★さちゅりこん――渡邊史郎と縦塗横抹

世界が矛盾的自己同一的形成として、現在において過去と未来とが一となるという時、我々は反省的である。(西田幾多郎)

天文台のドームの中に入っただけで、気が変になるような気がする

2013-03-06 15:38:34 | 文学


 はたして五分後に月が出た。あと十分すると前方にあたって烏山の天文台の丸いドームが月光の下に白く浮かび出でた。天を摩するような無線装置のポールが四本、くっきりと目の前に聳え立っているのであった。
「おお、こりゃ天文台だ」
 と相良が低く叫んだ。私達は黙っていた。
 自動車が庁舎の前のゆるい勾配を一気に駈け上ると、根賀地が第一番に広場の砂利の上に降り立った。入口にピタリと身体をつけていたが、やがて大きな鉄扉が、地鳴りのような怪音と共に、静かに左右へ開いた。私達三人は滑るようにして内へ駈けこんだ。
「天文台のドームの中に入っただけで、気が変になるような気がする」と言った人がある。全くドームの中の鬼気人に迫る物凄じさはドームへ入ったことのある者のみが、知り能うところの実感だ。そこには恐しく背の高い半球状の天井がある。天井の壁も鼠色にぬりつぶされている。二百畳敷もあろうかと思われる円形の土間の中央には、奇怪なプリズム形をした大望遠鏡が斜に天の一角を睨んでいる。傍らのハンドルを廻すとカラカラと音がして、球形の天井が徐々に左右へ割れ、月光が魔法使いの眼光でもあるかのように鋭くさしこむ。今一つのハンドルを廻すと、囂々たる音響と共に、この大きな半球型の天井が徐々にまわり始めるのだった。

……海野十三「空中墳墓」より