「宇宙戦艦ヤマト」などの松本零士氏が亡くなっていた。
NHKニュースで、戦争の愚かさを描き云々と言っていたので、びっくりした。このひとは戦争大好きな漫画家の筆頭であるからである。しかしだからといって、戦争の愚かさ云々という見方が全く間違っているわけではない。松本氏に限らず、戦後の文化は、戦争を活き活きと描きながらそれを反省してみるという話形で成り立っている。たぶん、もう誰か書いていると思うけど、松本零士と松本清張ってなんかかぶっている。松本清張の場合、戦争(=殺人の原因)と戦後(事件の解決)という風に話形が変形している。松本の場合は、むかしの共産党やPTAが指摘するまでもなく、大艦巨砲、戦闘機、特攻、美女とキノコが同時に大好きであるというまさにあれで、ちなみに、宮崎★は美女が幼女にキノコがトト×などにかわっただけだ。それが最近、宮崎や松本の弟子筋が、戦争のシーンはぼくの妄想でしたお父さんお母さんごめんなさい大人になります(エバンゲリオン)という話に変形させ、真の平和主義に移行した(棒読み)。
そういえば、「はだしのゲン」のなかの、母親の病気のために鯉を盗んできて喰った話について、「時代背景を説明するのが大変で原爆の悲惨さを伝えられない」という声が教育現場から上がってきたので、教材から削除したみたいなニュースがあった。どこまで無能な教師なんだとあきれ果てるが、――そもそも「はだしのゲン」は、原爆の悲惨さを描いた漫画ではなく、日本人の悲惨さを描いた作品である。中沢啓治だけが、戦争を上の話形に従わず、戦争をやっている日本人、やった後の日本人を描こうとしたのであった。
それにしても、鯉を盗む話はともかく、ゲンたちは蝗を食っており、――すなわち、「はだしのゲン」をこのタイミングで話題にしてその明るく描かれている昆虫食に人々を誘導しようとは、SDGs真理教の連中も手が込んできたな。
長野県における昆虫食の研究ってあるのか知らないけれども、戦時中全国で行われていた昆虫食とおなじなのか違うのか。。。わたくしの実家では70年代木曽町の都会wなので出てこなかったが、松本の母の実家ではまだいろんな蝗虫を食べていた。あれは戦時下の延長だったのか。。祖母もモンペはいてたし。