ナターリヤ・ソコローワ/リンマ・カザコーワの『怪獣17p』(草鹿外吉訳)というロボットSFがあるが、まだ最初のあたりだけを読んだだけ。なかなかの出だしで、ソ連の市民の歌う唄が記されたりして叙情的である。
夜よ 銀色のたなごころにのせて
つめたい月のかけらを さしだすがいい
わたしのほしいのは 地位でも金でもない
わたしのほしいのは おまえのまつげ!
ロボットというのは、なんだか叙情的な風景のなかにいるものである。
いまもアメリカの企業の創ったロボットなどが不気味に動物の動作を真似しながら動き回っているが、背景は案外草原だったりもするわけである。我々がパソコンで鬱病になりかけているのは、草原でキーボードを打たないからだ。機械の中の機械というのはいつも堪え難い物になってしまうのである。
ソ連が革命に成功したのは、良くも悪くも、草原の中に都市(機械)があったからではなかろうか。しかし、その機械主義を国家のものとしたとき、内部にいる人間は堪え難い獣であった。