『記憶』
空と海との境も朧気であり暗雲が重く垂れこめている背景のもと、女性の石膏頭部が木の台の上に置かれている。
馬の鈴(言葉・流言・伝説…)が背後にあり、手前には薔薇が一輪、特筆すべきは純白の石膏像のこめかみに鮮血が流れていることである。
血が流れるということは、痛みを伴う《傷痕》の証であり、記憶が明るく楽しいものではなく心痛の極みを抱えた経験であることを暗示している。
石膏像は血の通う肉体ではない、すでに有機の身体を失って(死)、なお傷跡は鮮明である。傍らには言葉を発せぬ馬の鈴(言葉)が置かれているが、それが彼女を傷つけた誹謗なのか彼女自身の心残りなのかは不明である。
手前の薔薇は、美しくあることの誇りだろうか、他者につき刺された棘の暗示なのか・・・女性の頭部は、薔薇に顔をわずかに背けている。薔薇(美あるいは棘)に対する悔恨あるいは悲しみのためだろうか。
暗雲(混沌)の中に低く置かれた石膏頭部の鮮血、取り返しのつかない記憶に打ち沈んだ彼女を救う手立てはない。
(写真は国立新美術館『マグリット』展・図録より)
「ははあ、はじめたね。」山男はそつとかう云つておもしろがつてゐましたら、俄かに蓋があいたので、もうまぶしくてたまりませんでした。
☆太陽の談(話)を臥せて(めぐらせている)我意がある。
「あんたちは、ぼくにむかってお芝居を打っていたわけですね。バルナバスは年季をつんだ、仕事に追いまくられている使者のようなふりをして手紙を届けてきたしーあんたとアマーリアーええ、こんどはあまーりあのおなじ穴の貉だったううだーあんたたいふたりは、そんな使者の仕事も手紙そのものもたいして大事なことじゃないというふりをしていたじゃありませんか」
☆あなたたちはわたしに偽りを言った。バルナバスはかつての先祖がたくさん働いた小舟の証明書を伝えてきたし、アマーリアも同様にこの傷痕、要するにあなたたちに一致したことだったのです。小舟の役目、そしてその傍らにはただ誰かある人の証明書があったのです。