タチアオイの花は懐かしい。入梅のころに咲き始め、梅雨が終わるころ花期が終わる。一名、ツユアオイとも呼ばれる。昔子どものころ、種が落ちて、庭のあちこちで花を咲かせるので、子どもたちの格好の遊びに使われた。それほど丹精しなくとも、毎年自然に生えて、花を咲かせるので、この花を毟って花びらを鼻につけて鶏の鶏冠に見立てて、追っかけっこをして遊んでも叱られることはなかった。そもそもは、薬用の植物として普及したらしいが、花も美しいので、庭で育てたのであろう。
梨棗 黍に粟つぎ 延ふ葛の 後も逢はむと 葵花咲く 万葉集巻16.3824
万葉集に見える歌である。秋に生る実に合わせた掛詞の言葉遊びの歌である。「黍に粟」は君に逢わず、が掛けてあり葵に逢う日が掛けてある。歌の意味は、梨、棗、黍に粟とそれぞれ実っても、君とは今逢えないが、伸び続ける葛のように後に逢うことができようと葵の花が咲いている。宴会の酒の席で、戯れた歌であるが、この歌のなかには中国の詩が隠されている。その詩を共有できたのは、教養のある貴族で、宮中にいた役人と女御たち、つまり非常に気心の知れた人達の、高度な言葉遊びである。
季節は、タチアオイの花を咲かせ、昆虫の世界でも夏の種が飛び始める。ある知人から、「ハッチョウトンボを見ましたよ」とメールで写真を送ってくれた。体長1.5㎝ほどの小さなトンボで、世界最小とも言われている。オスの成虫は赤、メスは黄色である。本来、7月に見られるものだが、今年は出現が早い。前後して谷の小川では、蛍が飛び始めている。