た・たむ!

言の葉探しに野に出かけたら
         空のあお葉を牛が食む食む

連休前半:カモシカ

2008年05月07日 | essay
 連休にカモシカを見た。
 山間を車でゆっくりと走っていたら、車道脇に立っているのに気付いた。五十メートルと離れていない。急いでブレーキを踏んだが、逃げない。こちらを向いて突っ立っている。大きな全姿がはっきりと見てとれる。あまりにも近いので、野生のものに対する漠然とした恐怖心すら起こる。こちらは動けない。向こうも動かない。お互いをじっと見つめ合っている。
 
 ”オマエハナニモノナノカ”
 
 そう問い質されたような心地がした。
 やがてカモシカはゆっくりと車道を横断し、ガードレールをまたいで反対側の車道脇にたたずんだ。そこでもしばらく動かない。何かを待つように、こちらを伺っている。
 ふと我に返り、写真を、とカメラを取り出したところで姿を消された。掲出の写真に、実は「彼」の姿が映っているのだが、あまりに小さく判別できない。いちいち作動するのに時間がかかる愚かなカメラで、きちんと撮れなかったのはカメラのせいにしている。
 それにしても、不思議な経験だった。『スタンド・バイ・ミー』という映画では主人公の少年が野生の鹿と出会って見つめ合う場面があった。そう言えば『もののけ姫』でも、ヘラ鹿のような神様が出てきて人間をじっと見つめる場面があった。前者では幸運の予兆のような描かれ方をしており、後者では、見る者に審判が下されるような緊張感があったと記憶している。さて、あのカモシカはどちらか。

 ”オマエハナニモノナノカ”

 どちらかというと後者か。カモシカの去ったあと、辺りの光景は、なぜだかいくぶんよそよそしく目に映った。私は車をさらにゆっくりと、なるべく音の出ないようにして出発させた。
コメント
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