将棋界に14歳の天才棋士が現れた。藤井聡太4段だ。中学生でプロ棋士の狭き門の入り、デビュウ以来破竹の17連勝を記録した。この記録がどこまで伸びるか、メディアの注目のまとになっている。将棋界だけでなく、スポーツの卓球やスケート、水泳などでも10代の若い選手たちが、才能の花を咲かせている。この天才棋士の藤井4段しかり、天才アスリートしかり、そのすごさの中身は知るべくもないが、共通しているすごさがある。マスコミのインタビューにもの怖じすることのない対話力である。その時代の自分自身を振り返ってみると、そのすごさに驚く。それだけ、しっかりした自分を持ち、何をするべきかを知っている。
志賀直哉の短編に『清兵衛と瓢箪』がある。この小説に登場する清兵衛は12歳でまだ小学生である。そんな少年が瓢箪作りに熱中する。自分の気に入った形の瓢を選んで、口を切り、種を抜き、中に父の飲み残した酒を入れて、茶渋で表面を磨きながら乾かしていく。他の少年とも遊ぶこともせずに瓢箪作りに熱中する変った少年であった。ある日、父と知り合いが、清兵衛の瓢箪作りの話から、品評会に出た滝沢馬琴の出品作の話に及んだ。父も知人も、その作品をすばらしい、褒めた。黙って聞いていた清兵衛が、話に口を挟んだ。
「あの瓢はわしには面白うなかった。かさ張っとるだけじゃ」この少年の意見に、父は面子をつぶされたと感じて、怒声をあげた。「何じゃ、わかりもせん癖して。黙っとれ!」清兵衛は黙るほかなかった。
しかし清兵衛が気に入った形の瓢箪を見つけて、さらに熱が入った。家でいじっていた瓢箪を学校へ持っていき、授業中に机の下でいじっているのを、先生に見つかってしまう。先生は瓢箪を取り上げ、清兵衛の家に行って、注意する事態になってしまった。父は怒り、清兵衛の作った瓢箪を金づち壊してしまう。
清兵衛が作るのに熱中していた瓢箪は、店で10銭で買ったものであった。小使いさんが、捨てるように言われたが、いくらかでも金になるのではと思い骨董屋へ持っていく。5円が最初に言い出した値であったが、50円という大金で売れた。さらに骨董屋が、金持ちの趣味人に600円で売れたことは、清兵衛はもちろん誰も知らない。因みにこの小説が書かれた大正年代は、総理大臣の月給が1000円、銀座の土地は一坪1000円という時代であった。