ジューンベリーに忘れ物

シンボルツリーはジューンベリー
どこかに沢山の忘れ物をしてきた気がして

『北の国から』 あのシーン ①

2016-11-18 18:27:56 | 北の大地
 時折、このテレビドラマのワンシーンを、
思い起こすことがある。

 もう35年も前、
1981年10月9日から翌年3月26日まで、
24回の連続ドラマシリーズだった。
 そして、『83年冬』(1983年3月24日放送)から、
『遺言(後編)』(20002年9月7日放送)まで、
不定期で12回届けられた特別編がある。

 どれも父・五郎とその子ども・純と蛍を中心とした、
北の大地・富良野での、そこの人々と織りなす物語だ。

 2人の子どもが父の背中を見ながら成長していく姿と、
数々の苦悩や喜びが、ドラマを見る人々に感動を与えた。
 私もその一人で、
このドラマから生きるヒントや励ましをたくさん頂いた。

 「今は昔」ともいえるドラマであろうが、
私の心で生き続けている場面を探ってみる。


 ① 第1回 純の驚き
 
 両親が別れることになった。
9歳の純と妹・蛍は五郎と一緒に、
東京から五郎の故郷・富良野に来た。

 降りた駅は、布部。
遠縁の北村草太が出迎えてくれた。
その日は、草太の家に泊まった。

 翌日、2人は五郎が昔住んでいた廃屋へ連れて来られた。
これから家族3人で住むと言うボロボロの家を見て、
純はあきれ顔で言う。
 「これが、俺たちが住む家かよ。」
そして、「電気がなければ暮らせませんよ。」
真顔で訴える。

 富良野までの列車の中、
車窓から見える空知川に感動する蛍。
 それに引き換え、不安気に見ていた純。
その不安が、見事に的中する。

 純は、東京にいる恵子ちゃんにそっと語る。
「母さんはきれいだし、頭もいいし、美容師の仕事も忙しいし、
いつもモソッと頼りない父さんとは、
もともとつり合いがとれなかったってわけ。」

 ドラマのスタート時、純は五郎のよさに気づいていない。
そればかりか、
これからの暮らしに不安ばかりが増していった。

 そんな東京での日々との大きなギャップが、
「電気がなければ…」と言うやり取りの締めくくりで、
純はこう発する。
 「あちゃー!」

 可笑しくもあり、切なくもあり・・・なのだが、
いつまでの私の心で、こだました。


 ② 笠松杵次の言葉が

 第5回で、五郎は住んでいる家屋の土地が、
「自分のものだ。」と笠松杵次から言われる。
 
 杵次は、純の同級生・正吉(やがて蛍の夫)の祖父だが、
大友柳太郎が演じる杵次の言葉が、ズシリと重いのだ。

 第5回では、がんびに火をつける練習をしていた純に、
杵次が昔話をする。

 「木は倒される時、大声をあげる。
殺生も随分した。そして拓いた。

 いったん拓くのに何年かかったろう。
馬と木と粗末な道具と。
 馬ももうおらん。

 そして若いもんはみんな土地を捨てる。
わしらが殺生して切り開いたこの土地じゃ。

 熊や木や馬になんと申し開く。
人間は勝手じゃ。」

 荒野を切り拓いた先人たちへ、畏敬の念をもった。
そんな偉業を軽んじる悲しみや怒りが、胸を打つ。

 この杵次は、第15回の終末、橋から転落し亡くなるが、
その直前の五郎宅での語りに、私は涙した。

 杵次は、雨の中夜9時頃だった、
一升瓶を片手に、五郎の家に現れる。
 その日、18年間を共にした馬を売った。

 「今朝、早く業者がつれに来るってんンで、
ゆんべ御馳走食わしてやったンだ。
 そしたらあの野郎、察したらしい。

 今朝トラックが来て、馬小屋から引き出したら、
入り口で急に動かなくなって、
おれの肩に、首をこう、
幾度も幾度もこすりつけやがった。

 見たらな、涙を流してやがんのよ。
こんな大粒の。こんあ涙をな。

 18年間オラといっしょに、
それこそ苦労さして、用がなくなって。
 オラにいわせりゃ女房みたいなあいつを。

 それからふいにあの野郎、
自分からポコポコ歩いてふみ板踏んで、
トラックの荷台にあがってったもンだ。

 あいつだけがオラと、苦労をともにした。
あいつがオラに何いいたかったか。
 信じていたオラに、何いいたかったか。」

 野良着に手ぬぐい、日焼けした顔で、
ぼそぼそと語る杵次の大友柳太郎。
 馬へ情が移るから、名前はつけないとも言う。

 飼い主にも馬にもつらい定めに、
今も、涙がこみ上げてくる。


 ③ 靴を探す

 純と蛍の母・令子が亡くなった。
第23回は、東京での葬儀の数日である。

 令子の新しい夫・吉野が、
2人の汚れた運動靴を見て、店に連れて行く。
そこで、古い靴を捨てた。

 その日の午後、お葬式が始まった。
読経が流れる中、蛍が突然、純に言う。
「ねぇ…、あの古い靴、さっきのお店にまだあるかな。」

 純は語りだす。
「ドキンとした。ぼくがさっきからこだわってたことに、
蛍もこだわってたことがわかったからで……。」

 以前に比べ、純の五郎への想いは変わっていた。
父に断らず靴を捨てたことを後悔し・・。

 「心が痛んでいた。あの、置いてきた運動靴は、
去年父さんが買ってくれたもので。

 むこうに行ってからはじめて町に、
富良野の町に買い物に出たとき、
余市館で父さんが選んで、
ぼくらのために買ってくれたもので。

 そのとき、父さんは靴のデザインより、
集中的に値段ばかり見。
 結局一番安いのに決めて、
これが最高、と笑ったわけで。

 だけど……。その靴はそれから1年、
冬の雪靴の期間をのぞけば、
ぼくらといっしょにずっと生活し、
ほこりの日も、雨の日も、寒い日も…、
それから雪解けの泥んこの日も、
学校にいくにも畑で働くにも、
ずっとぼくらの足を守ってくれ。

 だからすりへり、何度も洗い、
そのうち糸が切れ、糸が切れると父さんが縫い、
底がはがれるとボンドでくっつけ、
そうして1年使いこんだもので。

 その靴を……。ぼくは捨てていいといい。
父さんに断らず、……捨てていいといい。」

 その晩、トイレに起きた純は、令子の遺骨の前で、
肩を丸め、声を殺して泣く五郎を見た。

 その五郎は、翌朝早く、富良野に帰っていた。
夕方、遅れて来て、早々と帰った五郎を、
非難する親戚一同に、
富良野から来ていた五郎の叔父・清吉(大滝秀治)が、
遠慮がちに言い出す。

 「それは違うんじゃないですか。
五郎は、早く来たかったンですよ。
 本当は、純や蛍や雪子ちゃんといっしょに、
とんで来たかったンですよ。

 あいつがどうにも来れなかったのは、
恥ずかしい話だが、金なンですよ。
 金がどうにもなかったンですよ。

 ……だからあのバカ、汽車できたんでしょ。
一昼夜かかって汽車で来たんですよ。

 飛行機と汽車の値段のちがい、わかりますか、あなた。
1万ちょっとでしょう。
 でもね、わしらその1万ちょっと、
稼ぐ苦しさ考えちゃうですよ。
 何日、土にはいつくばるか。ハイ。」

 純と蛍は、それを廊下で聞いていた。
2人の心は決まる。
 あの古い靴を探しに行く!

 2人で捨ててしまった靴を探しているところに、
警官(平田満)が声をかける。
 警官の質問に、ビクビクしながらもしっかりと答える純。
質問の中で2人の悲しい事情を察知し、
警官の表情と心情か変化していく。
 急遽、その靴を探し始める警官。
北海道訛りなのだろうか、それが温かく、心にしみた。

 警官 「お前ら、何してる?」
 純  「あ、はい、靴を探しています。」
 (警官、新しい靴を見て)
 警官 「どういうこと?」
 純  「おじさんが捨てろって言った靴です。」
 警官 「おじさんは捨てろって言ったんだべ?」
 純  「はい、でもその靴まだ履けるから……。」
 警官 「おじさんって誰だ?」
 純  「母さんと一緒になるはずだった人です。」
 警官 「母さんはどこにおる?」
 純  「4日前に死にました。」
 (ハッとする警官)
 警官 「確かにここに捨てたんだな?
     あっちにもあったぞ。
     お前ら、そこ探せ、探せって。
     俺はあっち探してくるから。」

 純が語る 「恵子ちゃん、なぜだかわかりません。
       涙が急に突き上げた。」

 令子の死に直面しても、涙を見せなかった純だった。
このやりとりで、涙が突き上げたと言う。

 ここに至るまでの純の葛藤、
どれ程、小さな心が揺れ動いたことか。
 いくつもの悲しみと驚き、苦しさと迷い、
それが純の表情と言葉の隅々から伝わった。

 こみ上げたのは、私だけではないだろう。




羊蹄山:レークヒル・ファーム(洞爺湖町)から
 

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