そのかへる年、四月の夜中ばかりに火の事ありて、大納言殿の姫君と思ひかしづきし猫もやけぬ。
ギャー
「大納言殿の姫君」と呼びしかば、聞き知り顔に鳴きて歩み来などせしかば、父なりし人も「めづらかにあはれなることなり。大納言に申さむ」などありしほどに、いみじうあはれにくちをしくおぼゆ。
だいたい、その猫は姫じゃねえし。へんな急速輪廻転生みたいなことをゆうておるから、また急速に転生してしまったぞ……
ひろびろともの深き、み山のやうにはありながら、花紅葉のをりは、四方の山辺も何ならぬを見ならひたるに、たとしへなくせばき所の、庭のほどもなく、木などもなきに、いと心憂きに、向かひなる所に、梅、紅梅など咲きみだれて、風につけて、かかえ来るにつけても、住みなれしふるさとかぎりなく思ひ出でらる。
匂ひくる隣の風を身にしめてありし軒端の梅ぞこひしき
紳士は犬殺しでない。が、ポチを殺した犬殺しと此人と何だか同じように思われて、クラクラと目が眩むと、私はもう無茶苦茶になった。卒然道端の小石を拾って打着けてやろうとしたら、車は先の横町へ曲ったと見えて、もう見えなかった。
パタリと小石を手から落した。と、何だか急に悲しくなって来て耐らなくなって、往来の真中で私は到頭シクシク泣出した。
ポチの殺された当座は、私は食が細って痩せた程だった。が、其程の悲しみも子供の育つ勢には敵わない。間もなく私は又毎日学校へ通って、友達を相手にキャッキャッとふざけて元気よく遊ぶようになった……
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今日は如何したのか頭が重くて薩張り書けん。徒書でもしよう。
愛は総ての存在を一にす。
愛は味うべくして知るべからず。
愛に住すれば人生に意義あり、愛を離るれば、人生は無意義なり。
――二葉亭四迷「平凡」
この少年時代の「私」もポチが撲殺されたときには蒼白になってものを食べられないくらいだったが、すぐに回復した。「平凡」である。で、この方は、昔話をねばりづよく続けることもできない。何が「愛は総ての存在を一にす」じゃ。