WIND AND SOUND

日々雑感 季節の風と音… by TAKAMI

「復興支援チャリティーコンサート」(追記あり)

2011-03-29 | よしなしごと




「東北関東大震災復興支援チャリティーコンサート」

私のバンド「WIND AND SOUND」のメンバーの、ピアノ、SYO Michaelさんと、ドラム、稲生田純一さんが参加されるチャリティーコンサートです。

Time  3月31日(木) 17:30 open  18:30 start

Place  高松テルサ

Charge  \1000(変更になっています)

収益はすべて岩手県庁に送付するとのことです。


こちらをご参照ください







主催者の窓口の方と連絡がとれましたので、変更箇所がありますので、お知らせいたします。

入場料は、チケットをお持ちの方のご同伴者は無料。
TAKAMIのブログをご覧になったと受付で仰っていただいた方も無料とのことです。
当日募金箱を設置するので、義捐金のご協力をお願いしたいとのことでした。

できるだけ多くの人にお集まりいただき、コンサートを楽しんでいただきたい、
急な開催の運びで、広報も間に合わず、このような変更となったとのことです。



どんな状況であれ、ミュージシャンは、心を寄せ合って、クラシックとジャズ、ジャンルの違う、面識のなかった人たちが、稲生田先生(ドラム)のご自宅防音室に集まって、まずは自己紹介から、数日後の本番にむけて、音楽づくりをされているとのこと。

どんなことになるのか、とっても楽しみ。
私も、会場が近所なので、普段着で気軽に出かけたいと思います。
こんな安い料金では通常絶対聞けない、しかも、ジャズとクラシックのコラボもあり、楽しいコンサートになることと思います♪♪


ところで…

「ボランティア」「チャリティー」…ミュージシャンは、あちこちから声がかかるのです。
主旨がはっきりとして、明朗会計なものは、大抵のミュージシャンは、喜んでお引き受けすると思います。
「チャリティーコンサート」とは、ある意味では、ミュージシャンが自分の報酬をすべて寄付…募金…しているようなものです。
さらに、もちろん、交通費もお弁当代も、美容室代も、すべて自腹。
「これが自分にできること」と、喜びと感謝をもって「奉仕」をするのです。

そんなミュージシャン魂を、別の目的に利用しないでほしい。
営利、売名…
とても残念だし腹立たしいことですが「ボランティア」「チャリティー」と銘打てば、ミュージシャンはタダで使えて、経費節減になると考えるイベンターがいるのも事実、、、



さて。
私たちのKusakaでのLIVEは、今夜が1回目リハ…でしたが、
私は体調不良につきおサボリしてます( ̄_ ̄|||)
ハードな日々にあっぷあっぷ状態ですが、当日の曲はバッチリ決めて、着々と準備を進めつつあります。

ひとつひとつのLIVE、小さなステージですが、大切にしていきたいと思います。

今日は、ベランダで洗濯物を干しながら
「明日に架ける橋」
これしかないだろう…と、、、、

シンプルで、なんの飾りもない、ことばと曲の美しさだけを届けられるようなアレンジをしたいと思います。


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ご報告

2011-03-22 | よしなしごと
JINさんから、彼女から連絡があったとのTELをいただきました。
親戚の家に身を寄せていらっしゃるとのこと。
家も何もかもすべて流されてしまったけれど、ご家族は全員無事だそうです。
津波の到達時刻に電波が切れてしまったのは、アンテナ局?のほうが倒壊してしまったためだったそうです。



Cafe Kusaka」でのLIVEのミュージックチャージは、義援金として、日本赤十字社の窓口に振り込ませていただくことに決まりました。

こちらです。


被災者の方がたへ、直接音楽を届けられるわけではないので、「チャリティーコンサート」と大々的な広報はしませんが、
どうか、1人でも多くのの皆さまのご協力、お願いします。



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希望を持って

2011-03-18 | 人生妙なり



少年時代



JINさんから、岩手の大船渡市で被災した彼女とその家族が生存している可能性が大きいという情報を入手したとの連絡がありました。



Takが春休みに入ってすぐに、「エコ・サイエンスクラブ」の卒業旅行に、2泊3日で、山口方面に行くことが決まっていました。
「卒業旅行」といってもTakはあと1年在籍しますが。
ものすごく有意義で楽しそうなスケジュールで、Takも、すごーーーーく楽しみにしていました。

しかし…
被災地の大変な様子を見るにつけ、やはりここは、子供にも母の気持ちをしっかりと伝えて、諦めさせるべきだ。
一生懸命働いて確保したTakの旅費は、義援金に回す。
それを、Takにきちんと伝えて、彼も納得しました。
救援物資の打診をさせていただいた東京のみなさん、ごめんなさい。
ご辞退くださったみなさまの仰るとおり、今回は、もっと深刻な被災地の方に、有効に使っていただこうと思います。
義援金はこれから、病院などに行きがてら、みなさまの暖かい真心とともに、日本赤十字社香川県支部に直接持参します。
私も、震災以後ずっと考えていましたが、Takに旅行の中止について話し合うと、泣きベソをかいていました。
あんなに楽しみにしていたのに可哀想とも思うし、他の人たちはみんな行く模様。
私自身も考えこみましたが、やはり、ここはTakにも我慢させよう。
高松は何の被害もありませんでした。
Takにこのことを、自分は無事でよかったと、対岸の火事のように済ませたくない。
本当の被災の辛さは体験した人でないと絶対にわからないと思いますが。



JINさん(仮名)も命を削って岩手に行くのをやめ、さらには、彼女の生存の望みも出てきて、
また、別件ですが、心配だった人にもやっと会えて、よかった…とりあえずよかったと個人的には安堵しています。

被災者の方々には、今もご高齢やご病気で生死の境にある方もいらっしゃるだろうし、これからまだまだ、不自由で厳しい避難生活が続いていくし、家族・親族、友人の安否が未だにわからない人は、私の身近にもいらっしゃいます。
それは心が痛むけれど、とりあえずは自分の身内や、近いところで一件落着すれば嬉しい。人間ってそんな罪深いというか、業の深いというか、そういう生き物なのだなあと思い知らされます。

東電の電力供給の制限のやり方、国の対応や、原子力発電の是非とか、いろいろな不満や文句が噴出しているようですけど、国の代表はすべて選挙で私たちが選んだのだし、私は、不眠不休で従事されている方は本当に尊い、信頼してお任せするしかないのではという思いです。

救助や復興にむけて実践の作業に携わることができない私達には、祈ることしかできない。
けれども「祈り」は希望のエネルギー。人の「祈り」の波動は大波となり、復興の原動力となると信じています。


畏れながら、天皇陛下の昨夜のお言葉を引用させていただきます。

このお言葉を忘れずにずっと心に留めておきたいと思って、自分でタイプしてみると、簡潔なお言葉の中から、暖かで力強い大和の心が溢れるのがひしひしと伝わってきました。


                              



被災者のこれからの苦難の日々を

私たち皆が様々なかたちで少しでも多く分かち合っていくことが大切であろうと思います

被災した人々が決して希望を捨てることなく

身体を大切に

明日からの日々を生き抜いてくれるよう

また国民1人びとりが 被災した各地域の上にこれからも長く心をよせ

被災者とともにそれぞれの地域の復興の道のりを見守り続けていくことを 心より願っています


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春の嵐

2011-03-14 | 人生妙なり
この記事は、ご本人の了承を得て書いています。


まず 災害に遭われた方がたに心よりお見舞い申し上げます。








私のところにヴォイストレーニングにいらしているJINさん(仮名)の大切な方が、岩手で被災され、行方がわからなくなっています。
JINさんは、その方と地震直後からずっと携帯で話をされていたそうです。一度telを切ったら二度と繋がらないだろうから、このまま絶対に切るなと言いながら。

…津波が来たその時刻に突然電話が切れてしまったとのこと。

自宅でレッスン中の私のところに、JINさんから「大変なことになった」と連絡がありました。
「彼女が津波に飲まれた。これから助けに行こうと思う。」

私は、レッスンの前に、車の中で地震のニュースを知り、帰宅後すぐにTVをつけて、丁度津波のリアルタイム映像を見たところでした。
あの波に…




JINさんは、癌と糖尿病という二つの病気に現在立ち向かっていらっしゃいます。

彼は、ある日、私のところにTELしていらして、ちょっとした問い合わせの「ついで」のように、かるぅ~い感じで「ヴォーカルを習いたい」と仰いました。
ついででもなんでも、大歓迎。
成人男性のヴォイストレーニングは未経験なので2~3回は、テストレッスンで、私の中でで見通しがたてば、きちんとレッスン料をいただきますということにしました。

JINさんが最初にレッスンにいらしたとき、何か歌ってみてくださいというと、高校の校歌を歌って下さいました。
彼と私は、高校の同窓だったのです。学年はビミョーにズレているし、TELをいただくまで、彼のことは全く知りませんでした。
私は、音楽部でしたので、高校の校歌は忘れようもありませんが、普通科の男子が校歌をワンコーラス全部覚えているなんて、ちょっと感動しました。

そして、毎週レッスンに自転車で通うことになりました。
「雨が降ったらどうするの?」
「傘をさして歩いて来ます。私は、糖尿病なので、運動が必要。ちょうどいい運動になる。」
さらに癌も患っていること、余命を宣告されていたけれど、運動しながら、毎日の仕事や、JINさんと二人暮らしで、転んで車椅子生活になってしまったお母さまの介護を楽しくこなしているうちに、余命の期限?を越えたけれど、こうして普通に社会生活を営んでいます…と、、、

なんと厳しい状況なのだろうと思ったけれど、JINさんの冷静でこともなげで、軽そ~~なトークに、私は逆に励まされたのでした。
そして、彼の人生は、「余命」じゃなくて、「これからの人生」と思ったし、今でもそう思っています。

何度かレッスンしながら、私は、JINさんには、本格的な声楽の発声で、イタリア歌曲をゼヒ歌ってほしいと思いました。
「カラオケ」の練習でなく、身体を楽器のように共鳴させて歌うことの快感を味わってもらいたい。

そして、何週間か経って、彼は、「発声をやっていて、自分でも目にみえて効果を感じる」と仰いました。
え~~っ!!そうなん? 私としては、まだまだ序の口のつもり。
これからずーーっと時間をかけて、「楽器づくり」をしていくのだ。
まだまだ、こんなもんじゃないのよ。
…でも、これまでとは違うものを感じていただけたのはとても嬉しかった。






そんな矢先、JINさんは、治療のため、暫く入院することになりました。

「え~~っ!それは大変。お母さまはどうなるの?」
「大丈夫。母は、タイミングよくインフルエンザで入院中。肺炎になりかかってるから。」
「え~~~っ!!」

JINさんは、いつもこのように、大変そうなことを軽ぅ~~く言うのです。

でもやはり、何か私で役に立てることがあればと申し出ると、キーボードとPCを病室に運びたいので、車を出してくれると助かると…
なんだ、そんなん、お安い御用やわ。
さらに、彼は病院でも屋上で練習できるというので、
「ほな私、出張レッスンにいくわ♪」
ってことになりました。PCとキーボードは早速運びました。


そして、その翌日、地震と津波が東北地方を襲ったのでした。



JINさんは、彼女が被災したのは間違いないので、これから助けにいく、行けるところまで新幹線で行って、オフロードバイクに乗り換える。
今は情報収集や救助計画の立案、救助に必要な物資の調達や荷造りに忙しいので、バイクの手配できそうか、当たってみてくれないだろうかというのです。

助けにいくったって、その身体で…

外出許可を取って、助っ人も手配して…と、彼の計画は周到で、有無を言わせないところがある。
大切な人を救いに行きたい気持ちはわかる。
一刻を争うことも。
被災した場所も正確にわかっている。
なので、生きているうちに行って、一刻も早く助け出したい。
私だって、自分の命より大切なTakがいるのだ。そんなこと、当然だ。

でも、じゃあ、お母さまはどうなるの…

母は入院中だから大丈夫。
彼女を助けたら帰ってくる。

私には止める権利はない。JINさんのヴォイストレーナーという、「ご新規さん」だし。
彼がそれほどまでに望んでいることをそんな私に頼んできているのだから、できることを協力するべきなのか。

JINさんは、その日、最後に「準備することが多すぎて、今夜は出発できないし、きっともう彼女は死んでいるので、それなら一刻も早くいっても意味がない。これから母親に会いにいく。明日出発することにした。もう帰ってこないと思う。また連絡する。」といってTELを切りました。

私は、そのあと、どどぉぉぉ~~~っと後悔が押し寄せてきました。






でっ。
結局、JINさんは、そのあと被災地にいくことを止めたのだそうです。
昨日の朝、連絡をいただきました。
状況からして彼女が生きている可能性は殆どない、
あったとしても、自力で捜して助け出せる状況ではないと判断したそうです。
私も全く同じことを考えていました。
彼女の生存の望みや、今後の救出については、レスキューに委ねるほかはないと。

私は思わず
「あ~~~よかった、ほんとによかった。」
と、大声をあげました。
「もっと早く連絡くれよヽ(`Δ´)ノ」


お母さまと会って、どうか思いとどまりますように、お母さまが行くなと説得してくださいますように。
私は、正直いって、JINさんの彼女よりも、JINさんよりも、彼のお母さまのために真剣に祈りました。
あんなに真剣にお祈りをしたのは初めてかも。

祈りが届いたというよりも、いつもどこまでも沈着冷静なJINさんの判断だったのだろうけど、私はこれだけは言わせてもらうわといって、TELでJINさんにまくしたてました。

「母がどれほど息子のことを思っているか… いたずらにに命を削るようなことはしないでほしい。お母さまのために生きてほしい、お母さまより先に死んだらイカン」

「それはわからん」

…と、JINさんは言いました。
それはもちろん、誰にもわからない。

私がJINさんの母だったら…
TakがJINさんのようなことを言い出したら…

私は、「私のために行くのをやめてほしい」とは、やはり言えなかったと思う。
母とはそういうものだ。

だけど。
亡くなってしまった可能性が高い命と、生きている命…
低すぎる生存率に賭けること…
命の重みについて、これほど考えたり迷ったりしたことはありませんでした。
私が迷っても仕方がないのだけれど。


これから、JINさんは病院に戻って、きっと何事もなかったかのように治療を続けると思います。情報収集は続けながら。
私は近々、病院に出張レッスンに行きます。

同じ病院に、私のとても大切な人が入院しているので、本日お見舞いのついでに出張レッスンの下見もしてきました。
病院の屋上庭園は、見晴らしもよくて、しかも音響もとってもいいのよ♪
JINさんは、電話で、傍にいらっしゃるお母さまに「ヘアカラー」の話をしてたし、私は、「出張レッスンにいくんやから、月謝はちゃんといただくわよ」などと話しました。
安堵の会話やーーーホンマ。日常が戻ってきたって感じ。
JINさんと電話を切ってから、再び連絡があった昨日まで、どんなに長かったことか…







被災者の方がたの「日常」が一日も早く戻りますように。

「日常」とはなんだ?

くだらないことを笑ったり、ムッとしたりしながら、冗談いって、、「この味噌汁、味が薄い!」なんて文句いってること…
これが幸せだなんて、全然意識しないこと、、、



昨日、教会の礼拝に、久しぶりに行きました。

その後、昼食の「うどん」もいただきました。
当然のことながら話題は震災のこと。
そして、牧師先生が被災地に視察にいきたいと仰っている計画について、
教会をあげて反対していました。
時期尚早、無謀、救援活動の妨げ、非力…などです。
それはもっともな事には違いないかもしれないけれど、本当に愛する人が被災した時、うどんを食べながらこんなふうに、一も二もなく反対ができるのだろうか?
私だって、反対も賛成もできず、黙って聞いているしかなかったんだけども。

平和とは人を鈍感にしてしまうのだろうか?



…まだあるのです。

でも、そちらは、ご本人の了承を得られませんし、私もここに書けるだけの知性も感性もパワーも不足しまくり。

いちどきに…

春の嵐でしたが、もう過ぎ去りました。
また次の嵐も、次の次も、いつかくる。

先日も書きましたが、
「どんな時にも、どんなに揺さぶられても、地に足をつけて、しっかりと自分の毎日のやるべきこと、相手に対してできることを大切にこなしていこう」
と思います。

真木温泉」で吹雪の中、私に物凄いパワーで語りかけてくれた木のことを思い出します。
凄い出会いだった。
また会いにいきたいなあ…


そして、さらなる「樹のうた」part2や、数年来の懸案の「満開BLUE」…そろそろ本当に時が熟してきたかもです。




合掌





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三寒四温

2011-03-11 | 人生妙なり



最近、身近なところであまりにもいろんなことがあります。

心の奥底まで揺さぶられるようなことばかりなのですが、個人情報なので、この場所には書けません。
どんなに揺さぶられても、地に足をつけて、しっかりと自分の毎日のやるべきこと、相手に対してできることを大切にこなしていかなくてはと思います。

それにつけても、「お金がない」ことなんか、どうでもよくなる。


車検や保険料の費用の捻出や、進級の準備、それに加えて依然として仕事(ダブルワーク)のことなど、この先どーなることかと、毎年どんよりとしがちな年度末ですが、そんなことは考える暇もなく奔走して、家に帰ってきたら、なんだか部屋がスッキリと片付いていて、妙な充足感があった。
さあ、これからレッスン。

Takと私が生きていくに必要なだけのものは、思い煩わなくても天から与えられてきたじゃないの。
息を吐ききれば自然に空気が身体に入ってくるようなもの。

「生理整頓」ってものすごく大事なことだ。
わかっちゃーいるけど、結構放ったらかして、すぐにぐちゃぐちゃになる。

とあるお友達に、TAKAMIさんは、創作活動に集中するにはどうするの?と聞かれた。
うーん、、、まずは部屋を片付ける。

そうだ、考え込むより、身体を動かすのだ。
行き詰まったら、部屋の片付けと掃除だ。

今、ものすごくアタマの中でいろんな思いがぐるぐると渦を巻いています。
思いがありすぎで、暫くの間、更新が滞るかもしれません。



                    




ところで…

先日、LIVEのDVDの受け渡しがてら、macotoさんと、SYOさんとランチしました。
それから、4月にLIVEをやらせていただく「cafe Kusaka」に、SYOさんと打ち合わせにいってきました。

せっかくなので、お店の素敵なお帽子を試着してみたりなどしつつ、オーナーのお母さまに、お見立てしていただきました。


それがすごいんじゃ~~~!!!

「私のこんなカッコには、どんな帽子が合いますか? 私はだいたいいつもこんなカッコなんですけど」っていうと、
お店のたくさんの中から、さっさっ…といくつか選んで下さって、被ってみたとたんに

うわーーっ!

…って。似合うし、印象がガラッと変わる。感動しました。
さすが大ベテランのお母さま!
帽子屋さんの真骨頂というのだろうか。

おともだちのZoeちゃんが、今靴屋さんでお仕事してて、靴で印象がものすごーく変わることについて、ブログにも書いていらっしゃいます。


服を買うお金さえ切り詰めている私にとっては、靴や帽子、二の次、三の次になってしまいがちなのですが、なんだか目から鱗。
いつもチープなカッコの私が、Kusakaのお母さまに見立てていただいただ帽子を被っただけで、
鏡の中のTAKAMI、なんだか地中海バカンス中の貴婦人のようだったわ~(^_^;)


そろそろコートを脱いで、靴と帽子のお洒落…の季節♪



画像はKusakaさんからお借りしています



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お帽子やさんLIVE

2011-03-05 | よしなしごと
次はコレ!




”Cafe Kusaka” は、お帽子やさんとcafeが合体しているお店。
さらにミュージックスタジオも併設されていて、音楽教室などもやってます。

林町、溜池のそばの、のどかで開放的な雰囲気のお店です♪
オーナーご自身の趣味、こだわりを結集して作られた、アートスペースという感じ(*^_^*)
cafeにはグランドピアノがあって、吹き抜けで、2Fのテーブル席からもLIVEを観賞できる、広々とした設計が素敵です♪

今回のメンバーは、WIND AND SOUND と同じなのですが、「SYO Michael Trio」
私は、ゲストってことで、数曲歌わせていただきます。

ピアノ、SYOさんお得意の、クラシックをJAZZにアレンジした曲の数々。
私も、みなさまがよくご存じのイタリア歌曲やミュージカルを、この日のために、心をこめてアレンジして、
楽しいひとときをお届けしたいと、今からわくわくしてます♪♪


Cafe Kusaka
ぜひ、LIVEの下見に?覗いてみてください♪

当日の駐車スペースは、近隣の空き地や、道路脇など、充分に用意できるそうです。



少年時代

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母がLIVEに来た

2011-03-01 | 人生妙なり

macotoさんより、追加画像いただきました~~












今回のLIVEには、両親が来ました。

…というのも、オカリナ・同窓生まんべくんのお母さまがいらっしゃるというので、
一応母にそのことを伝えたところ、なんだか自分も行って挨拶のひとつもしなきゃ…と思ったのだろうか??
もぉ~~ほんとに、事前にいろいろと、MCでヘンなこと言うんじゃないのか、アンタは自分の離婚歴やらプライベートを平気でべらべら喋りまくるから、私はそれがイヤなのよね…とか、散々ブツブツいって、そして、しぶしぶしぶしぶ来てくれたのでした。

でも、母は、帰りがけに、Takにこっそり1万円を「お母さんはすぐどっかに忘れるから、アンタがしっかり管理しなさい」といって預けたのです。
ああ、来てよかったと思ってくれたんだな…
それが母の「気持ち」の表し方なのだ、、

母は、絶対「良かったよ」なんて言いません。

翌日朝、Takを遠足に送り出して帰ってきたら、早速母から感想のTELがありました。

散々、文句言われまくりました~~~!!


「あの髪は、イカン。あんなうっとしげな、ケバい、水商売の女みたいやし、服もイカン。太ってハラが出とるんがよぉ~わかって、みっともない。」

子供の歌が少ない。たくさん子供が来てたのに、2ステージめは、全然子供の歌がなかった。
子供さんが退屈していた。
オリジナルばっかりでなく、もっとみんなの知ってる曲をいっぱいやるべきだ。

などなど他にも言いたい放題言われまくりましたが、
ミュージシャンの人たち、特に、まんべくんのことは、すごーく良かったと申しておりました。
それから、私のことは、「高松で最初にLIVEをやった時は、声が貧弱になって、せっかく声楽をやってきたのに、この声かとがっかりしたけど、今回は声に伸びがあって、往年の、声楽をやっていた頃の感じが出ていた」と…

まあ、コレだけやな、褒めてくれたのは(^_^;)

そして、そのあと、話は、久々にお会いしたゆりあさんや、同窓生のことへ、
それから、自分の卓球のこと、、、
練習のしすぎで膝に水が溜まって、練習を数日休んでいたら、身体がなまって、全然勝てなくなって、悔しくてたまらない。
水が溜まるたびに、10数回も病院で抜いてもらっていたら、骨の周りの「コラーゲン」??も一緒になくなってしまうので、パサパサになって痛いし、動きがギクシャクしてイカン。
私は、負けても楽しくできたらいいような卓球はしたくない、勝てなければ悔しい。勝つためにやってんだ…


もう勝てないと思ったら潔くやめる。
その意気込みには恐れ入りました。

74歳になっても「勝つため」に卓球をやる母。

これからもずっと、一生そうやって「がいに」(強く)生きてほしいと思いました。
どんなにブツブツ文句を言われてもいいから(^_^;)

電話で5分も話をすれば必ず小言が出まくる母。
私は、聞き流し、ブチ切れないまでにようやくなってきたかなーと思うんだけど、
母は母で、なんだかもう50になった娘のことを諦めた…というより、
心から離しつつあるんだろうなあ…と感じました。

母とて、あと何年生きられるか、限られた時間のことを自分なりに考えているに違いない。
娘たちのことを思い煩うより、自分のこれからの人生に集中したいんだ。
取捨選択して、整理して、限られた時間の中で、本当に大事なものが見えてくる、そんな時なんじゃないだろうか、、

母はきっと、自分の人生を思う存分生ききって、きたるべき時には晴れ晴れと次の世界へと渡っていくことと思います。


それはやはり、私の理想で、母の人生はスゴイとマジで思いました。

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