ジューンベリーに忘れ物

シンボルツリーはジューンベリー
どこかに沢山の忘れ物をしてきた気がして

こんな卒業式がありました

2024-03-30 10:57:45 | あの頃
 校長にとっての最大のイベントは、
『卒業式』と言ってもいいかも知れない。
 卒業証書には、学校の名と共に校長名がある。

 私は、校長として12回の卒業式を経験した。
1人1人に私の名がある卒業証書を手渡した。

 式では、いつも横に証書補助係の先生がついた。
そして、舞台の袖幕には、
授与の瞬間を撮影するために依頼したカメラマンが、
隠れていた。

 私は、どの子にも証書を渡す時、
小さな声で「おめでとう」と言った。
 その声を聞いても、緊張のあまり無反応の子もいたが、
多くの子は「ありがとうございます」と口を動かし、
笑顔を返してくれた。
 その一瞬にカメラシャッターは切られるが、
表情が輝いていて、どの子もたまらなく素晴らしいのだ。

 一番間近でそれを目の当たりに、
これからの歩む道が、「幸多いもので」と
祈らずにはいられなかった。

 さて、ある年、証書補助係として私の横に立ったのは、
若手のM先生だった。

 私の小学校では証書補助係は、
過去に卒業生を担任した先生の中からと決めていた。

 その年は、いつかはその役をと望んでいた
3・4年で担任をしたM先生が務めることになった。
 
 卒業式の朝、
M先生は和服に袴姿で、校長室へ挨拶にきた。
 「校長先生、私、子ども以上に緊張してます。
よろしくお願いします」。
   
 生真面目なM先生を少しでも楽にしてあげようと、
私は明るく励ました。
 「証書補助の仕事は、
子どもの名前と証書の名前が同じかを確認して、
私に渡すだけ。
 難しいことではないよ。
練習通りにやりましょう」。

 「そうですね。
わかりました。
 練習通りに頑張ります!」
M先生は、いつもと変わらない明るい表情で、
職員室へ戻っていた。

 卒業式は,予定通りの時刻に始まった。
卒業生が入場し、「開式の辞」、続いて「国歌斉唱」があった。

 そして「卒業証書授与」へと・・・。
最初に、私が舞台に上がり、演壇の前に立つ。
 少し間をあけて、左やや後方の横にM先生が静かに立った。
次に、1組の出席番号1番の子が呼ばれ、
私の前へと進む。
     
 M先生が、スッとその子の卒業証書を私の前を置く。
それをかざし、証書を読み上げて授与した。
 練習通りだった。

 次の子からは読み上げずに、
M先生が私の前に置いた証書を差し出し、
「おめでとう」と言って渡した。

 1人1人にゆっくりと時間をかけ授与するように、
心がけた。
 全てが順調に進んでいるように思った。

 ところが、1組も後半の子まで進行した頃だ。
式場内の雰囲気に変化を直感した。

 私の前に立った女の子が、
授与前にすでに目を赤くしていた。
 私が「おめでとう」を言って証書を渡しても、
涙をこらえながら受け取った。

 次の子も同じように涙を浮かべていた。
証書を受け取り、やっと笑みをつくった。
  
 やや違和感を感じ、式場後方の保護者席を凝視した。
数人の母親が、ハンカチで目元を押さえていた。

 不思議だった。
式は、まだ始まったばかりである。
 涙にはまだ早い時間帯だ。

 その直後、私の左横でも異変が・・・。
しきりに涙をすする音が聞こえてきた。
 
 次の子が私の前へ進む少しの間を盗んで、
さっとM先生を見た。
 M先生はあふれる涙をこらえながら、
頬をつたう涙をそっと手で拭うところだった。

 M先生のその姿に、授与を待つ卒業生も保護者も、
きっともらい泣きしているに違いない。
 そう理解した。 
それまでに経験のない式の展開に、内心驚いた。

 そんな中でも、担任による授与者の呼名は粛々と続いた。
緊張の面持ちで私の前に立つ子、
真っ赤な目で私にもM先生にも視線を向ける子と続いた。

 証書授与を続けながら、
M先生と子ども達の絆に、私は胸が熱くなった。

 もう一度、急いでM先生を見た。
その時、M先生は大きく深呼吸をし、
再び、頬の涙を手で拭った。
 涙をこらえ、しっかりと証書補助をしようとする意志が
伝わってきた。

 私は迷った。
燕尾服のポケットにはハンカチがあった。
 そっとM先生の前にハンカチを置いてあげようか。
でも、それが余計に涙を誘うことになるのでは・・。
 いやいや、壇上で見て見ぬふりはできない・・・。
それよりも粛々と式を続けるには・・・・。

 この場での迷いは、許されなかった。 
即断が求められた。
 誰にも気づかないよう、演壇の隅に私のハンカチを置いた。
「さあ、涙を拭いて、しっかり!!」
 そんなメッセージを込めた。
 
 M先生は、ゆっくりとそのハンカチを手にした。 
時々それで涙を押さえ、証書補助を務めた。
 授与は最後の子まで進み、私とM先生は降壇した。

 卒業生も下校したその日の午後、
M先生はまだ涙目のまま、
それでもいつもの明るい表情で校長室に来た。

 「このハンカチのお陰で、最後まで証書補助ができました。
ありがとうございました。
 洗ってからお返ししようと思います。
それでいいですか?」

 私は、ニコニコ顔で言った。
「そのハンカチは、記念に差し上げます。
 それよりも、まさか証書補助の補助をすることになるとは・・、
夢にも思わなかったよ。
 でも、生涯忘れられない卒業式になりましたよ」。
M先生は、ちょっと照れたように一礼し、
校長室を後にした。 
  



    お気に入りの散歩道7  そこまで春  

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