昨日は、横浜駅から星川駅まで歩きました。
途中聴いたのは、1899年生まれのパトリック・ハドリーの曲。
彼は、RCM(王立音楽大学)で学んだようで、
作曲については、ヴォーン・ウィリアムズの影響を受け、
指揮法については、マルコム・サージェントや、
エドリアン・ボールトや影響を受けたようだ。
1925年には王立音楽大学のスタッフとして作曲を教えたようだ。
1938年からはケンブリッジ大学の講師の職を得て、
第2次世界大戦中は、バリス・オルドの代理として
ケンブリッジ大学音楽協会の指揮者、
音楽監督として活躍したという。
1946年にはケンブリッジ大学の音楽科の教授に選ばれ、
退職する1962年までその地位にあったようだ。
「春の朝」は演奏時間3分程度の短い曲で、
ヴォーン・ウィリアムズの70歳の誕生日を祝して
1942年に作曲された作品である。
イギリスの豊かな自然をうたった田園風の曲で、
鳥のさえずりが聞こえてくるような作品で、
デリーアスの音楽のように、穏やかで美しい曲である。
王立音楽大学の時にヴォーン・ウィリアムズに学んだ
生徒としての彼からの音楽の贈り物というところだろうか。
途中聴いたのは、1899年生まれのパトリック・ハドリーの曲。
彼は、RCM(王立音楽大学)で学んだようで、
作曲については、ヴォーン・ウィリアムズの影響を受け、
指揮法については、マルコム・サージェントや、
エドリアン・ボールトや影響を受けたようだ。
1925年には王立音楽大学のスタッフとして作曲を教えたようだ。
1938年からはケンブリッジ大学の講師の職を得て、
第2次世界大戦中は、バリス・オルドの代理として
ケンブリッジ大学音楽協会の指揮者、
音楽監督として活躍したという。
1946年にはケンブリッジ大学の音楽科の教授に選ばれ、
退職する1962年までその地位にあったようだ。
「春の朝」は演奏時間3分程度の短い曲で、
ヴォーン・ウィリアムズの70歳の誕生日を祝して
1942年に作曲された作品である。
イギリスの豊かな自然をうたった田園風の曲で、
鳥のさえずりが聞こえてくるような作品で、
デリーアスの音楽のように、穏やかで美しい曲である。
王立音楽大学の時にヴォーン・ウィリアムズに学んだ
生徒としての彼からの音楽の贈り物というところだろうか。