WIND AND SOUND

日々雑感 季節の風と音… by TAKAMI

息子帰省中

2018-09-15 | しろかねも くがねも玉も何せむに…







息子帰省中。

まったりな中にもいろいろ超絶新鮮な日々を過ごしていて、何をどうやって書いてよいものか、非常に考え込みます。
まあ、一言でいうと、息子はもうこれまでの息子と違う。
すっかり成長したのです。
心から嬉しい。寂しくはない。これホンネ。

しかし、母はこれから何処に向かっていけばよいのか…
18年間母として生きてきた自分のアイデンティティの足元がが揺らぐのを感じた。


帰省5日目の昨日、起きたらベランダいっぱいに洗濯物が干してあった。

エッ、私、夜中に洗濯したっけ? ヨッパで記憶のない時に干したのか??
…と、まずはふつ~~に思うんだよね~~~ん、、、
これまでにも、財布が行方不明になった時にはヨッパで徘徊してコンビニとかに置き忘れたのかもとか…
おにぎり用の海苔が行方不明になったときには、ヨッパで飲みながら全部食べてしまったたのかもとか…
アイメイク専用リムーバーが行方不明になった時には、古くなったからヨッパで思わず捨てちゃったのかもとか…
どれもすべて後日ちゃんと発見したのだけど、(財布は数日後、海苔は1ヵ月後、リムーバーは数ヵ月後)
絶対あるハズと思いつつ、記憶のないヨッパな私が夜中にナンカしでかしている可能性を危惧してしまうのですとほほほほ。



さて。洗濯物はすべて私のやり方で干してあった。
しかし、違うところがひとつだけあった。
ハンガーが足りずに干せないTシャツを、洗濯カゴのフチにかけて干してある。

ここここれは!?
やはり私が寝たあとで、夜中に息子が干したのだ。
これさえなければ、私は確実に、ヨッパで自分で洗濯して干したのだと思い込むところだ。

息子と私のTシャツもジーンズも、バスタオルも、私のやり方で干してあった。
加えて私のぱんつもブラジャーもフツーにそよそよと風に揺れている。

こんなことはもちろん初めてなので、私は大変混乱しました。
やっべ~とか、どっひゃ~~ん…とか、そーゆう表面的な問題ではなく、、、、
表現する言葉がありません。
「私の息子がこんなことをするようになったのか」
とでも言えばよいのか。



画像はイメージです




そしてさらに、昼には息子が炒飯を作りました。(冒頭の画像)
「お昼は炒飯かスンドゥブチゲ雑炊かどっちがいい?」
「炒飯なら俺のほうが上手い。」
いやまあ、これは一応想定内。
彼は高校時代から炒飯を作るのは得意だった。そして、一人の昼とか、自分の分だけ作っていた。
息子の作る炒飯は私のそれよりはるかにウマいことも知ってる。
息子は北京鍋を豪快に振れるのだ。
でも2人分を振るのは鍋の大きさ的にムリがあったので、2人分を作ることはなかった。

ダイニングテーブルで一緒に炒飯を食べる「昼ごはん」を想定していたところ、
「何もいわずにコレを喰え」といって、息子は私のPCデスクに炒飯を持ってきて置いていった。
初めて食べる、ちゃんと一人分の、息子が作った炒飯。

美味しいとか、感想述べるなってこと?

もぉ、見ただけで美味しいとわかる。
これをPCデスクでこのまま一人で食べろと、、、その意図もわかる。
自分の分はこれから作るのだ。
息子が作った超絶美味しい炒飯を、一緒に食べながら「美味しいね~」とか、ペラく言われたくないのだ。


まあこれが昨日の、母としての衝撃的出来事なんだけど、息子が帰省してから5日め。
彼にとっては、季節はずれの帰省なので、あまり友達と会うでもなく、わりとゆるゆるとした日々を過ごしているようだけど、そんな中で毎日他愛もないいろんなことがあった。


初日に息子は、夕飯のハンバーグをこねるのを手伝ってくれながら、私にこれまで育てて貰った謝意をさりげなく表明した。
ここから始まっていたような気もする、、、

2日目は本人所望の鶏牛蒡鍋…であるが、連日晩ご飯で語りを入れまくるのも気詰まりなので、お互い自分の観たいアニメとかドラマを観つつゆるゆると。









3日目は息子が大変お世話になった、書人で息子の習字の先生の池田秋濤センセのNAYA-NANYAにお邪魔して、昼うどんを挟み、ものすごく長い間語りまくった。
まあ殆ど語って下さったのは秋濤センセだったのだけど、私はセンセのお話を伺いながら、この方はほんとに偉人だと心から思いました。
あまりにも気さくで讃岐弁すぎて、みなさんセンセのこと、ある程度は「めっちゃええ人」とか思ってるかもしれないけど、この絶対にブレることのない愛に溢れるセンセの生き方のスゴさを心底わかっとらんやろ!?!?
センセは、私たちの車が見えなくなるまでお見送りして下さいましたが、息子はそれを認識してました。
そして、「秋濤センセって、ホント~~~に凄いよね、偉人だよね」という私に共感していた。



センセに連れてっていただいた「町川」



松茸うどん 大変美味しかったのに画像がブレまくりで超残念!




そして夜はSYOさんに焼き肉をご馳走になり、私が寝たあとも夜中に2人で語りまくったらしい…
息子は小2のときにSYOさんと知り合ってからず~~~~っと3人でいろんなところに遊びに行きまくった。
SYOさんと息子が初めて会ったのは私の車の中で、私が「しょうまいけるさんよ」と紹介した。
当時私はSYOさんとお付き合いもしてないし、SYOさんのことは殆ど何も知りませんでした。
息子は、家に帰ってから自分の地球儀を持ってきて、SYOさんに「しょうまいけるさんのおうちはどこ?」と言った。
これが、私とSYOさんと息子のお付き合いの始まりだったのです。
この出会いについては、SYOさんとの結婚披露宴にて詳細に語りたいと思っておりますので、興味のある方はゼヒご参加くださいね。
だけど、当然だけど思春期になって、中学~高校時代は疎遠になっていた。
そんな時代も乗り越えて、大人同士として、SYOさんと何を語ったのかは私の知るところではない。
私を除いたSYOさんと息子の人間関係が成り立っていっている。


4日目は、息子の提案で、じーちゃんと私と3人で、私の母方の祖父母のお墓参りに行った。
息子にとっては全く面識もないのだけど、「先祖のお墓」ってことで、義理を通していると思われる。


祖母のお墓は庵治の高台にあるので、廃墟となっている昔住んだアパートにも立ち寄りました




ベランダの鍵が開いていたので侵入させていただきました


2Fの私の部屋だったところ 当時は海が見えたけど、今は埋め立てられて景色は変わりました




久々の「しんせい」(セルフうどん)



景色も味も懐かしい…



…とまあ、そういうワケで、息子はちゃんと無事に成長した。
その息子に対して私は今後どのようなスタンスで対応したらよいのか。

ってとこなんだよね~~~ん!!!!

息子が成長した後のことなんか全く考えとらなんだ!!!地震でした。これまで経験のない進度5強以上。
私はずっと母であり続け、息子に背中を見せ続けるものだという感覚があった。まあ、今後もそれはそうかもしれない…
しかし、親子って、こんなふうな「逆転」の時があるのか。
それに気付くことができた私は親として本当に幸せだと思います。
激泣きしました私。すぐ激泣きする私。
そしてこの逆転、意外としゅるっっと越えました。


「母の世話をしよう」と息子は思っているのだ。
私は素直に「老いたら子に従う」スタンスになればよいのだ。
求められたときにだけ言葉を添えればよいのだ。
何も言わず洗濯物を畳んで息子の部屋に置いておけばよいのだ。





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夏休みダイジェスト

2018-09-08 | よしなしごと



ブログ、サボりまくっていますので、このたびどど~~~ん!と、まとめてアップします。ごめんなさいね~~


冒頭の画像は、池田秋濤センセが毎年催していらっしゃる流し素麺。
これまでもいろんなお友達と参加させていただきましたが、今年はSYOさんと2人、ちょっと寂しい、、、
嘗ては息子がセンセのお宅で育てているメダカを流して踊り食いしたことも…
しかし、激暑の夏、ここには涼しい風が吹き渡り、風鈴が鳴り、さらには、訪れた方の「書」がさらさらと音をたてて、素敵でした。



いつも、「君が代斉唱」「国旗掲揚」から始まるこの宴。
秋濤センセが畑にミニトマトを採りにいってなかなか帰ってこないので、SYOさんと私は、フライングして勝手に素麺流して食べた(^_^;)
しかし、やりました、儀式。バツが悪いとはこのことだな~~~
素麺の途中でトマトもころころとリズミカルに流れてくるのもいいんだな~これが。

そして、最後に、本日の思い出、感想を「書」にしたためるというのが、今年の趣向。

空気ごて んまい!

これわかる?





エシカルガーデン

この日は台風の影響で、雲がものすごく早く流れていく昼下がり。
相変わらず、休日は安定の「メシ・フロ」です。
息子が少年の頃は、公園、海、山、いろいろ行ったけどな~~~












ラフォン LIVE

久々のSYOさんとのデュオ。
30分のステージでしたが、リハが楽しかったな。
SYOさんとは、いつでも、うちでもSYOさんちでも音楽、できるけど、「リハ」となると、テンションが違う。






SYOさんもうちょっとかわいい顔しまい




庵治探訪

最初は、潟元の「恵味屋」さんでランチ。
これ、休日にはかなりのヘビロテ。





この日は庵治一周ってことで、まずは私が小6の頃に住んでいたアパートのサボテンに会いに…
このアパートは廃屋となっていて、雑草が生え放題、このサボテンも、嘗ての主から置き去りにされ、自力でずっと棲息しているようなのです。
私はこの子を自宅に連れて帰ろうと試みましたが、ダメでした。あまりにもデカすぎて、重くて、トゲトゲもあり、断念して、時々会いに来ることにしました。





私、ホント、庵治に思い入れあるんだよ。
一生、私にとって特別な場所なんだなーーー





これは武居観音岬。
四国最北端(ってあまり説得力ないけど)
小6の夏休み、私はここに、おそらく1時間近くかけて一人で自転車で来て、石投げしたり、観音様にお参りしたりしていた。
ここも、当時とはかなり変わっています。








まっそんな「センチメンタル」なこともありーの、浸かっちゃいました、思いいれの海に!!!
アホですが、ここまでやると、すご~~~~~~く満たされるんだよねーーー。








あとは、SYOさんちで採れた野菜などなど…



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東京帰省…死を思い昼酒うどん

2018-09-04 | 人生妙なり


最初はカッシーと古巣の「HUB」で昼酒♪




8/31~9/2の2泊3日、東京に帰省してました。

アップしてるのは殆ど「うどん店」の画像ばかりだけど、これだけを目的に行ったわけではありません。
「うどん」の場面以外は「写真撮ろう」という意識が全然ありませんでした。

3年ぶりの東京。目的は嘗て東京で濃い時間を過ごした懐かしいお友達にそれぞれ会って語りまくること。

あっという間だったけど、一緒に過ごして下さった方々、本当にありがとうございました。
なんだか、「オムニバス」な帰省とでもいうかなあ、、、



ゲリラ豪雨の「長谷川」(大泉学園)で最初に飲んだ酒。名前は忘れた。


FBやブログなどで、近況はわかっていてもやっぱり実際にお会いして、直接顔をみて声を聞いて空気を共有するのって、ものすごく嬉しい。
SNSがあるからこそ、時間と距離の経過とともにフェイドアウトしていかず、ずっと保たれる…っていうのもあるなあ。

昼酒夜酒飲みまくり、このブログには絶対書くことのできない内容の濃~~~い話を語りまくり、、、
いや、ブログどころか、両隣に他のお客様のいるところで、はらはらドキドキするようなモノスゴイ人生報告を聞いたり、、、

みなさん、それぞれ、自分のこと、息子さんや娘さんのこと、要介護の親御さんのこと、いろんなことを抱えててスゴイ。

結婚した人、離婚した人、それぞれみなさん、「打ち止め」ではなく、まだ次の人生があります。

東京時代よりも、ドラマはいっそう展開しており、今回お会いできた方々お一人お一人、あまりにも濃くて「ちょっと要約して書く」なんてこと絶対ムリ。



スミマセン、コレも美味しかったけどなんなのか忘れました…



…しかしいずれは収束して、いやしないままでもピリオドを打つ時がくる、それぞれの人生。
そこに確実に近づいていっているのだってことを、ずっしりと想う時間が少しずつ増えてきた。

その前に親の介護…とかあるんだけど、うちの両親まだまだ元気なので、そこをすっ飛ばして、自分の人生のピリオド、、、ってなんで??


というのも、私の周囲には、独身男女がかなり多い。一般的な方の周囲よりも相当多いと思う。
加えて、結婚してるけど子供は産まないというご夫婦も、かなり多い。
私の友人の大半がミュージシャンや、音楽関係者だからかなと思います。
しかし、これが普通に暮らす一般的な夫婦の形態になりつつあるかも…という気もしています。



茄子とイチジクの胡麻和え (すごっ!めっちゃ美味しかった!!私も作るよ~ん♪)


ハーフのひやかけは、感動的でした。思わず画像撮る前に食べて噛み千切ってしまったわい!



そんな中、今の自分がやがては迎える最後のときってこれからどうなるの??
今やってるお葬式や、火葬のやり方、墓地への納骨って、このままでは時代のニーズに合わなくなるんじゃないの?
いやもうすでになっているのでは?

…と、私は兼ねてから思っているのであります。

どぉよ??



さぬきうどん店にこんなお通しが、、( ̄□ ̄;)!!



数年前に、私の父と、高校の1年先輩を1週間の差で見送って壮絶だったとき、まずは「親族でなくては病状の説明を受けられない」という壁にぶちあたりました。
私の父のパートナーさんは何十年も連れ添いながら入籍しておらず、また、私は1年先輩のSさんとは、知り合って1年足らずのヴォーカルの生徒さんというだけにもかかわらず、
他に付き添いの親族が誰もいないってことで、彼の死に立ちあい、葬儀から納骨まで、深くかかわることとなりました。


私は人の死というのもは、遺された人に託せばよいのだと大昔から思っていたのです。
私が死んだら、私の葬儀や葬方やお墓や、そんなことは、「しきたり」のことなど一切どうでもよく、
私の死(を越えて次の世界にいくということ)を最も大切に思ってくれている人のやりたいよーーにやってくれれば良いと。
今日では、これまでの慣例で、家族や親族が葬儀の主催者であったり、また相続も火葬もなにもかも「血族主体」だけど、これが現代の人の死に方に合っているとは思えません。
私はSさんの死~納骨に立ち会って、本当によかったと思っています。



お通しの、苦くて正しいゴーヤーのお浸し、そして日本酒はワイングラスで供される…


数年前、私のバンドである「WIND AND SOUND」でゲストプレイヤーにお招きしたことのある、嘗てのとても有名なプロのビッグバンドの主力メンバーであった方が孤独死しました。
詳しいことは全く知らされませんでしたが、結局彼は親族のもとに引き取られ葬られたのではないかと推察します。
親族にとっては、何十年も交流がなく、大変迷惑なことだったのかも知れません。
一方、私たちミュージシャンにとっては…少なくとも私にとっては、どれほど触発され、感動を与えて下さったか。
…でも、お別れの機会はありませんでした。

これから、こういうお別れはきっとかなり増えていくと思います。
葬儀も相続も、このような血族主体って「このままでいいのか?」と感じます。



いりこのピクルス 伊吹島のいりこは、ハラワタも甘いという話で盛り上がりました


こんな話を、このたび上京の折に、約10年ぶりぐらいでお会いした弁護士のお友達S氏に話したところ、スゴイ話を伺いました。
裁判所から成年後見人に選ばれた弁護士の方が、被後見人の死、火葬、遺骨の収集にまで立会い、若い後見人は知識不足のため、長い間その遺骨をどうしていいかわからず、 ご自分の事務所の棚に何ヵ月も保管してあったのだとか。

この遺骨がそのあとどうなったのかは伺ったけど忘れましたが…
遺骨なんてどうでもいい、大切なのは天国へ行くその時なのだ…と、個人的には思うのですが、、、遺された人にとっての、人の死の煩雑なことについて、私、上記のように感じています。






閑話休題。


私はこのたびの「東京帰省」で、東京のうどんを食べるのをとても楽しみにしていました。
香川出身、東京在住の同窓生たちは、しょっちゅううどんを食べて、ウマそうな画像をFBにアップしているのです。
いいな~いいな~…と、いつも美味しそうなうどんの画像を見て指をくわえていたのであります。
東京のうどん屋では、蕎麦屋のように、酒の種類とアテが豊富で、まずは飲んで、〆にうどんを食べる…というスタイル。
これ素敵。香川ではあり得ないスタイル。
香川のうどん屋は、短時間でささっと食べてさっさと立ち去るというところだからね。



野菜の天ぷら、初めてホンモノ見ました


そして、器も盛り付けもとても美しい。
それていて、堅苦しくも高慢な感じでもなく、ゆるゆるとくつろげる。
こんなお店、香川にもできてほしい~~~!!
「新東京讃岐うどん 花は咲く」新宿御苑前店





うどんを食す達人の耕造さんが「香川からの客人をうどん屋さんへ案内する会」と大袈裟な会合の名前を付けて予約を入れて下さったので、
もう、大将自ら店の外に出て私たちを迎えてくださり、帰るときも、タクシーを拾える場所までご案内して下さいました。

また、耕造さんは、予約のできないこちらのお店では、ゲリラ豪雨のものすごい中、開店前から20分以上も店の外に並んで下さいました。香川からの客人の私(と、みっちゃん)のために!!!
素敵すぎます。
普段なら開店前から長蛇の列なのだそうですが、さすがに豪雨なので並ぶ人はいませんでした。
そして、私たち3人のために、定刻より早く暖簾を出して下さいました。






うどんを食す達人は、もてなしの達人でもあるのだなあ、、、とっても素敵。



それをいうなら、私の東京における音楽パートナーのカッシーもギターの達人であると同時に、もてなしの達人だ。
彼はさりげなく超絶ジェントルマンなのだ。(あははは、書いてる指が笑ってる…が、ホントにホント)
彼はいつも、さりげな~~~く私を酒と音楽でもてなしてくれる。
私が「このところLUSH LIFEが好きなんだよ、弾いてみて」って言うと、私がいない間に楽譜を探して、ナニゲに譜読みしてみてくれてる。
私はカッシーのギターで歌ってみたいなと思ってたんだけど、めっちゃ難しい曲だし、あまり演奏されることはないし、なんとなくしつこく言うのもなあ…と思ってたけど、
最後の日に、一応、弾いてみて~…と言ったら、なんと彼はソロで弾いてくれたのだ。
「LUSH LIFE」を1日でソロで弾くなんて、スゴすぎる。やっぱりカッシーはすごい、素敵。
やっぱりいつか、カッシーのギターで「LUSH LIFE」がやりたい。

私が一緒にフラミンゴやってた頃より、もぉ、全然成長してて、ただでさえ以前からスゴかったのに、さらに上手くて素敵すぎる。






そして、今回は、息子が保育園時代にとても可愛がっていただいたKファミリーのところで1週間お世話になりました。(私じゃなく息子が)
息子は、Kファミリーの三男坊として受け容れてくださり、一人で東京の主だった建築を見学しながら、毎日伸び伸びと過ごしたようです。
伸び伸びしすぎなんじゃないのぉ~~!?!?ってほど。


でっ、まあいろいろはしょりまくりましたが、まとめとしては

東京帰省楽しかった!めっちゃ幸せ!!



最後になりましたが、息子のとーちゃん、SYOさん、ご協力ほんとにありがとうございました。




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