西宮文化協会で、元国立民俗学博物館館長、石毛直道氏の
「龍宮からの贈り物ー海産物と日本人」とう講演の案内をいただいたが、
特に「龍宮からの贈り物」という副題に惹かれて出かけた。
西宮神社会館での講演会、場所柄、話はゑべっさんからはじまった。
ゑべっさんは海の彼方からやってきた。豊漁だけでなく福を授けてくれる
神様だった。海のかなた、それが龍宮である。
まず,塩の話。海は穢れを洗い流す清めの働きがあると古代から信じられていた。
塩をまいて死んだ人のけがれをとる。相撲で塩をまくのもそのためだ。
ただ、塩が日本で必需品になったのは農業が始まってからで、野菜を食べすぎて
カリウムの取りすぎを中和するためにナトリウムの塩が使われた。
次に海草。もともと中国は日本から昆布など海藻類を輸入していた。
中国人の食べ物は沃度ガ多く中和するために昆布を食べた。
日本では海藻の種類は100種類以上あるが韓国はせいぜい40種。
日本ほど昆布、わかめなど海藻を食べる人種はいない。
3番目に出汁の話。日本は動物の肉はけがれがあるということで
たべなかった。西洋人は肉からスープをつくる。つまりそれが出汁である。
日本人は昆布に鰹節からだしをつくる。それが1たす1が2ではなく
3にも5にもなる。海産物でだしをつくればうまいことを知っていた。
西欧では肉からだし(スープ)をとるが、とったあとの肉も食べる。
日本人はだしをとったあとは文字通り出し殻である。欧米との基本的な
違いがこんなところにも見られる。
4番目の話は魚。日本人ほど魚を食べる民族はいない。1997年のデータだが、
一年で一人が魚介類は日本65.5キロ、米国20.3キロ、韓国51.8キロ
中国25.2キロである。いま世界で魚を盛んに食べるようになったというが
まだまだ圧倒的に日本人は魚を食べる民族である。
いま世界的なすしブームである。アムステルダムの空港にも回転すし屋が
オープンした。寿司はもともと酢が材料でそこから「酢し」が生まれた。酢が元だ。
言葉として日本の文献に8世紀のはじめに出ている。17世紀ごろからなれ寿司が生
まれた。
なれずしはもともと魚の保存法が発達したものである。水田漁業は
そもそも東アジアで生まれた。モンスーンで川が氾濫する。
魚は田んぼに流れ込み産卵。稚魚は雨期がさって再び川に帰る。
農民は川に水が引き川に帰る大量の魚を捕まえ保存するために
魚のはらわたに米をいれ空気を遮断した。6月7月に取れた魚が
醗酵して年の暮れにはなれずしになる。
中の米は普通は食べない。農民は魚だけを食べた。日本では琵琶湖のなれ寿司が
よく知られている。
なれずしを評して①悪魔のような匂いだ、②魚の腐ったものだと酷評した
イギリス人のことばがある。ところが、ハンブルグで講演したとき、
ドイツ人になれずしを食べてもらったらおいしい、おいしいと
全部平らげてしまった。
なぜおいしのかと確かめたら通が好むチーズの匂いと味がそっくりだというのだ。
そこで成分分析した。くだんのチーズとなれずしとが全く同じ成分だったことが
判明した。
最後に料理の話。西欧人は料理というのは①いかに手を加えるかの技術、
②自然からどれだけ遠ざけるかが基本である。ところが、日本人の料理は
いかに素のまま、自然に近いかが重要な要素になる。日本では本来
手をかけた料理は評価されない。
日本ではいかに手を加えないかで料理人の腕が決まる。
なれずしとにぎり寿司。同じ寿司でも対極に位置しているが
なれ寿司は料理ではなく魚の保存法だと聞くと納得する。
1時間半石毛先生の話をきいた。ところが健康にいいとか、からだにいいとかいう
言葉は一言も出なかったことにあとで気づいた。
人は健康にいいから食べたり、からだにいいから食べるのではない。
生きるために食べる。うまいから食べる。健康にいいからという
ことだけで食べていると、これほど味気ない人生はないのでは
ないかと我に返った。
砂をかむような思いで病院のベッドで余生を送る人がいかに多いか。
改めて考えさせられた。これこそ「龍宮からの贈り物」だったかもしれない。(了)
Kenさんのスケッチは、ブログ容量の関係で削除させて頂きましたが、11月1日に、「かんぽう」さんから『ユニークに乾杯』というタイトルで出版予定です。定価2.000円。
ISBN978-4-904021-03-3 C0071 1905E
株式会社 かんぽうサービス ℡06-6443-2173
大阪市西区江戸堀1-2-14 肥後橋官報ビル6F(〒550-0002)
「龍宮からの贈り物ー海産物と日本人」とう講演の案内をいただいたが、
特に「龍宮からの贈り物」という副題に惹かれて出かけた。
西宮神社会館での講演会、場所柄、話はゑべっさんからはじまった。
ゑべっさんは海の彼方からやってきた。豊漁だけでなく福を授けてくれる
神様だった。海のかなた、それが龍宮である。
まず,塩の話。海は穢れを洗い流す清めの働きがあると古代から信じられていた。
塩をまいて死んだ人のけがれをとる。相撲で塩をまくのもそのためだ。
ただ、塩が日本で必需品になったのは農業が始まってからで、野菜を食べすぎて
カリウムの取りすぎを中和するためにナトリウムの塩が使われた。
次に海草。もともと中国は日本から昆布など海藻類を輸入していた。
中国人の食べ物は沃度ガ多く中和するために昆布を食べた。
日本では海藻の種類は100種類以上あるが韓国はせいぜい40種。
日本ほど昆布、わかめなど海藻を食べる人種はいない。
3番目に出汁の話。日本は動物の肉はけがれがあるということで
たべなかった。西洋人は肉からスープをつくる。つまりそれが出汁である。
日本人は昆布に鰹節からだしをつくる。それが1たす1が2ではなく
3にも5にもなる。海産物でだしをつくればうまいことを知っていた。
西欧では肉からだし(スープ)をとるが、とったあとの肉も食べる。
日本人はだしをとったあとは文字通り出し殻である。欧米との基本的な
違いがこんなところにも見られる。
4番目の話は魚。日本人ほど魚を食べる民族はいない。1997年のデータだが、
一年で一人が魚介類は日本65.5キロ、米国20.3キロ、韓国51.8キロ
中国25.2キロである。いま世界で魚を盛んに食べるようになったというが
まだまだ圧倒的に日本人は魚を食べる民族である。
いま世界的なすしブームである。アムステルダムの空港にも回転すし屋が
オープンした。寿司はもともと酢が材料でそこから「酢し」が生まれた。酢が元だ。
言葉として日本の文献に8世紀のはじめに出ている。17世紀ごろからなれ寿司が生
まれた。
なれずしはもともと魚の保存法が発達したものである。水田漁業は
そもそも東アジアで生まれた。モンスーンで川が氾濫する。
魚は田んぼに流れ込み産卵。稚魚は雨期がさって再び川に帰る。
農民は川に水が引き川に帰る大量の魚を捕まえ保存するために
魚のはらわたに米をいれ空気を遮断した。6月7月に取れた魚が
醗酵して年の暮れにはなれずしになる。
中の米は普通は食べない。農民は魚だけを食べた。日本では琵琶湖のなれ寿司が
よく知られている。
なれずしを評して①悪魔のような匂いだ、②魚の腐ったものだと酷評した
イギリス人のことばがある。ところが、ハンブルグで講演したとき、
ドイツ人になれずしを食べてもらったらおいしい、おいしいと
全部平らげてしまった。
なぜおいしのかと確かめたら通が好むチーズの匂いと味がそっくりだというのだ。
そこで成分分析した。くだんのチーズとなれずしとが全く同じ成分だったことが
判明した。
最後に料理の話。西欧人は料理というのは①いかに手を加えるかの技術、
②自然からどれだけ遠ざけるかが基本である。ところが、日本人の料理は
いかに素のまま、自然に近いかが重要な要素になる。日本では本来
手をかけた料理は評価されない。
日本ではいかに手を加えないかで料理人の腕が決まる。
なれずしとにぎり寿司。同じ寿司でも対極に位置しているが
なれ寿司は料理ではなく魚の保存法だと聞くと納得する。
1時間半石毛先生の話をきいた。ところが健康にいいとか、からだにいいとかいう
言葉は一言も出なかったことにあとで気づいた。
人は健康にいいから食べたり、からだにいいから食べるのではない。
生きるために食べる。うまいから食べる。健康にいいからという
ことだけで食べていると、これほど味気ない人生はないのでは
ないかと我に返った。
砂をかむような思いで病院のベッドで余生を送る人がいかに多いか。
改めて考えさせられた。これこそ「龍宮からの贈り物」だったかもしれない。(了)
Kenさんのスケッチは、ブログ容量の関係で削除させて頂きましたが、11月1日に、「かんぽう」さんから『ユニークに乾杯』というタイトルで出版予定です。定価2.000円。
ISBN978-4-904021-03-3 C0071 1905E
株式会社 かんぽうサービス ℡06-6443-2173
大阪市西区江戸堀1-2-14 肥後橋官報ビル6F(〒550-0002)