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ひどく淋しい三週間でしたが、由は、持つ来た襯衣箱を風呂敷に包んで、「まだ子供でなアすぐ淋しがつて、使ひにくうござんしたらうな」と迎ひに来た由の母親と一緒に、由は船着場へ降りて行きました。
「淋しかつたんぢやろウ、由、何か食べさせようかの‥‥」
由は露店の前にしやがんで、母親とアンパンを食べました。
店先の蜜柑もあたたかい色になつて、晩秋の風が、雲といつしよにひえびえと空高く吹いてゐます。船着場では、色眼鏡をかけたおりくさんが、噴水につかふ台石を沢山の土方に運ばしてゐましたが、由には、おりくさんの姿よりも偶とひな子の姿の方が心に浮んで来て、会はずに船に乗るのが心残りでもありましたが、花火のやうな赤いひがん花を子供達が沢山手に持つて遊んでゐるのを見ると、由は牛のやうにのんびりと母親に凭れてあくびをするのでありました。
──林芙美子「小さい花」