続・浜田節子の記録

書いておくべきことをひたすら書いていく小さなわたしの記録。

墓前の花。

2014-09-23 06:43:44 | 日常
 山に燃えるような朱い彼岸花が咲いているのを見ると、もう秋である。
 お墓参りを済ませ、お坊さんの読経も終ると、(ああ、これで秋も深まるばかり・・・)滑るように一年も終盤に近づく。

 秋の彼岸は夏の猛暑の終焉、ほっと胸をなでおろすと同時に押し寄せてくるような寂しさがある。

 お墓の下に眠る父母は、また今年も安価な花を挿していった娘のケチを嘆いているかもしれない。遠からずわたしもあの中に入るわけだけれど、息子たちがいかにもケチな花を挿して自分たちばかりは笑いあう光景を想像してみると、胸に騒ぐものがある。
 墓地に眠る人たちはお墓参りに持参する花の優劣を見ているかもしれず、とすれば、(お前のすることは全く恥ずかしくて見ていられないよ)と苛立っているに違いない。

(人目を引くような豪華な花を入れんかい!)(大阪人ではないけれど)

 お墓参りのたびにため息をついている。
 質素というより貧弱な暮らし・・・負けが混んだ人生で、見栄を捨てちゃったんだねぇ、きっと。

 でもね、何時まで生きるのか分からないけど、自分の身は自分で始末しようと決心すると最低ランクでいかないと収支が合わなくなる恐れがあるから最下位の選択で細々暮らしている娘の哀れを察して頂戴。

 いろいろ考えて・・・来年からはちょっと派手な花を・・・来年のことを言うと、鬼が笑うね。

『ポラーノの広場』457。

2014-09-23 06:35:33 | 宮沢賢治
「まっすぐだよ、まっすぐだよ。わたくしはあれからもう何べんも来てわかってゐるから。」わたくしはファゼーロの近くへ行って風の中で聞えるように云ひました。ファゼーロはかすかにうなづいてまた走りだしました。夕暗のなかにその白いシャツばかりぼんやりゆれながら走りました。


☆化(形、性質を変えて別のものになる)に頼り、金(尊い)講(はなし)の布(広くいきわたらせる)を、注(書き記す)章(文章)を運/めぐらせている。
 双(二つ)に融(通じる)案(考え)を吐く(言う)相(形)である。

『城』1745。

2014-09-23 06:21:08 | カフカ覚書
それとも、クラムとの縁が切れたことが、こんなにやつれてしまったことのほんとうの原因なのであろうか。クラムの近くにいたころは、あれほど魅惑的に見えた。Kは、その魅惑煮に負けて、力づくで奪いさらったのだが、その彼女が、いまはKの腕のなかでしおれていくのだ。


☆それともクラム(氏族)との縁が切れたことが衰えの本当の原因なのだろうか。クラム(氏族)の近くにいたころはまったく馬鹿げた誘いに思えた。Kはその誘いから身をもぎ離したのだが、今、その哀れはしおれていくのだ(哀れではなくなるのだ)。