ジューンベリーに忘れ物

シンボルツリーはジューンベリー
どこかに沢山の忘れ物をしてきた気がして

学校の珍プレー

2020-09-05 17:20:53 | あの頃
 ▼ 年に何回かあることだ。
LINEに、「新しい友だちとトークしよう」のメッセージがくる。
 先日は、1つ年下の先生からだった。

 懐かしさのあまり、すぐにLINEメールを返した。
しばらくして、我が家に自宅電話がきた。

 「ようやくスマホに切り替えましてね。
息子に、LINEもつないでもらったんです。
 すると、色々な方に一斉に『新しい友だち』が行ったようで・・」。

 「そうでしたか・・」。
聞き覚えのある声に一気に気持ちが明るくなった。
 加えて、慣れないスマホより、
やっぱり自宅電話が気軽だったことに、微笑んだ。

 彼は、今も非常勤で週に何日か学校に勤務していた。
「東京はものずごい暑さです。
 だけど教室でも、マスクはしたまま・・・」。
エアコンは入れているが、換気のため常に窓を開けていると言う。

 「年齢もありますが、マスクは息苦しくて疲れます。
子ども達も同じで、大変そうです。」
 学校の現状に心がつまった。
 
 「でも、まだ元気なので、
少しでも役に立つならと、頑張ってますから・・・」。
 彼は、遠慮がちに私にも元気で頑張れと言って、
電話を切った。
 
 電話の向こうにわずかだが、
私もいた学校の風景があった。
 そして、子どもらと先生らと過ごした日々が押し寄せてきた。
「叶うなら、戻りたい!」。
 そんな想いに包まれた。
切なくなった。

 こんな時、決まって、手のひらを返すことにしている。
「あの頃あの時を思い返し、今の感傷をくるもう!」。
 今回は、私が過ごした学校から、番外編だ。

 ▼ 都内の小学校なのに、交差点を挟んだ斜め前は、
公営の野球場だった。
 
 ナイター設備があり、ホームベースを対角線上に置くと
同時に2面で草野球の試合や練習ができる広さがあった。

 都心からも近く、平日は夕暮れとともに、
ユニホーム姿が次々と集まり、明るいライトを浴びながら
野球を楽しんでいた。

 その頃の学校も、夜遅くまで仕事に明け暮れしていた。
暗くなっても職員室だけは、いつも明かりがあった。
 そこへ、時折突然の来客があった。

 その来客は、決まって校庭に面した出入口のドアを、
遠慮がちに開けてやって来た。

 若干説明すると、当時の学校は今のように校門に施錠などなかった。
誰でも学校への出入りができた。

 ドアを開けた来客は、野球のユニホーム姿をしている。
そして、これまた遠慮がちに言う。

 「すみません。メンバーが1人、急用で来れなくなって・・、
そんな時、ここの小学校に助っ人を頼めばいいと聞いたので・・。
 8人しかいなくて、試合ができず・・・。」

 年に数回は、そんな用件の来客があった。
私らは多忙だ。
 だからと断わったら、試合ができなくなる。
相手チームもあることだ。
 気の毒だ。

 当時、学校には6人の男性教員がいた。
その多くが、いつも職員室に残っていた。
 突然の依頼を受け、無言で目を合わせる。

 誰か名乗りをあげてやりたい。
しかし、試合が始まると2時間はかかる。
 気軽に、手は上げらない。
みんな迷う。

 異動した年、何度目かの、そんな来客があった。
「野球の試合経験は素人ですけど・・。
フライだってエラーしますけど・・。
 それでよければ、行きます。
それでもいい・・?」。
 そろそろ私の順番だと思い、名乗りをあげた。

 やや緊張して、マイグローブを持って、グランドへ行った。
お揃いのユニホームの8人が、うれしそうに迎えてくれた。
 そんな時のためだろうか。
普通サイズのユニホームの予備があった。
 急いで、ベンチ裏で着替えて、試合にのぞんだ。

 始まる前に、8人には、手を変え品を変え、
下手さをアピールした。

 9番ライトで、7回終了まで一緒にプレーした。
三振もした。暴投もした。

 味方も対戦相手も、どんなチームなのか、
メンバーの名前は何か、全て知らないまま・・・。
 最後は、両チームから、
「お陰で試合ができました。
ありがとうございました。」
 お礼の言葉を沢山もらった。
気分良く、学校にもどった。

 近くに野球場がある学校だからのことだが、
それ以来、夕方になると、
「すみません。メンバーが1人・・」
と、職員室のドアが開くのを,少し期待した。

 ▼ 大学を卒業して、都内の小学校に着任したのは、
もう50年も前のことになる。
 当時、その小学校があった江戸川沿いの地域は、
下水道の整備が遅れ、まだバキュームカーが行き来していた。

 そんな環境だから、
子どもが下校した教室によくゴキブリが出た。
 それどころではない。
姿こそ見ないが、ネズミも住みついている気配があった。

 当時、私は5年生の担任をしていた。
「もし、教室にネズミが出たら、どうする。」
 授業の合間に、子ども達にそんな問いかけをした。

 「ネズミ、気持ち悪い」。
「大嫌い!」。
 「私は、逃げる!」。

 そんな声に混じって、勇ましい言葉が飛んだ。
「みんなで、捕まえようよ。」
 人気者のF君だった。

 「教室にネズミが現れたら、進路をふさぐんだ。」
逃げ道を遮断して、だんだん狭める。
 そうやって捕まえるんだ。」

 「どうやって進路をふさぐの?」
「簡単さ。ネズミが出たら、自分の机を横に倒すんだ。
それをネズミに向けるのさ。」
 「そうか。ネズミの行く道がなくなってしまう。
それで捕まえるの。いい考えだ。」

 F君の提案に、みんな納得した。
それだけでなかった。
 教室の後ろから、ネズミが走り出たことを想定し、
予行練習までした。

 男子も女子も一斉に机を横に倒した。
ピッタリと息があった。
 歓声をあげ、盛り上がった。

 しかし、まさかその想定のようなことが起こるなど、
誰も信じていなかった。

 何のテストだったが覚えがない。
そのテストに全員が向き合い、教室は静まりかえっていた。

 いつ頃からか、私は机間巡視しながら、小さなもの音に気づいていた。
教室の後ろ、子供らのロッカーの隙間から、
何かをかじっているような、ひっかいているような、
小さな怪しい音が続いていた。

 ネズミに違いない。
しかし、子どものいる教室に現れはしないと思っていた。

 ところが、次の瞬間だ。
そのもの音に近い席の男子が大声を出した。
 「ネズミ、出た。」

 すると、予行練習通り、F君が立ち上がりながら叫んだ。
「机、倒せ!」
 ガタガタ、ガター。
瞬時に机が横倒しになり、全員が立ち上がった。
 そして、ネズミの気配を目で追った。 
しばらく静寂があった。
 ネズミの姿も気配もない。

 予想を超える出来事がおきていた。
「机・・」と叫んだF君が、棒立ちのままになっていた。
 その上、F君の机だけが横倒しになっていない。
顔色がいつもと違った。

 「F君、どうした。」
廊下に近い席のF君に私は訊いた。
 すると、足元を指さしながら、
震えるような小声が返ってきた。
「ボクの足の下、ネ・ズ・ミ」。

 事態を再現する。
あの時、ネズミの出現を聞き、F君は、声を張り上げ、
1歩を横に踏みだし、立ち上がった。

 たまたま小さなネズミが、そこを走り抜けようとした。
その瞬間、F君の足が上から勢いよく被さった。

 F君は、偶然ネズミのしっぽを踏んでしまった。
そのまま足も体も固まった。
 ネズミは、しっぽを踏まれ、
身動きできないまま、じたばたしていた。

 私も子供らも、その光景に息を飲んだ。
しばらく、誰も声が出なかった。
 ただF君としっぽを踏まれたネズミを遠くから見ていた。
誰も何もできないまま、時間だけが過ぎた。
 
 その後、ビニール袋にネズミを入れ、
無事捕獲は終えたが、
その日からF君は、ネズミが話題になると、
「オレ、大嫌い!」を連発し、その場を立ち去った。




  ベンケイソウが花盛り ≪うちの庭≫
       ※次回のブログ更新予定は 9月26日(土)です 

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