憂ひあらば此酒に酔へ菊の主 漱石
漱石には菊を詠んだ句がいくつかある。この
花が好きだったというより、愛読した陶淵明
の詩に菊と酒のテーマが漱石の心を捉えたの
であろう。菊の花びらをとり、忘憂のものに
浮かべて飲む。忘憂のものとは、酒である。
そして浮世の憂さを忘れ去る、それが陶淵明
の飲酒であった。句意は、まさに菊を浮かべ
て酒を飲み、憂さなど忘れてしまえ、という
ことだ。
黄菊白菊酒中の天地貧ならず 漱石
壺中天とい漢語がある。どこかの造り酒屋で
自家の酒にこの名をつけているのを見たこと
がある。中国の古人が、仙人に大きな壺の中
を案内してもらった。壺の中は天も地も無限
に広がっていて、どんどん入って行くと、仙
人たちが集まって、のんびりと酒を飲んだり、
お茶を飲んだりしてくつろいでいる。そこは
まさに別天地、ユートピアであった。
漱石はこの句で、壺中の天地を酒中の天地に
置き換えて詠んでいる。そこは黄色は白の菊
が咲いて、酒もある。貧しい世界ではない、
おおいに酒を飲みたまえと勧めている。