しなしなの記録

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愛知県郵便局訪問 NO.18 名古屋市南区、緑区、豊明市 桶狭間、今川義元の墓、鳴海神社にプロ野球が始めて行われた鳴海球場と歴史を感じました

2018-02-18 19:24:29 | Weblog

 1月17日(水)は、名古屋市南区の残っている局を訪問し、名古屋市緑区から豊明市までの郵便局を訪問しました。訪問したのは、次の20局です。

 名古屋大同、名古屋柴田、名古屋要町、名古屋鳴尾(以上、名古屋市南区)、名古屋大高、名古屋鳴海、名古屋下中、名古屋左京山、緑、名古屋薬師山、名古屋花井、名古屋浦里、名古屋滝ノ水、名古屋鳴海団地内、名古屋有松、名古屋桶狭間(以上、名古屋市緑区)、豊明新栄(豊明市)、名古屋植松(名古屋市緑区)、豊明前後、豊明(以上、豊明市)

 この日は朝から雨でした。地図を見ながら歩くことができない(パソコンのプリンターで印刷した地図なので、雨が当ると滲んで読めなくなります)ので、豊明市は全て訪問できませんでした。名古屋市南区だけが完訪でした。
 トップの写真は、7767局目となった名古屋鳴海団地内郵便局です。

 大同町の町名の由来が掲示されていました。

 

 1937年(昭和12年)に現、大同特殊鋼㈱の星崎工場ができたことにより、鳴尾町と星崎町の一部が合併し、大同町ができたそうです。


 名古屋市南区から緑区へは天白川を渡らなければなりません。大星橋という人道橋を渡りました。

 

 この位置に橋がなければ、大きく迂回しなければなりません。扇川は天白川の支流で、ここでは並行して流れています。もう少し下流で合流するようです。


 昨日に続き、今日も東海道を歩きました。平部町常夜燈が有りました。

 

 


 平安時代初期の宮中の年中行事や制度などを記した「延喜式」に載っている「愛智郡鳴海神社」にあたるという、鳴海神社が有りました。

 

 686年(朱鳥元年)の創建だそうです。


 日本初のプロ野球が開催された、鳴海球場があった場所を示す表示がありました

 

 鳴海球場は1927年(昭和2年)に愛知電気鉄道(今の名古屋鉄道です)により建設されたそうです。1936年(昭和11年)2月9日に、この球場で日本初のプロ野球が開催され、東京巨人軍と名古屋金鯱軍が対戦しました。10対3で名古屋金鯱軍が勝利しています。1958年(昭和33年)に閉鎖され、名鉄自動車学校になっています。


 桶狭間に着きました。

 

 1560年(永禄3年)に織田信長が今川義元を破った合戦場として有名です。

 その桶狭間の合戦で、今川義元が戦死した場所を示す七石表が有りました。

 

 ここは豊明市になります。1771年(明和8年)に建てられたものだそうです。そして、今川義元の墓も有りました。

 


 「春が近い」と思ったのが、下の写真です。紅梅の蕾が膨らみ、水仙が咲いていました。

 

 


 名古屋植松郵便局は、中京競馬場の傍に有ります。なので、下の写真のようなモニュメントが有ります。

 


 豊明市では名鉄線を横断しなければなりません。ちゃんと渡れる場所が有りますが、下の写真のとおりのトンネルです。

 

 「これ、水が横断するためのものだろう。腰をかがめて横断するのは初めてだ。」すごい横断施設です。「もっとすごいな!」と思ったのが、下の横断施設です。

 

 電車が通っているときは、怖くて下を抜ける気にはなりません。でも、横断施設だから、頭上注意と書かれているのでしょう。


 雨が降り続けなければ、もっと様々な発見があったかもしれません。もう少し、訪問局数も増えたことでしょう。でも、歴史を知り、すごい名鉄線の横断施設も知りましたので、満足です。
コメント
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