外連味(けれんみ)がなく、音が透明で美しい。ほどよく鋭い打鍵で快適。そして、都会的な感覚でお洒落。
ポール・ルイスのベートーヴェンはいつ聴いても、何度聴いても、気持ちいい。
2年半前に称賛の批評を書き、Amazonにも出したが、再録しよう。
来月29日(水)に銀座王子ホールでピアノ独奏会がある(その前の週には歌曲のピアノ伴奏も)。とても楽しみだ。
見事なベートーヴェン・ピアノソナタ全集に出会い、興奮! ポール・ルイス
2015-04-01 | 芸術
まず、16番から聴き始めたのですが、一瞬にして引き込まれました。
流麗で、テンポ感がよく、美しい音。若々しく、みずみずしく、気持ちよい。
その後、次々と聴きましたが、1番2番3番の初期のソナタからして、一曲一曲の違いを丁寧に弾き分け、すこぶる充実した音楽で、ベートーヴェンは、最初から驚くほど内容の豊かな音楽を書いていたのだな、と認識を新たにしました。あの天才グルダの演奏が一本調子に聞こえてしまう!
後期の3曲は、抒情的な優しさを感じ、洗練された響きで淀みなく流れますが、細部まで実によく考え抜かれた演奏で、爽やかで充実感があります。軽やかに躍動するリズムが、後期の曲は難しいというイメージを完全に払拭。
どの曲も、洗練された聴きやすい表現ですが、軽薄さとは無縁。続けて聴いても飽きることがないのです。
ポリー二のような情緒の不足は微塵もなく、固い響きもありません。
ブレンデルのような教科書風の退屈さとも無縁で、流れが止まり、音楽が澱んでしまう箇所は皆無です。ブレンデルは、テンポを落とすと音楽が止まりがちですが、ルイスは、グッと腰をおろしてスローにしても音楽は動きを止めません。
荒い打音はありません。「熱情」も素晴らしい迫力で、技巧も高いですが、柔らかみをもち、キツい音にはならず、上質さを失いません。独創的かつ普遍的で感嘆するほかありません。どの曲も打鍵に余裕感があり、品位が高いのが特徴ですが、その品位は、貴族趣味やエリート臭さとは無縁で、健康な近代的市民の品位なので、誰しもが好感をもつでしょう。それに、身体の大きさ(?)からくる余裕の強音は、なんとも気持ちよい。
「悲愴」、「月光」というポピュラーな曲も実に新鮮に聞こえます。大変な名演です。最大の難曲、29番「ハンマークラヴィーア」は、これまで満足な演奏に出合いませんでしたので、おそるおそる聴きましたが、杞憂でした。力まずに豪快、カッコよくて痺れます。2楽章は軽やかで楽しく、長大な3楽章はチャーミング、終曲はとてもスケールが大きい。
これは、一押しの全集です。
古い名演、バックハウスは動きが鈍く面白味が少ないですし、ケンプは抒情性の豊かなところは共通ですが、感覚の洗練や知的な解釈、それに技巧で劣ります。グルダの見事な演奏も全曲が色が同じで飽きがきます。アシュケナージは音楽職人で面白みがありませんし、ポリーニはイタリアの大理石でベートーヴェンの豊かな感情世界とは無縁です。最近ではシフの演奏は優れていますが、頭でつくられた感じが残り、うまく乗れません。バレンボイムのは外側からつくられた音楽で興ざめですが、対してルイスは、内側からの音楽で、感じ切っています。誠実・真心に満ち、自己顕示がなく、落ち着きがあります。
偉大なベートーヴェン、音楽の帝王という過去の像ではなく、豊かな人間ベートーヴェン、若々しく健康で美しい新しいベートーヴェンです。今まで聞いたことのない独創の塊なのですが、とても自然なので、違和感がまったくありません。知情意と想像力の四つのすべてに満足ですし、スケールの大きな打音には生理的快感があります。音楽の意味と構造を俯瞰的に捉え、三次元的な広がりと大きさをもち、音は凛として立ちますが、これは超一流の証。多色多彩、パレットに色がたくさんあり、次々と変わりますーまるでホロヴィッツのようですが、ベートーヴェン演奏としては、ルイスの方により普遍性を感じます。
強靭でかつ抒情的、心優しく爽やかで、軽薄とは無縁の軽さ。音も和音も透明。何度でも繰りし聴きたくなる名演ばかり。ルイスは、誠実で内面世界が豊か、こころから感じ切っています。音楽への純粋な愛があり、コンクール主義とは無縁な稀有な存在と思えます。幼いころから芸を仕込まれた〇〇という感じがなく、自立する人間=芸術家そのものです。
まったく知らずに出会ったポール・ルイス、3週間毎日聴き続け、感動!興奮! お さ ま ら ず。