結局、エドワード.ヤン追悼ということで、遺作となっ
た「ヤンヤン夏の思い出」をもう一度見ることにした。
映画は、ヤンヤンの名前がタイトルについているが、
彼が主人公というわけではなく、姉、母、父親の家族
の物語だ。
しかし、今回二度目なのだが、見事に覚えてないもの
だ。
イッセー尾形が出でいることなど完全に忘れていた。
結構重要な役どころにも拘らず。
見てるうちに、そういえば日本が出てきたわ、と思い
出す始末だった。
どうも、ホウ.シャオシェンの作品と記憶の中でごっ
ちゃになっているようだ。
最初に見た当時、「面白くない」と思った記憶は無く
それなりに良い、と思ったはずなのだが、内容は殆ど
記憶から欠落。
しかし、映画というのは「記憶」ではなくその「体験」
が重要である、だから別にそうであっても映画の価値
が減るわけではないのだ。
たとえ同じ映画でも、見るたびに違う世界を体験する、
これこそが良い映画の証なのだ。
と、訳の分かったような分からないような理屈で無理
やり納得させることにしよう。
で、今回改めて見て分かったのは(この部分は勝手に
そう感じたという意味)、ヤンヤン(小学生低学年)
は監督自身ではないかということ。
名前も考えてみれば監督の二乗だし。
正確には苗字がヤン(エドワード.ヤン)だから、こ
の場合ヤンヤンと二つ繰り返すことによって苗字から
名前に転換する。
台湾には伝統的にそういう名前の法則があるのだ。
というのは勿論嘘。
しかし、映画の中でヤンヤンに語らせていることは、
監督の世界観であることは容易に想像できる。
最後は、かなりしみじみするし(泣かせるのが目的の
映画ではないことは言うまでも無いが)、当時すでに
監督はそんな予感があったのだろうか、と死んだ今か
らするとそんな風に捉えることも出来るが、これはちょ
っと考えすぎ。
その他にも、映画の内容には関係ないが、熱海のシー
ンは小津の「東京物語」へのオマージュかとか、父親
がどうしても名古屋グランパスの「藤田俊哉」香港版
に見えてしょうがなかったとか、色んな発見があった。
まあ、そんなことも含め、追悼の意味は充分あったと
いうことであろう。