WIND AND SOUND

日々雑感 季節の風と音… by TAKAMI

SYOさんは眠るように天国に帰った

2021-01-29 | 人生妙なり


SYOさんが天に召されました。

あまりにも突然で、悲しくもないし、涙も出ません。
今SYOさんのPCでこれを書いてるんだけど、今日は(もう昨日)朝から病院に行って、これからの治療方針を先生に伺って、
ほんとうに一生懸命に考えて下さっていると感動して、すごく満足して、先生にお任せしようね…といって、
2月に入院が決まったばかりでした。

そして、夕方4時ごろから、牡蠣やわかめなんかの鍋で、ちびちび晩酌となりました。

SYOさんが入院したら、私は毎日付き添うつもりで、2月は有給を使いまくるつもりでしたが、
この時世なので、普通の病棟でも付き添いもお見舞いもNGとのこと。
であれば、仕事に専念できる。よし、2月は働こう。入院までの間はSYOさんと一緒に過ごそう…と思って
その旨、会社にも伝えたところでした。

SYOさんの直接の死因はたぶん心筋梗塞だそうです。
ほんとうにあっという間でした。
家で心肺停止になったので、夜中に検視官の方もいらっしゃいました。

布団は敷きっぱなしだし、イサムノグチのコーヒーテーブルは無残にガラスが落ちて、鍋もひっくりかえって、
なんか大喧嘩のあとみたいだけど、これは、救急の方が大急ぎだったのでこうなった。

さっきまでここで横たわってのんびり幸せそうだったSYOさんがもういない。
1時間以上も蘇生を試みてくださったけどダメだった。

神さまの時だ。
私はすごくそれがわかる。

SYOさん、天国で待っててね。

Comments (8)
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今後の治療方針

2021-01-28 | たいせつ

今日は、これまでの検査の結果を踏まえ、今後の治療方針を伺いました。とてもわかりやすい説明で安心してお任せしようと思えました。

切除はせず、抗がん剤と放射線治療とのことに決定しました。

SYOさんの癌は、「巨大」と、医師やスタッフの間で言われている模様。完治しない可能性があることもはっきりと告げられました。

消化器外科と皮膚科の先生が深く相談して、今後の治療方針を「切除」と決めていたところ、
SYOさんは今日大変息切れが激しくストレッチャーで診察室に行きました。
その様子をご覧になった先生は、治療方針を変更することにされました。

何故なら、切除は大手術になるので、体力的に難しい可能性が出てきたし、ここまで巨大化しているということは、転移の可能性も当然ある。
これまでの検査の結果では、遠隔転移の可能性は殆どない、可能性とすれば、骨盤や恥骨近くの転移。

ということで、生検の手術をやることになりました。

皮膚科の生検の手術で3日入院します。リンパに転移しているかを確かめるため。
その後は、内科の治療で放射線と抗がん剤ということになりました。体力のことを鑑みて、大手術はやめることになりました。

それらの説明は、本当に誠意のある、納得のできるものでした。
最善のことをやりますという心意気がとても感じられました。
だけど根治できない場合もありますから覚悟してくださいと。
今回の処置は、「根治」ではありません、、、と。

もちろん、私たちだって、お互いにそんな話はしてないけど、それぞれ考えている。

今日は、SYOさんは、息切れがひどくて、私が初めて病院に送り迎えをしました。
もう車でスーパーに行くのも無理そうなので、入院まで私が介助することに。
急激に彼は体力が衰えていると感じる。

今日、入院の手続きをしました。
入院中の付き添いやお見舞いはNGとのこと。
私は彼が入院したら、当然毎日お見舞いに行こうと思っていました。仕事も、有給を使いまくるつもりでした。
でもこのコロナ禍でお見舞いNGというなら、ハラ括れます。
SYOさんのことはすべて病院にまかせて、仕事に専念できる。

本当にいい先生に恵まれて、お任せできます。





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SYOさんの検査終了 おつかれさま

2021-01-25 | たいせつ


先日、SYOさんは多くの検査を終えました。
癌の種類を特定するものです。
「肛門腺癌」なのか、「皮膚癌」なのか。
それによって手術や、今後の治療方針も大きく異なるとのこと。

CT、MRI、PETなどを経て、先日は、胃と腸の内視鏡検査でした。
SYOさんはへろへろだったと思われます。検査中にたくさんポリープを切除して、予定時間を倍以上オーバーしました。
私は何も知らされていなかったのであまりにも長くかかるのでとても心配でした。

でも彼は本当に強い人なのです。付き添いの私を車で家まで連れて帰ってくれます。

そして、一昨日は皮膚科を受診しました。

この疾病は「消化器外科」か「皮膚科」か、どちらの分野かということが大変重大らしく、さらに生検も行い、両方の先生がいらして診察をして下さり、
いよいよ、明日、診断と、今後の治療方針が決まります。

病院での検査や診察は、予約して時間が決まっていても、結局数時間かかって、その後遅いお昼食べて、それから私の自宅にいろいろ雑用に行って
夕飯の食材などいろいろ買って帰ると、もう暗くなっている。

私はこのところ病院にいくと、大変血圧が高いし(180)ちょっとコーヒーを飲むとめっちゃ動機がする。
健康診断の結果もまだ貰いにいってないし、緑内障の検査にも行ってない。
そんなことよりSYOさんだ。
私のことなんかそのあとでも全然だいじょうぶだ。…な気分です。

SYOさんは、ほんとうに痛そうで辛そうなのです。

普通に歩けないし、普通に座れません。このところ加速度でこんなことになってる。
先日の配信LIVEの練習の頃から加速していたと思われます。






だから、病院のあとのランチはお座敷の店で、なるべく横になって食べられるところへ行く。



私はようやく看護師さんに患部のケアの仕方を教わりました。
SYOさんは、誇り高き人なので、私に言いたくないし見せたくなかったに違いない。
そんなこと言ってる場合じゃない。

私とずっと一緒に過ごすことはSYOさんのストレスになるのでは…と思ったりなどしてたけど、それどころではない。
SYOさんこれからはずっと一緒にいるよ。

彼は、イエスさまといつも一緒で、いつもお祈りしています。
お祈りというより「お話し」
不安なことがあればすべてイエスさまとお話ししている。

私の信仰やお祈りとは深さが全然違うなあ…と感じる。

今日はSYOさん不調につき、私は仕事休みました。いろいろ抱えており、すごくいきたかったけど、優先順位。

SYOさんは先日の診察で貧血があると言われた。顔色も白い。
1週間の禁酒も終わり、赤ワインが飲みたいとのことなのでレバー、ひじき…などなど買ってきた。
本日は昼からワイン飲みながらレバーやニラたま食べました。
たいへん楽しい昼下がりだったな~~~


マーちゃん  ここも換気が行き届いて、とても安心できる




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バッハインヴェンションの転調

2021-01-24 | アーティスト魂



新年のご挨拶もしないまま、もう1月後半に突入してます。

でもまあ一応

明けましておめでとうございます
本年もよろしくお願いいたします。


さて、いきなりですが
専門的なお話になります。悪しからず。

先日の配信LIVEの時、SYOさんのご紹介で、彼は超絶完全移動ドなのだとお話しさせていただきました。
その時にはピアノの鍵盤も全部「移動ドに見える」というお話しでした。
つまり、鍵盤のドは、黒鍵がふたつの左側と固定されてなくて、曲によってどんどん「ド」の位置が変わっていく。
「全部ドや」と彼は仰います。
ですので、ピアノ&ヴォーカルリハのときなど、SYOさんに「この実音なに?」と聞くと、彼は一瞬「えっ、、」となるのです。
私も最近音感が狂ってしまい、実音より長2度高く聞こえて混乱しております。「ド」が「レ」に聴こえるのです。超ヤバし。

彼はバッハインベンションなどなどについても当然すべて移動ド。
曲の中でどんどん転調するたびにその調の移動ドで聴こえてくる…ということで、まあそんな人はかなりいっぱいいるのではと思うのですが、
その都度鍵盤の「ド」が移動していくという人は今のところ私の知っている人ではSYOさんだけです。



私は今日、そんなことを考えながらバッハ初心者の生徒さんのレッスンで、バッハインベンションの転調について説明しました。
しかし生徒さんは、これまでドイツ音名ではなく、メジャー、マイナーで、アメリカのテキストで幼稚園の頃からやってきたので、(バスティンね)
今更ドイツ音名への変換はしません。
違和感あるけど、バッハでもCメジャーとかEマイナーでいきます。
しかしこの曲はこのように転調してこうやって解決に至る…という説明をしたんだけど、
実は私、子供の頃ピアノでそんなバッハの転調についてのレッスン受けたこと全然なかったよな~~
私は高校生半ばまでバッハが死ぬほど苦手だったんだけど、
こんな様式美について少しでも学んでいたらもっと子供の頃からバッハを好きになれただろうな~~~…と思った次第。
彼女には私のようになってほしくない。

彼女にはバッハを弾くにあたって、最初に「蟹のカノン」を紹介しました。まあ、私の心意気は伝わったかもしれない、、、


J.S. Bach - Crab Canon on a Möbius Strip←Stereo Sound→バッハ 蟹のカノン ステレオ版


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SYOさんは今日も葬儀の奏楽にいった

2021-01-12 | たいせつ


今日はSYOさんが教会の葬儀の奏楽とのことで、昨日からSYOさんちにお泊まりした。
SYOさんはとてもしんどそうだ。
でも葬儀には颯爽と行く。

画像はSYOさんの「前夜式」(お通夜のようなもの)の奏楽の装い。
ネクタイに十字架があしらわれているものをいつも着用するとのこと。
本葬儀には黒いネクタイ着用だそうです。
私は協会員の方の葬儀に参列したことはありません。1度だけあったかな。

彼はこれまで教会で亡くなった方の葬儀の奏楽はすべてやってきたとのこと。
何故なら、教会で奏楽者はあまりいなくて、突然の「葬儀」に対応できる奏楽者はいない、ほとんど全てSYOさんが対応してきたとのこと。

私、引き継ぐよ…と、そんな思いも過ぎる。

彼は本当に強い人なので、私はこれまで気づかなかった。私にも知られたくなかったのだと思う。
SYO邸の庭はいつも彼がひとりで丁寧に手入れをしてきれいでかわいいのに、今は枯れ葉が落ち放題で荒み果てている。
もうこの庭が蘇ることはないのだろうか、、、

病院の検査はまだこれからなので、まだ何もわからない。
世間一般的には、よくぞここまで…もう手遅れ
ということだけど、私は神様に祈る。
あなたはすべてのがん細胞を消し去ることができます。私は信じています。

と祈りながら、SYOさんがいなくなったときのことを考える私、、、

いろいろな思いがぐちゃ混ぜになって、それでも先へいかなくてはいけない。
でも必ず神さまが一緒にいてくださる。

こんなことになってから、SYOさんも私も、よりいっそう 神さまに近づいていると感じる。



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一緒に暮らそう♪

2021-01-10 | たいせつ

私は、若かりし頃、(10代~30代→40代)好きな人ができたらすぐに「結婚」を意識してたっけなー。
大学で最初のカレシができたときもこの流れで結婚したい…みたいな。 未熟だったな~~~~!!!
だから、私は凄く相手にとって重い存在だったんだろうなー。だからフラれまくったんだな。
まあ…最初は軽く付き合ってそのうち「結構いいな」と思ったら、ちょっと真剣にこれからのことを考える…ってのが普通で今はもっとそういうカンジなんだろうな。

まあフラレまくりましたが、私と付き合ってほしいと言ってきた男子もいるいにはいたのだ。これ一応ゆっとく。もう決して言わない。
しかし、私はもぉ~~即拒絶。 
私のこと殆ど知らないのに「付き合いたい」ってどおよ! みたいな。
「そんなふうに言ってくれるなら、ちょっと付き合ってみようかな、、」とか全然思えなかったあの頃~~、、、
ってか、その後もずっとそうでした。ちょっと残念だかもなー。
私は自分から好きにならないとダメなタイプで今でもそうです。
SYOさんのことも、以前にも書きましたように私が連れ込んで押し倒しました(比喩表現です)


「一緒に暮らそう」の音源捜しましたがいまのところ見当たりません。
近日中にアップ予定。


「一緒に暮らそう」

「じゃあまたね」って電話を切っても またすぐ寂しくなってリダイヤルしてた
離れ離れの冬の寒い夜なんか特に寂しくてたまらなかった
「いつ会おう」って手帳を開けても すれ違いばかりでもどかしい日々だったね
一緒に暮らそうってあなたから言われて 幸せを噛み締めてうつむいてたあの日

これからはずっと一緒に 朝を迎え夜を向え 季節を重ねてゆくけど
忘れないでいようね二人が出会って頃のこと
いつも隣にいるから わたしを感じていてね


ずっとふたりでで捜して見つけた 公園のそばの日当たりのいい部屋
小さいけれどいつでも季節を感じながら テーブルには花を飾って
向かい合うふたりの間に 小さな諍いやときには悲しいこともあるかもしれないけど
ふたりのゆく道は あたたかなお日さまが護ってくれるよ

これからはずっと一緒に 朝を迎え夜を迎え季節を感じてゆくけど
忘れないでいようねふたりが出会った頃のこと 
いつも隣にいるから 私を感じていてね

これからはずっと一緒に 朝を迎え夜を迎え 季節を感じてゆくけど
手をつないでいこうね いつまでも元気でいようね
やっとめぐり合えたあなたと 歌いながら わらいながら







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SYOさんと医大病院にいった

2021-01-09 | たいせつ

今日からSYOさんの病気についての記事を書くことにしました。
こうでもしなければ自分の頭と心の整理もできないし、そんな状態で仕事もできない。
今日は仕事を休みました。これを書くために。
でも明日からはまた、普通に生活していかなくてはいけません。


SYOさんの付き添いで、紹介状をいただいて香川大学医学部附属病院に行った。

癌だといわれた。それはわかっていた。

肛門がんなのか、皮膚がんなのか今のところは不明。
これからいくつもの検査をして特定し、手術するとのこと。
部位がビミョーなので、私はずっと知らなかった。
どうしてこんなになるまで放っておいたのか、、、、
病院に行く前日に初めて見せてもらってびっくりした。
SYOさんは痔だと思いこんでいたのだ。彼は以前にも痔を患ったことがあるので。


ここまでなるまで放っておいたとは…と、医師も「手遅れ」感満載。
そうはいっても、とても穏やかないい先生だった。2人の医師と関わることにったのだけど、2人ともとてもいい人だった。
とにかくこれからたくさんの検査をやって、今月末に診断が下る。
検査も、むりやりねじ込んで入れて下さった。それほど事態は逼迫してるってことなのだな。

もう即祈りました。
「神さま、SYOさんの体の中の癌細胞を全部イッキに消し去ってください。あなたにはそれができます。
そして再びLIVEをやらせてください。」

しかし一方、こんな考えも過ぎった。

SYOさんは78歳、日本人男性の平均寿命で、これまで存分にピアノを弾いてきた。誇り高くカッコイイ。とても健康でパワフルだった。
彼の人生は満州に生まれ、父親を亡くし母子家庭に育ち、結婚~離婚やその後もプライベートは孤独に堪える人生だった。彼はとても強く、独りで生きてきた。
これからは私がずっとさいごまで一緒にいるよ。
え~~~なんでこのヘナチョコな私が!?!?
私はSYOさんより全然ヘナチョコで、SYOさんをお見送りすることなんができるのか私!?!?!

…でもこれが神さまのご計画なのか。

もちろん、私だってSYOさんとお付き合いし始めて、何十年も連れ添っている夫婦のように沢山の時間はないことはわかっている、だからこそ一緒の時間を大事にしよう…と思ってきた。
喧嘩なんか全然しなかった…のは、SYOさんがものすごく「優しくて強い人」だからだ。

私はこれまでずっとSYOさんの優しさと強さに甘えまくってきた。

「甘える」のが当たり前だったので、「甘えない」ということがどういうことなのかわからない。
これから私がどうしたらよいのか、わかりません。


でもでもでもでも、今感じることは、SYOさんはまだここで終わることないよ。
SYOさんは、「ちょっと休憩」と思ってる。
私もすごくそう思う。
そう思いつつ、SYOさんの冷たくなった顔に触るところとか想像するし、夢に見る。
こんなふうにぐちゃぐちゃなのです。


冒頭に書いたように、整理しつつ、頭と心の均衡を保とうと思います。
まだこれからこのカテゴリーは続きます。SYOさんとお別れするまで。
20年後かもしれないけどね♪



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