夕食後、熊本城二の丸広場まで散歩に出かけた。風に乗って笛太鼓の音が聞こえる。県立美術館のところまで行ってみると音はハッキリと銅鑼の音も聞こえた。すぐ近くの護国神社から聞こえるようだ。行ってみた。獅子舞の一団が稽古をしていた。そこでやっと気が付いた。彼らはみな私服で稽古していたが、ここは新町獅子舞のいわば本拠地。この季節は藤崎八旛宮例大祭に備えて準備の最盛期。残念ながら今年も神幸行列は中止となったが、彼らの奉納舞は出番があるのだろう。
新町獅子舞の歴史は古く、藤崎八旛宮が創建された935年から、西南戦争で焼失する1877年までの942年間、新町は藤崎八旛宮の鳥居基として奉仕してきた。1500年代の終わり頃、加藤清正が入国し、熊本城築城とともに城下町として古町・新町が整備された。加藤清正が朝鮮出兵から無事帰還することができた報恩として藤崎八旛宮の神幸行列を再興した際、新町が獅子舞を奉納したのが「新町獅子連」の始まりと伝えられる。現在は熊本市の無形民俗文化財に指定されている。
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ライトアップされた熊本城大小天守
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新町獅子保存会の稽古風景(熊本県護国神社)
藤崎八旛宮での新町獅子保存会の奉納舞
新町獅子舞の歴史は古く、藤崎八旛宮が創建された935年から、西南戦争で焼失する1877年までの942年間、新町は藤崎八旛宮の鳥居基として奉仕してきた。1500年代の終わり頃、加藤清正が入国し、熊本城築城とともに城下町として古町・新町が整備された。加藤清正が朝鮮出兵から無事帰還することができた報恩として藤崎八旛宮の神幸行列を再興した際、新町が獅子舞を奉納したのが「新町獅子連」の始まりと伝えられる。現在は熊本市の無形民俗文化財に指定されている。
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ライトアップされた熊本城大小天守
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新町獅子保存会の稽古風景(熊本県護国神社)
藤崎八旛宮での新町獅子保存会の奉納舞