ジューンベリーに忘れ物

シンボルツリーはジューンベリー
どこかに沢山の忘れ物をしてきた気がして

あの頃 ・ 通勤途中にて

2020-04-04 15:57:12 | あの頃
 ▼ 「中国・武漢で新型コロナウイルスによる感染が広がっている!」。
そんな報道を耳にしたのは、4ヶ月程前のことだ。
 それがまさか、全人類への挑戦の始まりになるとは、・・・。
今も、信じられない。

 「現代社会は、急激な速さで変化を遂げている」。
そんなフレーズをよく耳にし、ここ30年余りを過ごしてきた。
 しかし、このコロナによる急変を、
世界の誰が予言できただろうか。
 恐怖が駆けめぐる。

 IPS細胞の山中教授が、「専門外ですが」と言いつつ、
日本の現状について5つの提言をしている。
 そして、「少しでも早く取り組んで」と訴える。
 
 山中教授のあの実直な言葉を聞き、
改めて危機感を強くした方も、少なくないだろう。

 当然、私もその1人だ。
なのに特段、私ができることなど何一つとしてない。

 ただ自己管理に努める。
手洗いとマスクを欠かさないこと。
 そして、30分早く寝て、免疫力を高めること。
時には、首都圏で暮らす息子らに、
「気を付けて!」とラインすること。
 当然、私は不要不急の外出はしない。

 そうそう、山中教授はテレビのインタビューで、
「このコロナウイルスとは、
長期戦になります。マラソンです。」
とも言っていた。

 それを聞きながら、戦国の世ならば、
『ろう城戦』だと理解した。
 ならば城内での長い暮らしに耐える技を、
工夫することだ。
 まずは、私のろう城プランを考えよう。

 乏しい知恵だが、策を絞りたい。
さてさて、何がある。どうする。
 せめて、このブログはできるだけ明るいことを・・。
そう考えた。

 現職の頃、長い通勤の途中であったエピソードを、
書いてみようかな・・。

 ▼ 携帯電話が出回り始めてまもなくだ。
当時、必要性がさほどないのに、見栄を張って購入した。
 勤務校では、私だけだった。

 当然、その電話番号を知る者は少なく、
呼び出し音が鳴ることは、ほとんどなかった。

 まだ土曜日勤務があった午後だった。
退勤の電車が、途中駅で停車したままになった。
 車掌さんのアナウンスは、送電のトラブルで、
再開の見込みは立っていないとのことだった。

 30分は待っただろうか。
「この事を自宅へ知らせよう」。
 携帯電話を取りだし、ホームに降りた。

 人混みを避け、自宅に電話した。
便利さを実感した。
 
 その時だ。
電車から降りできた若者から話しかけられた。
 「携帯電話ですね?」。 
少し胸を張って、うなずいた。すると、
 「用件はすぐ済みますので、
100円で使わせてもらえません。」

 突然のことで、やや迷った。
若者は、早く貸してほしいと言わんばかりの表情だった。
 「どうぞ」。
携帯電話を差し出した。

 若者は、やや離れたところへ行き、
電話をした。
 そして、お礼を言いながら、
100円玉と携帯電話を私に渡し、車内へ戻った。

 私も車内へと思った時だ。
「すみません。お幾らでその電話、お借り出来ますか。」
 今度は、女性が遠慮がちに近づいてきた。

 返答に困った。    
「急ぎ連絡したいことがありまして、
お貸し願いませんか。」
 女性は私の顔を覗いた。
「どうぞ」
 そう言って、携帯を渡すしかなかった。

 電話をかけ終えた女性に訊かれた。
「あのー、おいくらでしょうか?」
 やや高いと思いつつ、仕方なく言った。
「先ほどの方からは100円頂きました。」
 女性は、私に100円玉を渡し、電車へ向かった。

 すると、すぐだ。
「私も100円で、貸して下さい。」
 「その次でいいです。私もお願いします。」

 気づくと、私の前に5,6人が列を作り、
1通話100円の携帯電話を待った。
 「人助けのため持った携帯ではないのに・・。」
苦笑いをしながら、100円を受け取っていた。

 中には、千円札を出され、お釣りを渡す場面まで・・。

 ▼ それは朝の満員電車、
身動きもままならない車内でのできごとだった。
 その日は、特に混雑が激しく、
ドアからやや奥へ進み、四方をスーツ姿に押され、
遠慮がちに直立していた。

 線路のポイント切替か何かなのだろう、
いつも決まった所で、車掌のアナウンスが流れた。

 「間もなく、車両が大きく揺れますので、
お気をつけ下さい。」
 毎日のことである。その揺れには慣れていた。
やや足に力を入れ備えた。

 ところが、混雑のせいだろうか。
車両の揺れと一緒に、満員の乗客全員が、
一方向に大きく傾き、次に一斉に元の位置に戻された。

 一瞬のことだったが、満員での定位置を再び確保しホッとした。
その時だった。
 私のすぐ左横にいた男性が、声を荒げた。
「俺の足を踏んだだろう。謝れよ。」
 そう言いながら、私のすぐ右横で背を向けていた若者を押した。
それを、2回くり返した。

 すると、押された若者が、
ギュウギュウの中で反転し、男性を見て言い返した。
「踏んでませんよ。失礼だな!」

 今度は、男性がその若者をにらみつけた。
「いや、君の足が私を踏んだ。」
 「ボクが踏んだのなら、分かりますよ。
そしたら、言われなくても謝りますよ。」
 「なに言ってるんだ。
踏んだのを認めて、素直に謝ればそれでいいんだ。」
 「違うって、言ってるでしょう!。
ボクじゃないって・・・・」。

 2人の言い争いは、続いた。
それは、超満員の身動きが難しい、
しかも、私の右横と左横での言い合いだった。
 揺れる車内の左右、私の目の前で、
強い言葉がしばらく行き交った。

 私は、目だけを右と左に動かし、遠慮がちに
事態の推移を見るしかなかった。
 仲裁を買って出る。
そんな発想はまったく思いつかなかった。
 
 幸い、2人の間には腕を振り上げ、
殴り合う程の隙間もなかった。
 そこだけは、安心しながら、
男性が言うと左に目をやり、
若者の番になると右を見た。

 しばらくすると、言い合いはやや方向を変えていった。
これには参った。

 そして、ついに、
「じゃ、君じゃないのなら、誰だ。
誰が踏んだんだ。」
 「そんなの知りませんよ。
揺れた時、みんなが動いたんだから。」
 「だから、一番近くのは君なんだよ。そうだろう・・」。

 いやな予感が増した。
若者は、目を大きく見開いた。
 「エッ、近くには、僕以外だっていたでしょう。」
「それは、誰だ、誰だ。」

 一瞬、車内は緊張が走った。
そして、2人の目は同時に、間近に顔があった私を見た。

 「オレが犯人!、そんなバカな!」。
私は無言のまま、2人を交互に見ながら、
あわてて首を、何度も何度も横に大きく振った。
 あの時、きっと私の顔は青ざめていたに違いない。

 「じゃ、仕方ない・・。変な言いがかりをつけて、
済まなかったな。」
 男性は、小さく頭を下げた。
そして、若者もうなずき、ゆっくりと向きを変え、
争いは突然終わった。

 一体、2人は私を見て、何を感じたのだろう。
今も謎だ。
 念を押す。私は無実だ。

 わすか数10センチの至近距離で、
男3人の緊迫したシーンだった。
 なのに、日が経つにつれ笑えるのは、どうして・・。




   陽春の候  菊咲一華    

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