一昨年、2019年に5回も神奈川県の郵便局を訪問しました。
なので、昨年は無しとしました。今年は、この1回だけ、予定しています。今回の訪問する郵便局は、秦野市と伊勢原市の局です。
訪問したのは、次の18局です。
東秦野、北秦野、西秦野、渋沢駅前、秦野曲松、秦野緑、秦野文京、秦野駅前、秦野、秦野南が丘、秦野下大槻、秦野東海大学前、北矢名、鶴巻(以上、秦野市)、比々田、伊勢原本町、伊勢原桜台、伊勢原(伊勢原市)
トップの写真は、9300局目となった伊勢原本町郵便局です。
秦野市郊外部からの歩きです。東秦野郵便局から北秦野郵便局まで一時間近く歩きました(秦野南が丘から秦野下大槻は一時間以上歩いています)。途中の東田原に源実朝の首塚が有りました。
源実朝は、1219年(建保7年)に甥の公暁によって、鶴岡八幡宮参拝の帰りに暗殺されます。公暁は源実朝の首を持って、逃走。しかし、三浦義村の家臣によって、殺されたそうです。源実朝の首は、この間に行方不明になったそうです。三浦義村の家臣、武常晴によって、東田原で探し出し、葬ったのこの首塚であると伝えられているそうです。
「アッ!茶畑だ」と思ったのが、下の写真です。
「これは蕎麦か?」と思ったのが、下の写真です。
「ヘー、ブドウ園も有るぞ!」と思ったのが、下の写真です。
玉ねぎが無人販売所で売られています。こうした無人販売所が設置される日本は良い国だと思います。
「小田原市の郵便局訪問で下中玉ねぎを知ったな。同じものなのかな?」と考えました。
稲荷神社の大公孫樹の所は、歩道が曲げられています。
秦野市指定の天然記念物です。当然、こうなります。この大公孫樹は、樹高29m、幹回り3.96mだそうです。
秦野市の中心部を流れるのは、水無川です。
「名前は水無川だけど、水があるじゃん。」と思いました。
調べた所、昔は、下に伏流水として、流れるため、本当に水が無かったそうです。現在は、都市化が進展し、排水や処理水が流入するので、水が流れているそうです。
その水無川に時計塔の有る橋が有りました。
1989年(平成元年)に架け替えられ、まほろば大橋です。旧の橋、昭和大橋は1931年(昭和6年)に架けられたものだったそうです。
伊勢原市に入り、住宅街の中に「牛豚供養」の碑を見つけました。
おそらく、この辺りでは畜産業が営まれていたのでしょう。
どういうことか、理解できない看板が有りました。
ナシとビャクシン類がどう関係があるのか、私には全く理解できませんでした。
調べてみて分かりました。ナシやリンゴには赤星病という病気があります。その病気の中間宿主が、庭や公園等に植栽されるビャクシン類なのだそうです。ナシの傍にビャクシン類が植えられるだけで、病気の発生の有無が決まるそうです。
今回のブログは、圧倒的に農業関係の記述の多いものとなってしまいました。