続・浜田節子の記録

書いておくべきことをひたすら書いていく小さなわたしの記録。

『ポラーノの広場』213。

2014-01-18 06:32:58 | 宮沢賢治
「そんならいゝだらう。何かあったらしらせにおいでよ。」
「うん、ぼくね、ねえさんのことでたのみに行くかもしれない。」
「ああいゝとも。」
「ぢゃさよなら。」
ファゼーロはつめくさのなかに黒い影を長く引いて南の方へ行きました。わたくしはふりかへりふりかへり帰って来ました。


☆化(形、性質を変えて別のものになる)考えを克(十分)に映し、調える。
 隠して治める法(仏の教え)。
 講(解き明かす)のは鬼(死者)の記(書き留める)である。

『城』1508。

2014-01-18 06:16:05 | カフカ覚書
そのうちに、事柄の全体を落着いて考えることができるようになりました。まあ、気のすむようにおやりになることですわ。あなたのなさることと言ったら、たぶんあそこの中庭の雪のなかに深い足跡をお残しになるぐらいが関の山でしょうよ」

 雪/Schnee→Schnide/皮肉。
 中庭/Hofや・・・ハロー(太陽の暈)
 足跡/Fussspur→Fass/肉体。spur/証拠。

☆そのうちに、あなたが望むように、全体を落着いて考えることが出来るようになりました。あなたのなさることは、たぶん皮肉である中庭(ハロー/死の入口)に、はなはだしい肉体の証拠を残すよりほかはありません。

修行?

2014-01-17 07:04:21 | 日常
「歩こう会」のメンバーAさんの話である。
 奥さんが語るには「うちの夫(A)は、なんでもよく気がついて、歩こう会から帰れば靴の汚れを払って陰干しをするし、ネクタイをして出かける準備が整っていても、少しの間にお風呂場を掃除したりするの。女よりまめなの。」と。

 そういえば、「歩こう会」のときなど、欠席かと思ったら「ううん、後から追いかけてくるわ。ゴミ置き場の清掃当番だから収集車が来るのを待ってるの」と奥さん。(携帯があるから場所はわかるとしても・・・絶句!)


 そんなAさん、「うちの(妻)がさぁ、階段踏み外して手首を骨折したんだ。治るまで半年もかかったよ」と、こぼした。
「でも良かったわ、治る怪我で」
「やっとね。半年の間、大変だったよ」
「そりゃ、奥さんは大変な苦労だったと思うわ」と、わたし。
「いや、いや、俺がさぁ・・・洗い物から何まで頼まれるだろう。その挙句『それじゃダメ』だの文句が多くてさぁ。やっと治ってホッとしたよ。まさに修行だったよ」と言った。

 Aさんにして修行である。女の何気ない作業が修行だったと言うのである。

 夫より先には死ねないなぁと、つくづく・・・。

『ポラーノの広場』212。

2014-01-17 06:56:15 | 宮沢賢治
「いゝよ。大丈夫だよ。テーモはぼくをそんなにいぢめやしないから。」
 わたくしは、それが役人をしてゐるものなどの癖なのです、役所でのあしたの仕事などぼんやり考へながらファゼーロがさう云ふならよかろうと思ってしまひました。


☆代(ほかのものに入れ替わる)常に普く訳(ある言語を他の言語で言い換える)ことを認(見分ける)。
 諸(もろもろ)の詞(言葉)で、二つの講(はなし)を運(めぐらせている)試みである。

『城』1507。

2014-01-17 06:36:25 | カフカ覚書
あっというまにフリーダを手に入れておしまいになったので、わたしは、泡をくってしまいましてね、これはまたどんなすごうでを見せる人かわからなくなって、これ以上面倒が起こるのを防ごうとおもい、それには哀願したりおどかしたりして、あなたのこころを動かそうとするしか手がないと考えてしまったんです。

 フリーダ/Frida→Friedem/平和。
 面倒/Unheil→anheien/癒着する。

☆あっというまに平和を手に入れておしまいになったので、わたしはあなたが更なる能力を持っているかもしれないと、これ以上の癒着を避けようと思い、他の方法であなたの心を動かそうと考えたのです。

追浜・七福神巡り。

2014-01-16 07:11:26 | 三浦半島
「では来月は追浜七福神巡りをいたします」
「えっ、聞いたことないけど・・・」
「はい、去年から出来ました」とのこと。

 けれど、独園寺の住職さんのお話では、「七福神のいずれかはどの寺にもあるもんなんです。こちらにも恵比寿さんのほかにもありますし、昔は神仏が一緒でしたから隣接の神社などにも幾つかあるそうです」
「見たことないんですか?」
「ええ、無人でずっと閉まったきりですから」(「祭礼のときには開くでしょう」とも言いかねたけど、お寺と神社の関係ってそんなに遠慮があるものなのだろうか)

 追浜駅から出発、同じ主旨のイベントが同日同時刻にあるというので、わたし達のグループはそれこそ遠慮がちに遅れ遅れに巡った七福神、八つの寺社。雪も予想された曇天・酷寒の中、楽しくウオーキング。
 久しぶりの「歩こう会」・・・なんか清々しい気持ちになって快感!

 月イチの「歩こう会」恐れながらの参加だけど、メンバーに付いて行かれるだけでも至福。独りでは実行不可能なことも皆となら、たくさんのエネルギーを戴いて敢行できることを実感。

 感謝、深謝、本当にありがとう。今年もよろしく、オン願い申しあげます。

『ポラーノの広場』211。

2014-01-16 06:39:22 | 宮沢賢治
「わたしもいっしょに行かうか。」
「だめだよ。」ファゼーロはまだしばらく泣いてゐました。
「わたしのうちへ来るかい。」
「だめだよ。」
「そんならどうするの。」
 ファゼーロはしばらくだまってゐましたが俄かに勢よくなって云ひました。


☆光を求め鬼(死者)を画く、星の運/めぐり合わせである。

『城』1506。

2014-01-16 06:23:23 | カフカ覚書
ただひとつだけ白状しておきますと、わたしは、はじめてあなたに会ったとき、あなたという人をいささか買いかぶりすぎたようです。

 ひとつだけ/ein→Ahn/先祖。
 ~する/kann→khan/小舟、(あるいは、Kain/カイン・最初の殺人者)

☆先祖の小舟を告白しましたが、わたしはあなたに最初の汚点もまた、もしかしたら多少拡大解釈したかもしれません。

ずぼら。

2014-01-15 06:33:46 | 日常
 TV(「さんま御殿」)を見ていたら、松本伊代ちゃんがズボラ組に入って(そう、そう)などとズボラな発言に肯いていた。

(うん、うん、分かるわ)わたしも極端な例を除けば大たい同じタイプ。伊代ちゃんのあの温かくもユルイ雰囲気にどこか共感を覚えていたわたし、そういうことだったのか!と納得。


 わたしの場合、ずぼら+だらしない(=か?)ので、自分で置いたものが見つからない。置いたら置きっ放し、「ぱなし族」そのもの。ただ一応、それとなく片付いている風でもあり、一念発起整理整頓を試みる奇特な日がママあるので、セーフを自認している。

 しかーし、内実はズボラだから、何がどこにあるかなど探し当てるまでに相当な労力が必要になる(こんな生活いやだ)。
 しかもがさつである、片付ける方法はただ一つ「見ないで捨てる方式」に頼っている。だから、見つからないどころか永遠に見つからないのかもしれない。著しい記憶力の低下は拍車をかけている。

 人間裸で生まれたんだもの、裸で死んでいく覚悟があれば畏れるものは何も無い。

《ズボラで悪いか》開き直るこの態度は最悪。
 本音は卒業したい・・・ずぼらから。

*ちなみにズボラを自認する奥薗壽子先生は、聡明かつ整理整頓上手ゆえのズボラ料理家である。

『ポラーノの広場』210。

2014-01-15 06:16:59 | 宮沢賢治
「きみはテーモのところへ帰るかい。」わたくしはふと気がついて云ひました。
「帰るよ。姉さんが居るもの。」ファゼーロは大へんかなしさうなせまった声で云ひました。
「ウン。だけどいぢめられるだらう。」わたくしは云ひました。
「ぼくが行かなかったら姉さんがもっといぢめられるよ。」ファゼーロはたいとう泣きだしました。


☆記(書き留める)鬼(死者)の運/めぐりあわせ。
 記(書き留める)死の虚しさ。
 題(テーマ)は照(普く光があたる=平等)の薀(奥義)を運/めぐらせている。
 幸(幸福)を旨とし、究/つきつめている。