季節の変わり目は、空気が澄んで遠くの山がくっきりと見える。蔵王山が頂上付近まで雪解けが進んでいるのに対し、月山はまだまだ残雪に白く輝いている。それでも、尾根の所々が、雪が消えて黒く見えている。この山に初めて登ったのは、30代の後半で、会社勤めをしていたころであた。得意先の若い人たちが、夏の月山登山を企画していて誘われて、家族も連れて登った。日ごろ、車での移動で、運動もほとんどしていなかったが、不安などは感じなかった。グループのなかに一人、登山の経験者がいて、その人がリーダーとなった。男女10数名のグループであったように思う。
夏の7月でも頂上付近の日の当たらないところにはまだ残雪があった。不謹慎ではあったが、残雪で冷やして飲もうと、缶ビールをリュックに小分けして詰め込んだ。先頭に立ったのは、若い元気な女性社員であった。娘がその後を追いかけて登った。登山というよりも家族連れのリクリエーションという雰囲気であった。妻は頂上の手前で疲れて、もう登らないと言い始める。それでも励ましながら、全員が無事頂上に立った。缶ビールが冷えて、乾いた喉を潤した。その時の経験で今も忘れないことがある。
日にあたる残雪が蒸気を出して、融けている光景である。その下は雪解け水が勢いよく流れ落ちている。初めて目にした自然の営みの新鮮さであった。同じ光景を見た歌人の結城哀草果が歌に詠んでいる。
とことはに湯気わきのぼる深谷にあげたる声のこだま消えゆく 哀草果