以下は、この下のブログー「姑息極まる官府(厚生労働省と政府)ー「30億を勝手にお分けください」!? に対してのミクシィ内のコメント(Zさんとのやりとり)です。
Z 2007年12月20日 23:57
タケセンさんもいいかげん認識が甘すぎますよ。(爆)
だから、この国は最初から民主主義国家じゃないんですってば。
民主主義を実現するだけの民衆の意識の高さが、最初から無いです。
仮に在ったとしても、我々に民主主義を実現する力がありません。
戦前は奴隷の軍隊、戦後は社畜です。
最初から人間ではない。
日本民族など、家畜人にしか過ぎません。
単なるヤプーです。
国民はこの国では、アメリカと、役人と、
大企業に奉仕するだけの家畜です。
ミサイルに使う金は有るんですよ。
でも政府によって病気にさせられた人々に謝罪し、
補償する金はないということですね。
どうせ連中が死ぬのを待てばいい訳だし・・・・(爆)
この国のいつもの事であります。
これは政府の失策なのだから、
全部ケツを拭かせなければならない。
この場合、踏み倒しは絶対に許してはなりません。
無いという事であれば、ミサイルに使うお金を奪うしか有りません。
さて、そこまで腹を据えて戦う人間としての尊厳を持った奴が、
どれほど居るか見物ですな?
私は心の底から、日本のあちこちで暴動とテロが
起きて欲しいと熱望しています。
それでも、唯一の救いがあります。
それはこの国が末期的な状況にあるという事です。
おそらく今の政府は、近い将来に非常に危機的な状況に
立たされる事になると思います。
近代日本とはなんであったのか、
日本国の滅亡を前にして、
きちんと総括しておかなければならないと思います。
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タケセン 2007年12月21日 00:32
Zさん、
末期的であることはその通りですが、たとえ日本国が滅亡するにしても、よくなる可能性への道は示しておかないと、後が困ります。
また、わたしは小学生のころから、「非暴力不服従」の思想と行動をもって生きてきましたので、暴力には反対なのです。
非暴力で、改革への強い意思をもった人の輪を少しずつ広げてきました。「間に合う」かどうか?は分かりませんが、それを続けるのがわたしの最善なのです。
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Z 2007年12月21日 10:54
このままでは良くなる可能性は、おそらくないです。
自らの力で自らの腐敗から脱却したなんていうケースは、
極めて稀です。
私が唯一、希望を持っている事は、
今の政治機構がガタガタになり、
政治権力と官僚制が機能不全を起こすことです。
そうすれば暴動が起き、テロが起き、内戦が起き、
その混乱の中から、必ずや新しい政治権力が誕生する。
南米のどこぞの国のように、とことんボロボロになるかも知れません。
それでもその混乱の過程の中から、人々が過去の教訓を活かし、
真に人々の為の政治体制を樹立させる為に立ち上がることが出来るかも知れません。
日本国のみならず、世界中の人々の幸福と、
自然と人間とが共存する道を選ぶ政府を樹立する事。
これこそ我々に残された唯一の希望です。
今の政府はいろんな意味で戦前の体制を継承しています。
この負の遺産をすべて断ち切らない限り、
日本国の立ち直りに残された希望はありません。
もはや政府を転覆すること以外には、方法がありません。
おそらくタケセンさんの努力は、
今の政府の崩壊を食止めることには、
間に合わないでしょう。
しかし、プラトンやアリストテレスの存在がそうであったように、
必ずや、いつの日か未来に、新しい社会を実現させる上で
タケセンさんの骨折りは無駄にはならない日がきっと来ると思います。
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タケセン 2007年12月21日 12:11
Zさん、
私に対する高い評価、どうもありがとう。
もちろん、わたしは現政府を認めていませんし、また、明治の山県有朋らのつくった詐欺のような官僚主導の政治体制(わたしはそれを「靖国思想ー天皇教・官僚主義ー東大病」と呼んでいます)を根本的に批判し変えていかなければ、市民主権の未来社会を開くことはできないと思っています。
これは、
哲学の土台から現実の法体系、
人生観ー社会観、
型の文化の枠内に人間の意識を閉じ込める教育、
それらを支える日々の生活仕方・意識、
いわゆる「文化」の全体を変革していくことと一つです。
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Z 2007年12月21日 15:02
タケセンさんのご指摘は、正しいです。
必要最低条件として、当然、要求される事ですね?
(残念ながら、今の日本の大衆にそれが出来る程度の
知的能力が存在するとは到底思えないですが・・・・)
近代日本を支えてきたエートスへの徹底した自己批判と自己検証を
前提としない限り、仮に新しい政府が樹立しても同じ失敗を繰り返してしまうでしょう。
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タケセン 2007年12月21日 23:18
Zさん、
「近代日本を支えてきたエートスへの徹底した自己批判と自己検証を 前提としない限り、仮に新しい政府が樹立しても同じ失敗を繰り返してしまうでしょう。」は、
まったくその通りだと思います。
同時に、わたしは従来の左翼思想にある暴力肯定にも反対です。どこまでも【非暴力を貫く強さ】が大切だと考えています。
粘り強く、何千回でも繰り返す【持続力の文化】を生み出す営みと社会改革はひとつです。
自分自身の実存を豊かにしつつ公共的な思想と行動(【行動する良心】)をする、そのプロセスを悦びと愉しみにするのがわたしの生き方=哲学なのです。
武田康弘