▼ まん延防止の措置が解除されたものの、
当地で発表される1週間ごとの感染者数は、
100人超えが続いたままだ。
収束どころが、深刻さが増しているように思えるが、
危機感は、どんどん薄れていく。
この先への不透明感に、暗い気持ちになるのは、
私だけでないはず・・・。
その上・・・。
テレビも新聞もネットニュースも、
ウクライナでの残虐な戦況を、連日伝える。
苦戦するロシアが、
「いつ生物・化学兵器の使用に踏み切ってもおかしくない」と、
言い切る専門家までおり、
テレビ画面にニュース速報のテロップがでるたびに、緊張する。
多くの人びとが、一刻も早い終戦を願っているものの、
悲惨な事態を、世界の英知が止められないでいる。
それが、今の世界なのだ。
「なんて人は愚かで、なんて無力なんだ!」。
私だけじゃない。
そうぼやきながら、
多くの人がこの1ヶ月半を過ごしてきた。
そのような最中、先日、テレビニュースが、私に光をくれた。
満開の桜の下で、大学の入学式に出席した新入生が、
インタビューに答えた。
「教育は、平和につながります。
だから、大学で勉強して、先生になろうと思います」。
私が信じた同じ道を、
胸張って歩もうとする青年がいる。
「私にもできることが、まだまだある」。
そう気づかせてくれた。
だから、今日もいつものように・・・、
私の周辺にこぼれている輝きをスケッチする。
▼ 「北の湘南」にも春がきた。
雪かきでできた雪山が、花壇からすっかり消えた。
同時に、子ども達の春休みも終わった。
今朝も、窓から見上げた空は、明るい青一色だ。
朝食の時を過ごしていると、我が家の前を、
5人の男の子が一緒に登校していった。
昨年度から1学年上がって、
4人は5年生に、1人は2年生になったはずだ。
10分も待たずに、今度は、
3年生になった制服姿の女子中学生が、
小走りに過ぎて行った。
3月までなら、この後しばらくすると、
反対方向から、2人の男子高校生が自転車で走り抜けた。
その姿を見ることは、もうない。
リビングルームの窓から、こんな4月の光景を見ながら、
モーニングタイムを過ごすのが、日課である。
1年また1年と、登校する子どもが成長し、
やがて、次々と姿を消していく。
昔も今も、頼もしさと寂しさが、
ずっと私の中で同居している。
▼ そんな想いでいると、
ふと、懐かしい2人が、脳裏に浮かんできた。
5年も前の3月末のことだ。
雪の消えた庭で、整地のまねごとをしていると、
通りがかった中学生が、突然立ち止まり、私を見た。
彼には、朝ランで自宅そばまで戻ると、
よく出会った。
いつも立ち止まり、わざわざ帽子を脱いで、
朝の挨拶をしてくれた。
その折り目正しさが印象的で、しっかりと顔を覚えていた。
庭の私に向かって、元気よく言った。
「4月から、K市のM高校へ行きます。
サッカーがしたいので、寮に入って頑張ることにしました。」
彼がサッカーをしていることは、うすうす知っていたが、
不意の決意表明に驚いた。
いつも通り彼は、帽子を脱ぎすっと立っていた。
「サッカーで有名なM校ですか。
親元を離れてのサッカー留学だね。」
「はい、そうです。」
「それは大変だ。よく決めたね。」
「最後は、自分で決めました。」
「すごい。頑張って!」
「ありがとうございます。さようなら。」
一礼すると、帽子をかぶり直し、
彼は、足早に去っていった。
以来、ずっと会ったことがない。
その後の消息を知る方法もない。
サッカーはどうしたのだろうか。
今も続けているのだろうか。
いずれにしても、
彼なら素晴らしい日々を過ごしているに違いない。
▼ 初めて朝の挨拶を交わしたのは、
彼女が中学生の時だった。
長い髪を三つ編みにし、通学鞄と一緒に、
いつも黒い楽器ケースを持っていた。
ケースの楽器がクラリネットであることを知ったのは、
1年が過ぎてからだった。
いつも人懐っこい笑顔で、朝の挨拶をするだけだったが、
ある日、登校途中の彼女に、声をかけてみた。
「吹奏楽をしてるの。」
「はい。」
「何を吹いているの。」
「クラリネットです。」
「今度、市民音楽祭があるけど。出場するの。」
「はい、今、特訓中です。」
市民音楽祭のプログラムが進み、
彼女の中学校吹奏楽部の演奏になった。
沢山のメンバーと一緒に登場した彼女は、
片手にクラリネットを持って、堂々としていた。
いっぱい拍手をした。
進学した高校は、バス通学だった。
朝ランでバス停を通ると、時々黒い楽器ケースを持った彼女を見た。
変わらず笑顔で、挨拶してくれた。
3年が過ぎた朝、自転車で我が家の前を通るのを見た。
ショートカットにした彼女を呼び止め、声をかける機会があった。
地元の看護学校へ行っていることが分かった。
「しばらくクラリネットはお休みです」と明るく言っていた。
そして、昨年のことだ。
ジューンベリーの実をつんでいた時に、
レジ袋をさげた娘さんが通った。
すっかり大人顔になった彼女だった。
懐かしさのあまり、遠慮を忘れ声をかけた。
「だいぶ前に看護学校は終わったよね。
もう看護師さんなのかな。」
「そうです。今は、T病院で看護師をしてます。」
「T病院か。そう遠くないなあ。
もう少し年寄りになったら、お世話になったりするかもね。
その時はよろしく頼みます。」
半分冗談、半分本気の私が、そう言いながら、
成長の早さとたくましさがまぶしくて、
つい目を細めた。

キバナノアマナも 咲いた
※次回のブログ更新予定は4月23日(土)です
当地で発表される1週間ごとの感染者数は、
100人超えが続いたままだ。
収束どころが、深刻さが増しているように思えるが、
危機感は、どんどん薄れていく。
この先への不透明感に、暗い気持ちになるのは、
私だけでないはず・・・。
その上・・・。
テレビも新聞もネットニュースも、
ウクライナでの残虐な戦況を、連日伝える。
苦戦するロシアが、
「いつ生物・化学兵器の使用に踏み切ってもおかしくない」と、
言い切る専門家までおり、
テレビ画面にニュース速報のテロップがでるたびに、緊張する。
多くの人びとが、一刻も早い終戦を願っているものの、
悲惨な事態を、世界の英知が止められないでいる。
それが、今の世界なのだ。
「なんて人は愚かで、なんて無力なんだ!」。
私だけじゃない。
そうぼやきながら、
多くの人がこの1ヶ月半を過ごしてきた。
そのような最中、先日、テレビニュースが、私に光をくれた。
満開の桜の下で、大学の入学式に出席した新入生が、
インタビューに答えた。
「教育は、平和につながります。
だから、大学で勉強して、先生になろうと思います」。
私が信じた同じ道を、
胸張って歩もうとする青年がいる。
「私にもできることが、まだまだある」。
そう気づかせてくれた。
だから、今日もいつものように・・・、
私の周辺にこぼれている輝きをスケッチする。
▼ 「北の湘南」にも春がきた。
雪かきでできた雪山が、花壇からすっかり消えた。
同時に、子ども達の春休みも終わった。
今朝も、窓から見上げた空は、明るい青一色だ。
朝食の時を過ごしていると、我が家の前を、
5人の男の子が一緒に登校していった。
昨年度から1学年上がって、
4人は5年生に、1人は2年生になったはずだ。
10分も待たずに、今度は、
3年生になった制服姿の女子中学生が、
小走りに過ぎて行った。
3月までなら、この後しばらくすると、
反対方向から、2人の男子高校生が自転車で走り抜けた。
その姿を見ることは、もうない。
リビングルームの窓から、こんな4月の光景を見ながら、
モーニングタイムを過ごすのが、日課である。
1年また1年と、登校する子どもが成長し、
やがて、次々と姿を消していく。
昔も今も、頼もしさと寂しさが、
ずっと私の中で同居している。
▼ そんな想いでいると、
ふと、懐かしい2人が、脳裏に浮かんできた。
5年も前の3月末のことだ。
雪の消えた庭で、整地のまねごとをしていると、
通りがかった中学生が、突然立ち止まり、私を見た。
彼には、朝ランで自宅そばまで戻ると、
よく出会った。
いつも立ち止まり、わざわざ帽子を脱いで、
朝の挨拶をしてくれた。
その折り目正しさが印象的で、しっかりと顔を覚えていた。
庭の私に向かって、元気よく言った。
「4月から、K市のM高校へ行きます。
サッカーがしたいので、寮に入って頑張ることにしました。」
彼がサッカーをしていることは、うすうす知っていたが、
不意の決意表明に驚いた。
いつも通り彼は、帽子を脱ぎすっと立っていた。
「サッカーで有名なM校ですか。
親元を離れてのサッカー留学だね。」
「はい、そうです。」
「それは大変だ。よく決めたね。」
「最後は、自分で決めました。」
「すごい。頑張って!」
「ありがとうございます。さようなら。」
一礼すると、帽子をかぶり直し、
彼は、足早に去っていった。
以来、ずっと会ったことがない。
その後の消息を知る方法もない。
サッカーはどうしたのだろうか。
今も続けているのだろうか。
いずれにしても、
彼なら素晴らしい日々を過ごしているに違いない。
▼ 初めて朝の挨拶を交わしたのは、
彼女が中学生の時だった。
長い髪を三つ編みにし、通学鞄と一緒に、
いつも黒い楽器ケースを持っていた。
ケースの楽器がクラリネットであることを知ったのは、
1年が過ぎてからだった。
いつも人懐っこい笑顔で、朝の挨拶をするだけだったが、
ある日、登校途中の彼女に、声をかけてみた。
「吹奏楽をしてるの。」
「はい。」
「何を吹いているの。」
「クラリネットです。」
「今度、市民音楽祭があるけど。出場するの。」
「はい、今、特訓中です。」
市民音楽祭のプログラムが進み、
彼女の中学校吹奏楽部の演奏になった。
沢山のメンバーと一緒に登場した彼女は、
片手にクラリネットを持って、堂々としていた。
いっぱい拍手をした。
進学した高校は、バス通学だった。
朝ランでバス停を通ると、時々黒い楽器ケースを持った彼女を見た。
変わらず笑顔で、挨拶してくれた。
3年が過ぎた朝、自転車で我が家の前を通るのを見た。
ショートカットにした彼女を呼び止め、声をかける機会があった。
地元の看護学校へ行っていることが分かった。
「しばらくクラリネットはお休みです」と明るく言っていた。
そして、昨年のことだ。
ジューンベリーの実をつんでいた時に、
レジ袋をさげた娘さんが通った。
すっかり大人顔になった彼女だった。
懐かしさのあまり、遠慮を忘れ声をかけた。
「だいぶ前に看護学校は終わったよね。
もう看護師さんなのかな。」
「そうです。今は、T病院で看護師をしてます。」
「T病院か。そう遠くないなあ。
もう少し年寄りになったら、お世話になったりするかもね。
その時はよろしく頼みます。」
半分冗談、半分本気の私が、そう言いながら、
成長の早さとたくましさがまぶしくて、
つい目を細めた。

キバナノアマナも 咲いた
※次回のブログ更新予定は4月23日(土)です
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます