明後日に迫った、日本対オランダ戦のことが気になってしょうがないワールドカップだが、僕には大会前から注目しているカードが一つある。それはグループGのポルトガル対北朝鮮だ。この両国は44年前のイングランド大会の準々決勝で対戦し、サッカー史上に残る伝説的な試合を行なっているのである。中継放送もまだなかったこの時代、僕らはニュースの断片的な映像や新聞記事などでしか知ることはできなかったが、かなりセンセーショナルに報道されたことは憶えている。試合の様子がわかったのは、大会後しばらく経ってから見た記録映画によってだった。予選リーグで北朝鮮はイタリアを破り、一躍脚光を浴びての決勝トーナメント登場だった。一方のポルトガルは予選で優勝候補筆頭ブラジルのペレを徹底的に痛めつけて破り、大会の悪役的な存在になっていた。試合は予想に反して前半途中までに北朝鮮が3点を取る。観衆のほとんどが北朝鮮の勝利を予想し、またそうなることを期待するような雰囲気さえ生まれた。ところが、ポルトガルにはとんでもない怪物がいた。“モザンビークの黒豹”と異名をとるエウゼビオ(当時の表記はオイセビオ)である。なんと彼は一人で4点をたたき出し、計5対3で逆転勝ちしたのである。ポルトガルは準決勝で、優勝したイングランドに破れ、3位となったが、エウゼビオは大会通算9得点で得点王に輝いた。その4年後、エウゼビオはベンフィカ・リスボンの一員として日本へやって来た。日本代表との試合を見に、僕も国立競技場へ行った。観衆のほとんどがエウゼビオ見たさに来ていた。満員の大観衆の前で、彼はこともなげにハットトリックを演じた。1970年8月29日、土曜日の夜のことである。