サークルのAさんは少し痴呆の入った老母を介護している。
「昨日は思わず、ひっぱたいたわ」と、Aさん。
「あらあら、それはいけないわ。お母さんを打つなんて」と、Bさん。
二十年来の仲間であればこそ、気を許して本当のことをつい漏らしてしまう。(だからこそ仲間)
「だってね、もう下着も何もみんなウンコだらけにしてしまったのよ」
「・・・」
「でもいけないわ」とBさん、正論である。
Aさんは数年前まで寝たきりの父親の介護を十年も看ていた経験がある人。今度は母親。時に情けなくなって、われを忘れて母親を打つこともあると思う。わたし達は聖人ではない。
わたしは思う。
もし打たれる立場になったとき、あのときのAさんの気持ちを鑑みて、他人でも嫁さんでも許そうと思う。そうして(ごめんね)と詫びるしかない自分にも(頑張れ、くじけるなよ)と、檄を飛ばしたい。
果たして、そう出来ればの話である。そういう日が来ることをも想定して、恨まず、嫉まず、心おおらかに感謝して日々を過ごしていきたい。
「昨日は思わず、ひっぱたいたわ」と、Aさん。
「あらあら、それはいけないわ。お母さんを打つなんて」と、Bさん。
二十年来の仲間であればこそ、気を許して本当のことをつい漏らしてしまう。(だからこそ仲間)
「だってね、もう下着も何もみんなウンコだらけにしてしまったのよ」
「・・・」
「でもいけないわ」とBさん、正論である。
Aさんは数年前まで寝たきりの父親の介護を十年も看ていた経験がある人。今度は母親。時に情けなくなって、われを忘れて母親を打つこともあると思う。わたし達は聖人ではない。
わたしは思う。
もし打たれる立場になったとき、あのときのAさんの気持ちを鑑みて、他人でも嫁さんでも許そうと思う。そうして(ごめんね)と詫びるしかない自分にも(頑張れ、くじけるなよ)と、檄を飛ばしたい。
果たして、そう出来ればの話である。そういう日が来ることをも想定して、恨まず、嫉まず、心おおらかに感謝して日々を過ごしていきたい。