徒然なか話

誰も聞いてくれないおやじのしょうもない話

料亭文化は風前の灯火

2016-10-13 18:03:26 | 歴史
 熊本地震で甚大な被害を被った老舗料亭の菊本さんが再建を断念したことは、菊本さん親戚筋の上村元三さんから伺っていたが、先日、同じく新町の老舗料亭の新茶屋さんが更地になった様子を目の当たりにしてショックを受けた。やはり再建を断念したらしい。
 かつて、軍都として学都として、そして国のブランチ機能都市として栄えた熊本の花街は今はなく、わずかに生き残っていた老舗料亭も次々と姿を消しつつある。
 昭和初期には、塩屋町の熊本券番に100名、練兵町の旭券番に90名、二本木遊廓に60名、その他にも多くの土手券(町芸者)ややとな(雇女)が存在した熊本から芸妓・芸者の姿も消えつつある。今日も歌い続けられる「おてもやん」「田原坂」「ハイヤ節」「よへほ節」「ポンポコニャ」「キンキラキン」等々、熊本の俚謡・民謡はいずれも花街文化によって生れ、育てられてきた。芸どころと言われた熊本の伝統文化を継承する、新しい担い手が育つのを願うばかりである。
※写真は京都祇園(竹中邦彦さんのチャンネルより)


2010年3月 料亭菊本での老舗料亭体験