東京に行く機会があった。
まずは、そこで目にしたワンカット2つから始める。
① ハイカラ
時には、銀座の雰囲気をと思い、
夕方の『ギンブラ』へくり出した。
通りには、特に中国語だが、大きな声が飛び交っていた。
ずっと『大人の街』のイメージだっただけに、
失望感のようなものがあった。
その尋常ではない空気感から逃れようと、
久しぶりに『銀座ライオン』に入った。
さすが、老舗ビアホールのたたずまい、
天井が高くて大きい。
落ち着きのあるおもむきが、心地いい。
家内と2人。
案内されたのは、ホールの一角。
小さなテーブル席に着くと、
すぐに中と小のジョッキを注文する。
手慣れたウエイターのオススメ料理に、
なんのためらいもなく、3品程応じる。
ちょっとした会話の隙を縫うように、
テーブルにビールと料理皿が並ぶ。
「どうぞ、ごゆっくり」。
それを合図に、ジョッキを合わせ乾杯。
ほぼ満席だが、隣席の声などは気にならない。
それでも、久しぶりの雰囲気。
生ビールとオススメ料理の合間に、
つい周りに視線が行く。
2つ程離れたテーブルが気になった。
何度か、そこで目が止まる。
同世代だろうか、
和服姿の女性が2人、楽しそうに向き合っていた。
テーブルには、
飲みかけの赤ワイングラスと中ジョッキがあった。
しばらくすると2人は、立ち上がり帰り支度を始める。
小紋模様の和服、着こなしが自然だ。
抱えた小物入れと一緒に、
手には、プログラムのような大きめの小冊子があった。
きっと観劇の帰りだったのだろう。
その余韻を楽しむ席だったに違いない。
勝手に推測した。
しなやかな後ろ姿を残し、
並んで会計レジへ消えていった。
西洋風のファッションを流行語で、
「ハイカラ」と称したのは、いつの頃だったのだろう。
ちょっと気の利いた、しゃれた『大人の街』のワンカットに、
そんな言葉を思い出した。
② ステッキ
時には、違う所もいいのではと、
以前に利用したことのあるホテルに3泊した。
ホテルの朝食はビュフェ形式が多いが、
そこは、併設されている軽食喫茶のモーニングだった。
宿泊客は、事前に受け取ったチケットで、
決まりのメニューから選択するシステムだ。
大通りに面した店なので、朝食めあての一般客も多く、
想像以上に、早朝から賑わっていた。
大きなウインドーに沿ったカウンター席で、
通りを行き来する人々を見ながら、
ゆったりとゆで卵の殻をむいたりしていた。
1日目、その店のドアを押し、
通りへ出た老人に目がいった。
明らかに私より年齢がいっていた。
若干心許ない足どりを、1本のステッキが助けていた。
通勤を急ぐ人々とは明らかに違う。
その後ろ姿は、ゆっくりとゆっくりと、
遠のいていった。
勝手に、その背中に切なさを感じ、目をそらした。
翌朝、店内にその老人の姿があった。
1人で、テーブルに向かい、トーストを手にしていた。
私は昨日と同じ席で、コーヒーを飲み始めた。
彼の席とは、距離があった。
昨日と同じような人々の流れが、ウインドーの外にあった。
老人は、食事が済んだらしく、私の後ろを通った。
そして、店のドアを押した。
その時、若い女店員の声が飛んできた。
「あら、ステッキ、忘れてますよ。」
開けたままのドアから、二人の声が聞こえてきた。
「おう、これがないと困るのになあ。」
「忘れるくらいのほうが・・。」
「そうかも、ありがとう。じゃ、また明日。」
「はい、お待ちしてます。」
老人と女店員の親しげなやりとりに、
思わず背中越しのドアへ振り向いた。
丁度、ステッキを受け取っていたところだった。
そして、おもむろに老人は右手を差し出した。
女店員は、笑顔で握手に応じ、その手をかざして振った。
老人は満足そうに会釈した。
昨日とは別人のようで、ビックリ顔の私。
そんなことを気にも止めず、笑みを残し、
ステッキをつきながら、
ゆっくりと店を離れる後ろ姿を、見続けていた。
3日目の朝も、その老人は1人、テーブル席にいた。
「彼の1日は、こうして始まるんだ。」
そう納得しながら、通り抜けようとした。
その時、目が止まった。気づいた。
昨日とは違う服の着こなし、
そして、ステッキも違う・・。
さり気ない朝のワンカットだが、
「いくつになっても、そうありたい。すごい」。
小さくつぶやいてしまった。
さて、伊達での日々に戻る。
『毎日がサンデー』の私には、スーツを着る機会がなくなった。
それどころか、ブレザーさえ袖を通すことが少ない。
20数本の高価なブランドネクタイも、タンスに眠る。
日常は専らユニクロに代表される普段着で過ぎる。
それでも、せめてゴルフコースに出る時はと、
帽子、ポロシャツ、ズボンに気を配る。
それも、ゴルフの1つの楽しみにしていた。
しかし、もっぱら行くのは、地元のゴルフ場だ。
同世代が大半を占める。
多くは日常の延長を思わせる身なりだ。
確かにゴルフだからと気取ることなどないのかも・・。
年に数回だが、地元や近隣地域で音楽祭がある。
家内らのママさんコーラスは、そのステージに立つ。
できる限りそれを聴きに行く。
どこのグループも、とっておきのドレスで歌う。
だから、聴く側もそれなりの身じたくで応じたい。
せめて、上着に折り目のあるズボン位はと思う。
しかし、今しがた黒のタキシードで歌っていた男性が、
丸首シャツにジーンズで、足を投げ出して観客席にいる。
確かに聴く側に流儀などないのかも・・。
でも、観劇の帰り、ビヤホールに腰掛ける和服姿の女性がいい。
「じゃ、また明日」の翌日、違う服装で朝食に現れる老人がいい。
都会のワンカットとはいかない。
でも、染まりたくない空気がある。
せめて毎朝、ひげはあたりたい。
メッキリ少なくなった頭髪でも、整髪料とブラシで整えたい。
私らしい普段着で、その日を過ごしたい。
そして、時には真っ赤なワイシャツにお気に入りのジャケットで、
レストランへ繰り出し、赤ワインのテイスティングに応じたい。
朝日を受けた 雪道(自宅前)
まずは、そこで目にしたワンカット2つから始める。
① ハイカラ
時には、銀座の雰囲気をと思い、
夕方の『ギンブラ』へくり出した。
通りには、特に中国語だが、大きな声が飛び交っていた。
ずっと『大人の街』のイメージだっただけに、
失望感のようなものがあった。
その尋常ではない空気感から逃れようと、
久しぶりに『銀座ライオン』に入った。
さすが、老舗ビアホールのたたずまい、
天井が高くて大きい。
落ち着きのあるおもむきが、心地いい。
家内と2人。
案内されたのは、ホールの一角。
小さなテーブル席に着くと、
すぐに中と小のジョッキを注文する。
手慣れたウエイターのオススメ料理に、
なんのためらいもなく、3品程応じる。
ちょっとした会話の隙を縫うように、
テーブルにビールと料理皿が並ぶ。
「どうぞ、ごゆっくり」。
それを合図に、ジョッキを合わせ乾杯。
ほぼ満席だが、隣席の声などは気にならない。
それでも、久しぶりの雰囲気。
生ビールとオススメ料理の合間に、
つい周りに視線が行く。
2つ程離れたテーブルが気になった。
何度か、そこで目が止まる。
同世代だろうか、
和服姿の女性が2人、楽しそうに向き合っていた。
テーブルには、
飲みかけの赤ワイングラスと中ジョッキがあった。
しばらくすると2人は、立ち上がり帰り支度を始める。
小紋模様の和服、着こなしが自然だ。
抱えた小物入れと一緒に、
手には、プログラムのような大きめの小冊子があった。
きっと観劇の帰りだったのだろう。
その余韻を楽しむ席だったに違いない。
勝手に推測した。
しなやかな後ろ姿を残し、
並んで会計レジへ消えていった。
西洋風のファッションを流行語で、
「ハイカラ」と称したのは、いつの頃だったのだろう。
ちょっと気の利いた、しゃれた『大人の街』のワンカットに、
そんな言葉を思い出した。
② ステッキ
時には、違う所もいいのではと、
以前に利用したことのあるホテルに3泊した。
ホテルの朝食はビュフェ形式が多いが、
そこは、併設されている軽食喫茶のモーニングだった。
宿泊客は、事前に受け取ったチケットで、
決まりのメニューから選択するシステムだ。
大通りに面した店なので、朝食めあての一般客も多く、
想像以上に、早朝から賑わっていた。
大きなウインドーに沿ったカウンター席で、
通りを行き来する人々を見ながら、
ゆったりとゆで卵の殻をむいたりしていた。
1日目、その店のドアを押し、
通りへ出た老人に目がいった。
明らかに私より年齢がいっていた。
若干心許ない足どりを、1本のステッキが助けていた。
通勤を急ぐ人々とは明らかに違う。
その後ろ姿は、ゆっくりとゆっくりと、
遠のいていった。
勝手に、その背中に切なさを感じ、目をそらした。
翌朝、店内にその老人の姿があった。
1人で、テーブルに向かい、トーストを手にしていた。
私は昨日と同じ席で、コーヒーを飲み始めた。
彼の席とは、距離があった。
昨日と同じような人々の流れが、ウインドーの外にあった。
老人は、食事が済んだらしく、私の後ろを通った。
そして、店のドアを押した。
その時、若い女店員の声が飛んできた。
「あら、ステッキ、忘れてますよ。」
開けたままのドアから、二人の声が聞こえてきた。
「おう、これがないと困るのになあ。」
「忘れるくらいのほうが・・。」
「そうかも、ありがとう。じゃ、また明日。」
「はい、お待ちしてます。」
老人と女店員の親しげなやりとりに、
思わず背中越しのドアへ振り向いた。
丁度、ステッキを受け取っていたところだった。
そして、おもむろに老人は右手を差し出した。
女店員は、笑顔で握手に応じ、その手をかざして振った。
老人は満足そうに会釈した。
昨日とは別人のようで、ビックリ顔の私。
そんなことを気にも止めず、笑みを残し、
ステッキをつきながら、
ゆっくりと店を離れる後ろ姿を、見続けていた。
3日目の朝も、その老人は1人、テーブル席にいた。
「彼の1日は、こうして始まるんだ。」
そう納得しながら、通り抜けようとした。
その時、目が止まった。気づいた。
昨日とは違う服の着こなし、
そして、ステッキも違う・・。
さり気ない朝のワンカットだが、
「いくつになっても、そうありたい。すごい」。
小さくつぶやいてしまった。
さて、伊達での日々に戻る。
『毎日がサンデー』の私には、スーツを着る機会がなくなった。
それどころか、ブレザーさえ袖を通すことが少ない。
20数本の高価なブランドネクタイも、タンスに眠る。
日常は専らユニクロに代表される普段着で過ぎる。
それでも、せめてゴルフコースに出る時はと、
帽子、ポロシャツ、ズボンに気を配る。
それも、ゴルフの1つの楽しみにしていた。
しかし、もっぱら行くのは、地元のゴルフ場だ。
同世代が大半を占める。
多くは日常の延長を思わせる身なりだ。
確かにゴルフだからと気取ることなどないのかも・・。
年に数回だが、地元や近隣地域で音楽祭がある。
家内らのママさんコーラスは、そのステージに立つ。
できる限りそれを聴きに行く。
どこのグループも、とっておきのドレスで歌う。
だから、聴く側もそれなりの身じたくで応じたい。
せめて、上着に折り目のあるズボン位はと思う。
しかし、今しがた黒のタキシードで歌っていた男性が、
丸首シャツにジーンズで、足を投げ出して観客席にいる。
確かに聴く側に流儀などないのかも・・。
でも、観劇の帰り、ビヤホールに腰掛ける和服姿の女性がいい。
「じゃ、また明日」の翌日、違う服装で朝食に現れる老人がいい。
都会のワンカットとはいかない。
でも、染まりたくない空気がある。
せめて毎朝、ひげはあたりたい。
メッキリ少なくなった頭髪でも、整髪料とブラシで整えたい。
私らしい普段着で、その日を過ごしたい。
そして、時には真っ赤なワイシャツにお気に入りのジャケットで、
レストランへ繰り出し、赤ワインのテイスティングに応じたい。
朝日を受けた 雪道(自宅前)
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