常住坐臥

ブログを始めて10年。
老いと向き合って、皆さまと楽しむ記事を
書き続けます。タイトルも晴耕雨読改め常住坐臥。

新米

2016年10月19日 | 日記


近郊の田では稲刈りが進み、スーパーの店頭には新米が並び始めた。5月の田植えから5ヶ月、稲は生育を終えて、人々に米を届ける。夏の強い日光を受けて、実を成熟させて、この季節には掛け替えのないおいしい新米になる。稲の成長には、今日なお農家の人々の、たゆまぬ苦労がある。

禾を鋤いて 日は午に当たる

汗は滴る禾下の土

誰か知らん盤中の餐

粒粒 皆 辛苦なるを

詩中の禾は稲のことである。粒粒辛苦という四字熟語は、この詩を出典としている。昔、釜で米を炊いたが、一粒の飯を大切に、というのが親の教えであった。たった一粒にも、田で働く農夫の貴重な苦労が詰まっている。貧しい食卓を囲み、こんな話をしながらひと時の食事を摂った。それがこの国の食の伝統であった。新米のおいしさをかみしめるのは、秋の一番の幸せであった。
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ブラシの木

2016年10月18日 | 


初めて見る花に接すると、うれしくなる。先日、同期会で東京へ行ったとき、寅さんの映画で有名になった柴又に行った。帝釈天題経寺の松もみごとであったが、その境内を出て、矢切の渡しへ向かう道の脇に咲く珍しい花を見つけた。幹事のI君は、「ブラシの木だよ。花が瓶を洗うブラシに似ているだろ。」と教えてくれた。帰って図鑑で調べると、オーストラリア原産のブラシの木で、花期は5月とあった。なぜ、この季節に咲いていたのか、偶然がうれしくなる。

さらに図鑑では、花は実をつけるが、翌年になるとその実の先に花をつける。実は落ちず、何年も実を連ねていく、と説明してあった。乾燥した土地でしばしば起きる山火事、その火に会って初めて実が、まるで栗の実のようにパンッとはじけて、土の上に落ちる。山火事ですっかり焼けた山で、最初に芽を出すのが、ブラシの木であると、解説してあった。植物の持つ、想像をこえる生命力である。コアラが好物にするユーカリの木も同じような繁殖力を持つらしい。
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頭殿山

2016年10月17日 | 日記


頭殿山は白鷹町の北西にある標高1203mの里山である。黒鴨集落からこの山を越え、朝日鉱泉をへて大朝日岳への入山ルートであった。今はこのルートを使う登山者はなく、登山ルートから外れた山となっている。頭殿山という不思議な山名を見て想起するのは、出羽三山の湯殿山である。殿の字を山名にしているのは、この山が麓に棲む人々にとって特別な山であったことを意味している。事実、頭殿山には湯殿山で修験の修行をしていた光明海上人の即身仏が発掘されている。いわば、人々の信仰生活に結び付く、修験の山である。

今回の登山コースは、朝日鉱泉の手前の林道から、登山口へ入り、大朝日岳の雄姿を背後の望みながら登るコースである。登山口へ至る手前に、道路の路肩に多くの車が駐車していた。これは、殆どが大朝日岳へ登る人たちで、5キロほど手前にある橋の改修のため通行止めになったいるためであった。おりからの登山日和、憧れの大朝日岳へは県外からの人たちは、期待を顔に表して朝日鉱泉へと向かっていた。



林道は登る人も殆どないものと見え、バラなどのブッシュに足を取られる。林道の上は、深い沢の上に付けられたトラバースとなっている。雨などが降れば、足元には十分な注意が必要になる。往復9.5キロ、足が疲れて来る復路には特に要注意である。山中はすっかり秋の景色になっている。尾根道にある分岐からは、頭殿山の山頂が見えてきた。

今日の登山の圧巻は、頂上からの展望である。快晴の上、無風。360度の展望は、その第一が西側に迫る朝日連峰の山々である。この見事な景観を写し取るには、カメラの性能か撮影技術の未熟さか、十分に捉えきることができなかった。肉眼では、尖った大朝日岳の肩に、山荘が見え、朝登って行ったパーティーが見えるような気さえした。目を東に転ずると近くに白鷹山、黒森山。空に浮かぶように、蔵王の山々がかすんで見えた。



スマホでも写真を撮ってみた。パノラマ感はこちらの方が出ているかも知れない。あまりの快晴は、きれいな写真にならないことが多い。写真はともかくとして、これほど気持ちよい山行は年に数度しかない。本日の参加者7名。うち女性3名。頂上で360°の展望を楽しみながら、今日大朝日岳に登った人たちの幸運にも話が及んだ。



山中には秋の味覚にも恵まれた。山ブドウが登山道の脇にたわわに実り、全員が山ぶどう酒を作れるほどの量が採れた。キノコでは、マイタケの大株を見つけたOさん。ブナカノカ、スギヒラタケなども見つけられた。

やがてこの山の秋も深まっていく。全山を覆うといっても過言ではないブナ林の黄葉になれば、その輝きは想像を越えている。秋の日和に山気を吸い、また少し力を蓄えられたような気がする。

秋晴れの主峰最も近くあり 荒川 暁浪
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釣瓶落とし

2016年10月16日 | 日記


日が短くなっている。きのうの月はまだ日が残っているうちに、美しい姿を見せたが、釣瓶落しのように山裾に日が沈むと、月が輝きを増していく。名月を穏やかな日に楽しめるのも、今年の最後である。

秋の日は短くなると同時に、しなければならないことが増えて忙しい。畑では里芋の収穫。大根や秋野菜の疎抜き。リンゴやナシ、柿などの果物が出盛ってくる。おいしい果物を求めて、産地に出かけることもしばしばだ。加えて、畑では、ひと夏の野菜を提供してくれた感謝をこめて野菜の木の始末、来春に向けての種まきなどなど。

釣瓶落とし家裏に抜く葱二本 相馬 遷子

収穫した芋を、ヨガ教室の仲間たちにご馳走することにした。山形の名物芋煮である。畑で太くなったネギを掘り、牛肉とコンニャクを買い、里芋の皮むきをする。掘りあげたのは2株だけであったが、10人前に十分な芋だ。所々、ネズミに齧られた跡がある。芋は必死で修復するために、その部分が固くなっている。そこを包丁で取り去るので、結構時間と注意が必要だ。
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品川水族館

2016年10月13日 | 日記


同期会の翌日、時間がとれるもので、大森海岸にある品川水族館を見に行った。水族館をこれほどゆっくり見るのは久しぶりだ。アザラシショーやドーム水槽で行われる餌付けショーなど、見慣れない海の生き物をまじかに見ることができる。子どもたちに人気の施設だが、年を重ねても水族館は楽しい。ライトアップされた水槽のイソギンチャク、色とりどりに泳ぐ魚たちは、一幅の絵を見るようであった。

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