た・たむ!

言の葉探しに野に出かけたら
         空のあお葉を牛が食む食む

雑感

2015年10月20日 | essay

   巨大な網である。何しろ巨大で、誰もその全体像を一度に見渡すことはできない。一つ一つの筋が人々にとっては引き綱のように太い。人はその綱のような網を、それぞれの位置からよじ登っていく。筋は途中で二手に分かれる。時には三手、四手に分かれる。どの筋を選ぶかはその人次第である。いったん選んで登り始めた筋から、わきに伸びる筋へ中途で飛び移ることはできない。かと思えば、ずっと先でまた一つにつながっていたりする。あの筋とあの筋を選んでも、結局は一つのことだったのだと思うことがある。一方で、あの時の分岐点で選び損ねた筋へは、もう一生渡れないのだと悟ることもある。いつの間にか、あまり分岐点がなくなっていることに気づく。そうなるとひたすら同じ筋を登りつめるしかない。

  後戻りはできない。違う筋を選択したいなら、次に来る分岐点を待ち構えるしかない。その分岐点が、欲しいころにはなかなかやってこない。先の先は見えない。何しろ果てしなく巨大な網である。そして奇妙な形をしている。

  人生とはなんとなくそんなもののように思えてきた。さほど珍しい発見でもなかろう。

コメント
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