡ったあたりから急な坂道になる

35ℓのザックを背負い カメラバッグを肩にかけながらの道は 汗だく

現在お住まいの方がいらしゃるので ブザーを押して拝見させていただく

アメリカ南部からいらした教師の住居

風通しはよく 窓も多い

雪の多い北国でこの建て方は失敗ではなかったのかと思われるが それでも当時(明治35年)としては

このあたりの民家としては充分だったかもしれない


すぐ近くには横手城址もあり ここがまた急な坂道

高校があった

そこの自転車置き場が おそらくは秋田杉で作ったものかと

東京育ちの私には 羨ましい気持ち

テニス部の他校との試合があったのだろうか

挨拶が素敵だった

三つあって それも忘れたが ありがとうございました ごきげんよう とかなんとか


ほんの少し前まで 私も彼女たちだった

勿論 かなりの年月を経ているのだが 私にとっては ついこの間だ

彼女たちが私の年齢になる頃 私はもうこの世にはいないだろうと思った

不思議な感覚だった

こうして時は流れ あるものは変わり あるものは変わらずに残る

感傷に浸っている場合ではない 

次の美味しい建築が 私を待っているのだから
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先決問題を片付けたあとは 旅の話だぞ

2009年08月15日 | 日記
旅の癖が抜けず 朝は早起き

昨日は年に一度 この時期にしか行けない銀行巡り

今日は 朝から2時間の庭の草取り

お墓参りも考えたが 庭のほうが先決問題だった

旅先ではどこでも雑草が活き活きとしていて あんたら 良い居場所を見つけたねぇ~と 微笑ましかった

我が家もそうしてあげたいところなのだが 残念ながら都会では許されない

空き家か売家と間違えられても困るし 家のためにも ご近所さんのためにも 草取りは義務でもあるのだ

さて 今日はこのあと草取りで汚れた衣類を洗ってから 旅の日記を書き続ける予定だ

興味のある方は 是非 お付き合い願いたい
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徘徊が始まったのだ

2009年08月15日 | 日記
西にまんまるの月を見上げ まだ暗い中 家を出た

秋田新幹線「こまち」が「はやて」のお尻にキスをしながら走るということや 全車指定席であること

6両編成のうち 2両は元自由席の車輌のためにシートピッチが狭いということ

大曲でスイッチバックをするために この駅から秋田間は逆向きに座ることになるということ

更には 在来線の線路を使って走るために 横3+2の座席ではなく 2+2であることなども

実は 出発の少し前に知った


車内販売で 旅の気分を一層高めてくれるビールとつまみを買う

次第に車窓は田園風景へと変わり 「はやて」と別れてひとりぼっちになる頃には それは山間の風景へと変わる

大小幾つもの川を渡り スマートな鋭角を持った杉山の中 単線の上をいささかゆっくりと走る新幹線はユニーク

途中の駅では何度か 上りの列車と擦れ違うために停車した

角館を過ぎると次の駅は大曲である

ここで乗り換えて最初の目的地である横手に向かう

徘徊が始まったのだ
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