た・たむ!

言の葉探しに野に出かけたら
         空のあお葉を牛が食む食む

記憶の接点

2012年12月03日 | essay
 交差点は、卵の黄身が溶け落ちたかのようにどっぷりと夕日に染まっていた。
 私が停車したすぐそばで、女子高生が一人、自転車にまたがって信号を待っていた。新鮮なレモンを二つに割ったようなみずみずしさに溢れている。運転席の私の位置からは、制服のスカートがよく見えた。可愛い色である。赤いチェック柄の生地だったので、夕日によって今まさに、それは燃え立つ色に揺らめいていた。それこそが晩秋の色であった!・・・スカートから伸びる素足は、若さと純真さに輝いていた。車の運転席からは彼女の顔を確認できなかったが、背中にかかる長い黒髪がさらりと風に舞うのが見えた。まったく、その姿は眩しかった。このまま西日がもう少し角度を下げて真横から当たれば、彼女は光に包まれて消えてしまうのではないかと思った。
 信号はどの方面も赤。つかの間の静寂が交差点を包む。
 ふと視線を転じると、横断歩道の反対側には老婆がいた。
八十は超えているであろうか。松の古木のようにひび割れた顔を、すすけた色のショールに包んで、何枚も重ね着した小さい体を杖で支えながら、信号が替わるのを待っていた。縮んだのであろう。あの老婆は、昭和、平成と生き続けた過程において、家事育児や、家計のやりくりや、ときには浮気性の夫との確執などの精神的負担もあい重なって、漬物石に圧された大根が縮むように、少しずつ縮んできたのだろう。
 縮みきり、乾ききった身体は、もはや並大抵の涙や喜怒哀楽など吸収しない。彼女が達観したというより、あまりに長く生きてきたのだ。そう思わせる風情が老婆にはあった。
 私はハンドルに手を置いて信号を待ちながら、一種不思議な感に打たれた。一方の側にはうら若い小娘。彼女は、まさか自分が数十年後に、あの道路を挟んだ向かいに立つ薄汚れた老婆のようになるなどとは、つゆ思わないであろう。また一方の老婆も、長い長い過去において、道路の反対側にいる十代の若者のようにきらきらした時代が自分にもあったことを、もはや忘れかけているのではないか。だってそのひび割れた顔はあまりに無表情であり無感動だ!・・・だが、しかし。この正反対の両人は、ひょっとして、同一人物の過去と未来でないと誰が言い切れようか! 少なくとも、ほぼ同一人物の過去と未来であると。老婆はやはり、七十年前はあんな風に若く、自信に満ち、溌剌として、強かったのだ。そして女子学生は、七十年後には、確実に、縮み、乾燥し、立つのもやっとの身体に杖を突いて信号を待っているのだ・・・・・・もちろん、もちろんそれは当たり前の事実ではないか。当然誰にでも起こりうることではないか。しかしなぜ彼女たちはその事実に思いいたって身を震わせることもせず、淡々と信号が替わるのを待っているのだ? 「過去」は「未来」をまったく意識せず、「未来」は「過去」を失念したまま。
横断歩道の信号が青に変わった。
 二人は進み始めた。各々の目的地へ向かって。「過去」は軽快にペダルを漕ぎ、「未来」は今にも躓きそうな身体を、歩を進めることで必死にこらえながら。
 明らかにスピードにおいて勝る女子高生が、長い髪をたなびかせながら、ニ、三数歩歩んだばかりの老婆と躊躇なくすれ違い、通り過ぎた。二人の女のcross overは、感傷的な要素をまったく含むことなく終わった。無理もない。私が勝手に妄想を逞しくしていたのだ。彼女たちはしょせん、赤の他人である。ただ、夕日だけが二人を同時に照らしたのだ。
 横断歩道の信号機は点滅を始め、赤に変わった。老婆はまだ彼岸まで辿り着いていなかったが、心ある運転手たちは彼女が渡りきるのを待ってアクセルを踏んだ。私もギアを入れ、車を進めた。次の信号で左折しないといけないので、ハンドルをわずかに動かし、ウィンカーを点滅させ、ブレーキを踏む。あまりにやり慣れた動作であるので、すべてがぞんざいである。再び車を動かして左折するころには、先程の横断歩道を渡り終えた彼女たちがどうしているかなど、もはや意識の外にあった。これからしなければならない買い物、溜まりつつある仕事、幾つかの懸念事項などに頭を占拠され、通りすがりの老人や若者のことなど記憶にとどめる余裕はすぐになくなったのだ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
コメント
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