た・たむ!

言の葉探しに野に出かけたら
         空のあお葉を牛が食む食む

旅立ち

2018年06月16日 | essay

 玄関に腰を降ろし、靴を履く。靴紐(くつひも)の結び目を確かめる。紐を左右から引っ張り、結び目の固さを再度確かめる。普段は気にしたことなんてないのに。普段はその存在を忘れるくらい履き慣れている靴なのに、今、急に気になったのだ。自分は本当に、この靴で、これから見知らぬ土地へ行き、歩き続けることができるのか、と。

 住人が旅人に変わる刹那(せつな)である。

 友人が、海外へ旅立つという。ただの観光旅行ではない。どちらかというと仕事を見つけに行く旅である。人生をやり直すには遅すぎる年齢かも知れない。しっかりした見通しがあるわけでもない。健康上の不安も抱える。傍目(はため)に危うい。それでも、出立を決意したことに、近しい知人として、靴紐をきゅっと結び直すような心地よさを覚える。

 深く息をつく。両膝に手を置き、よし、と一つ呟(つぶや)いて立ち上がる。その言葉は誰に聞かせるためのものでもない。自分の生きてきた過去と、それと断層を成して続く未来とを、その一言によって結びつけ、認め、他の誰でもなく自分自身を納得させ、旅人は出かけていくのだ。そうしなければ、全く新しい環境で生きていくことなんて到底できないのだから。

 

 

 

 親友として、エールを送る。良い旅を!

 

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