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今年、白寿を迎えた母は養護教員として永年勤め、いろんなエピソードがあるが、僕が一番忘れられない話がこれだ。
母は今はもう炊事をすることはないが、以前たまに作っていたのが炊き込みご飯だった。にんじんとあげとごまめを入れ、醤油で味付けしたシンプルな炊き込みご飯だ。実はこれ、昭和15、6年頃、母が勤めていた島崎尋常高等小学校で給食として、待労院(慈恵病院の前身)から登校していた孤児たちに食べさせていた一品らしい。おかずはない。孤児たちは喜んで食べていたそうだ。
2006年だったか、慈恵病院が「こうのとりのゆりかご(赤ちゃんポスト)」を立ち上げた時、メディアなどでは売名行為などと批判する声もあった。時の某首相など、この件を記者から尋ねられると、あからさまに不快な表情を隠さなかった。孤児の救済を戦前からやっていた慈恵病院にとっては、ごく自然な取り組みだったのである。新聞やテレビで取り上げられるたびに母は「昔からやってたのにね」と言った。そして、母は必ず当時の孤児たちとこの給食のことを思い出すらしかった。