■『EXPO'87』 眉村卓/著(角川文庫)(1)
眉村卓/著 カバー/木村光佑(昭和年53年初版)
※「作家別」カテゴリーに追加しました。
[カバー裏のあらすじ]
人類文明の祭典“万国博”が三年後に予定され、各社が新製品の出品をめぐり、激烈な競争をしていた。
大阪レジャー産業にも“夢を作る装置”に財閥系企業から不当な圧迫が加わった。
が、剛腹な専務は、統合プロダクションを使って反撃を開始した…。
しかし謀略合戦は、企業間だけにはとどまらない。
男性優位の文明を一気に覆えそうと、万博反対を叫ぶ女性の党の画策。
マスコミ操作で自己満足に生きる“ビッグ・タレント”。
そして産業コントロールのために育成された能力人間“産業将校”の思惑…。
社会は今、巨大な渦となって動きはじめた…。
産業文明を鋭く抉り、人類のあり方を考察する問題の近未来社会SF!
***
これは果してSFだろうか?
昭和年53年(1978)に書かれて、たった10年先のことを書いているが
東京オリンピックを控えて、大金を使って無理やり盛り上げ、
「経済大国日本」を再び世界にしらしめようとしている現代の姿にあまりにリンクする
かつて「大阪万博」で異例の抜擢をされて「太陽の塔」を造った岡本太郎さんが
高度経済成長のその先の空しさを見越していたのを思い出す
ヒトはそれほど進歩しないものか 歴史はそれほど繰り返すものか
4部に分けて、それぞれが1年分の動きを描く構成もドキドキさせる
第一部では、一筋縄ではいかない登場人物が各章で次々と出てくる
業績が下降し、社運を賭けている企業、
膨れ上がったマスコミを象徴するタレント、
フェミニズムを掲げた党、
日本を牛耳る大財閥などなど
政府は大企業の傀儡と化していること、さまざまな技術革新まで
今作でも眉村さんは、未来を見てきたかのように描いているが
それらは、もっと以前から科学者、哲学者、文化人らが示唆していた総合なのかもしれないと思った
これほどの大作が、これまで映像化されなかったのがフシギ
社会派人間ドラマとして超大作となる様子が目に浮かぶようだ
それこそビッグタレントを豪華に大勢起用して
まさにそんな産業社会を皮肉った大作なのだから
▼あらすじ(ネタバレ注意
<主な登場人物>
【大阪レジャー産業】
熊岡社長
豪田忍 専務 社長の義弟
土屋庄二 総務部長
沖康介 開発技師長
浅川 経理部長
大川律子、広野鉄夫 産業将校 経営顧問
【シン・プラニング・センター】
山科信也 チーフ
北島未知 部下
福井宏之 部下
【産業士官学校】
運営委員会
産業将校
三津田昇助 三津田商事会社社長
室井精造 水耕農業推薦
【家庭党】
党首
最高幹部会
恵利良子
山科紀美子 山科信也・妻 万博監視員
【ビッグ・タレント】
朝倉遼一
筆頭マネージャー
紀の川信雄 朝倉のライバル
東小路忠春 新進
【丸の内重工業】
五十嵐貞衛 万国博協会長
古橋荘一郎 総合計画室長
植田香子 万国博事務局長
日本興業機械 丸の内系列
【第一部 ’84】
記者が、郊外にある異様に敷地の広い場所で、何かの起工式らしき風景を見て不審に思うが
誰に聞いても口を閉ざしていることに対して、批判する記事を載せる
“各企業は小手先の防衛柵を考えるより、もっと根本的な体質改善にかかるべきであろう。”
1 シンクロ・ニュース
“'84.10.22 東海道万国博協会は、出店調整会議を開いた”という記事
2 大阪レジャー産業
ほぼ1週間眠らずに仕事を片付け、新幹線に乗った豪田忍は、映話で社長が倒れたと聞く
「内山下プレイランド」
開発工場の試作品の反響を見るために一般開放している巨大施設
あらゆる照明、音などを駆使して人々の高揚感を煽り、
巨大スリリングマシンでは、客を殺さんばかりのレジャーが流行っている
沖:
アメリカの一部の州で施行されている「自殺契約特認法」がまだ成立しないので、遊園地の延長にすぎませんよ
何千回に1回かは頭蓋骨を叩き潰すなら作り甲斐もありますが
今の政府を握っている大企業が、うちのような財閥外単独企業にそんな法案を出すわけがない
どんなに危険でも、正常に作動する限り、与えられるものを使うだけ 家畜の反応と変わりゃしません
レジャーマシンは、やはり高性能でコンパクトでないと
「メイン・ハウス」
ここには高精度で、耐久力があり、量産でき、故障が少ないため、マニアが多い
1Fは完全自動化された擬似戦場などの大部屋
2Fは芸術家気分を味わうなどの小部屋
3Fはスポーツ、ギャンブル、熟眠装置もある
「関係者以外立入厳禁」
万博の出展テーマ「時間旅行・日本の歴史」の「実感装置」の試作が出来たと聞いて興奮し、早速試す豪田
立体投写スクリーンの前のイスに座り、「脳刺激テープ」を体験すると、
黒人とのボクシングの立体映画がはじまり、実際殴られた痛みで倒れた
沖:
しばらくは痛みが続くかもしれませんが、神経作用ですからすぐおさまります
実は装置はこれ1台でおしまいになりそうなんです
「超純粋金属」をフルに使うが、メーカーが出荷を断ってきた
今は引っ張りだこで、新しいルートからだと約10倍の価格になる
もう1つの問題は、ビッグ・タレントが今朝一斉に断ってきた
よそのブレーンがおさえたらしいと・・・
豪田:うちが昔のようになるかは、今度の万博ひとつで決まる やるだけやらなあかん
豪田が病院に寄ると、熊岡社長は、社内の重要ポストに産業スパイがいて
丸の内財閥系と通じていて、実感装置の件も漏れ、手を回されたという
社長:社の株を握っているのはわしとお前や しばらくはお前に任せた
3 背景
1984年秋
日本総人口の5割以上が住む東海道メガロポリスは、消費景気の只中にあった
あらゆる地区にプレイランドが乱立し、猛烈な販売競争を伴った
海外、とくにアメリカの大資本が続々と上陸
ひとつ誤れば日本産業全体がひっくり返る可能性があった
この間まで「家族的経営」「年功序列」のぬるま湯に浸かっていた会社経営者で首を吊った者が相次いだ
やがて海外企業の進出テンポが落ち、日本企業の諸系列と結びついた
あらゆる対策が必要だった 熊岡らは目標を万国博に置いた
4 プラニング・センター
【シン・プラニング・センター】
経営能力の弱い企業を見つけて、総合ブレーンを受ける仕事をしている
はじめは5、6人でスタートし、面白いように儲かったが、
2年ほど前から「資本自由化」により中途半端な規模の会社が加速度的に減り始めた
7年目になり、経営は目に見えて落ちている
次々と大企業に有能なメンバーを引き抜かれ、今はスペシャリストしか残っていない
レッテル化した学歴にこだわらず5人採用し、半年で3人が辞め、残ったのは北島未知と福井宏之
チーフの山科信也は、未知から、別居中の妻・紀美子が自殺未遂をはかったと聞いた
福井からは、大阪レジャー産業から東京支社に来るかどうか即答を求められたと言われる
未知がすぐに豪田は42歳、社長の義弟だと調べた
山科:
片っ端から呼び寄せてプランを出させて競走させるつもりだ
こんな絶好のチャンスを逃がすこともないだろう
未知:
ほとんどは軽い気持ちで出向くはずよ そこに完全なプランを整えて勝負をつけるべきだわ
山科はレジャー機器メーカーがどれほど汚いやり方をするか知っていた
うまく立ち回れば逆に相手を食い物にもできる
早速ブレーン・ストーミングを始める
それぞれがアイデアを出していく“集団連想”形式の会議
時間はないのだ
5 夜
帰り 未知に言われて、妻の見舞いに行くことにした
未知:みんな充電スタンドにかわって、そのうち都市専用車条例でも出るんじゃないかしら
福井:なし崩しにかえるのが政府やメーカーの腹じゃないか
未知:自動管制車を持てるのは企業体か、高収入の階層だけだもの
福井:分極化は時代の勢いだからな だからリース産業なんて発達するのさ
未知:パワーエリートなんているのかしら 今は組織の時代でしょ
福井:今は過渡期さ エリートのない時代なんて人間集団にはあり得ない 複線教育の時代だからな
山科
(東京はいつの夜も同じ貌“かお”だ それはいつも横顔でこちらを向いていない
東海道新幹線の脱線事故で両親を亡くした時も、紀美子ら自由業作家が没落しだした時も・・・
「紀美子さんのベターハーフですか?」と聞かれ部屋に入ると、十数人の20~50代の女性たちが睨んでいた
婦人らの胸についた赤い太陽のバッジで「家庭党」だと気づいた “原始、女性は太陽であった”に由来している
「私たちは奥さんを保護にしにきました
あなたが今のように家庭より仕事を大事にするなら、告発するつもりです
みんなががむしゃらに働かなくなれば家庭の平和は戻るのです
家事を平等に分担する条件付きで」
これほど偏執的とは思わなかった これだ!
大阪レジャー産業を射落とすにはこの線しかない
閃いた山科は見舞いも忘れていた たかが女の一人、仕事とは引き換えに出来ない
6 ビッグ・タレント
ビッグ・タレントは画一化される現代に残る最後のヒーローかもしれない
社会を動かす連中は、カリスマ性を失うと影で代行者を操って地位を守った
この仕組みは大量の印刷物、テレビの普及で飛躍的に進んだ
彼らはかつてのシーザー、ナポレオン、ヒトラーのように人々が期待するとおりに振る舞った
人々はこのからくりに気づき、みな消耗品だと隠さなくなった
短期間でも世に時めけば、普通の何十倍、何百倍も稼げたからだ
やがて人々は飽き始め、マスコミも投資が割に合わないと気づいた
幾何級数的に情報量が増加し、マスコミ同士が血で血を争う中、やはり“本物”が求められた
今、日本に10名ほどしかいないビッグ・タレントは、一流の俳優、演奏家、作家、画家、作曲家、、、
一人で備えたスーパーマンなのだ
これを可能にしたのは、日本の教育制度の形骸化だった
詰め込み教育、エスカレータ式の進学、いわゆる複線教育だ
ビッグ・タレントは幼い頃から創造的才能を認められ、
20歳を過ぎると集中的に科学機器を利用して専門知識を叩き込まれる
その勝利者の1人、朝倉遼一は、100人近いルーム員を率いていた
朝倉が起きると、筆頭マネージャーが今日の分刻みのスケジュールを出す
催眠記憶機のヘルメットをかぶり、最大効率で動くようスケジュールを組む
今朝の座談会のゲストは2人の家庭党員で、ライバルの紀の川信雄は急に仮病で休んだ
ルーム員の調べで、家庭党員と会うと具合が悪いとなると、
家庭党が反対している丸の内重工業と契約した可能性が高いという
朝倉:
(万国博は、たしかに新技術を生み出し、産業社会を高度にするだろう だが本当に人間のためか?
1964年の東京オリンピックは? 1970年の大阪万博は?
“金字塔”を経るごとに体制は強化され、人々の自由は奪われていった
たとえば自由業者、文化人はどこへ行った?
なんとか食い止めなければならないのだ 私はやってみせる
紀の川の代わりに来た新進の東小路忠春は、徹底的に整形手術をし、躁病に近い状態になるトレーニングをしている
朝倉:
私は、万国博を産業の免罪符として扱うのは過ちだと思います
出展されるものすべてに監視と規制を行わないと無意味です
明日からでも白紙に戻すキャンペーンを開始します
日本の国際的立場より、人間自身の幸福が本当と考えるからです
7 説得
山科と福井は、大阪レジャー産業に向かった
ムービングロードは傷んで時代遅れに感じた
何もかも自分のものか他人のものかにしか分けられない日本人にとって、公共物という概念は概念にすぎなかった
ムービングロードを傷めるのはモラルの低い阿呆どもと断定し、
自分が集団の一人として原因になっているかもしれないとは考えようともしない
窓のない大阪レジャー産業のビルの入り口はいくつもに分かれ、厳重なセキュリティだ
裏で熾烈な駆け引きがあることが分かる 壁には隠しテレビが仕掛けてあるのだろう
猛烈に書類を片付けるゴリラのような男・豪田を見て、山科はこれは普通の男ではないとすぐに分かった
一般に説得理論の定石は30数種類あるとされるが、この場合は2つしかない
技巧を凝らすか、大博打をやるか 後者は“浦島の亀”“マーキュリーの靴”と呼ばれる
山科は賭けのほうを選んだ
豪田の前でぶ厚い企画書を破って見せ、頭に叩き込んだ説明を始めた
山科:
大阪レジャー産業がこの万博に投入する資金は9~11億の間です
展示物はたぶん、コンパクトタイプ中心 それも最近開発中の「実感装置」でしょう
それに従って作ったのがこのプランです
歴史の再現などというケチくさいことをやらないで、
地上に存在するあらゆる快楽を片っ端から提供してなぜいけないのです?
人間の悦びで永続するものなどどこにありますか?
人間の新たな冒険と旗を掲げて、英雄になったように錯覚させるんです
この建物の全部が大劇場で、席は1000 「実感装置」を除いて予算は6億4500万円
今の人間にとって、もっとも強力な武器は科学技術にのっとった産業体制です
豪田:
やめろ ここへ来た誰もが同じやり方だ 企画書を破るのも3回も見た
そやけど、あんた、よう調べたな ほんなら、これにサインしてくれるな?
社内フリーパス券も出すつもりや
山科は、先方がこちら以上に抜け目ないことを知った
最近のうちの経営状況もつかんでいる
イニシアチブは大阪レジャー産業がとり、他のプロダクションとも同時契約して競争させ、
いいほうを採用しようという魂胆だ
それでいいではないか 相手から金で奪い返すこともできる
万国博が開かれた時、決算書がどちらにプラスになっているか楽しみにしておこう
サインして帰る際、気づかないうちにシン・プラニング・センターも坂道を転がっているのかもしれないと思った
8 家庭党
家庭党は結成されてまだ3年ほどだが、母体は10年以上さかのぼる
大阪万博後、奇妙な不景気に落ち込んだ
ある商品は値上がりを続け、別のはダンピングが続き閉鎖する工場が相次ぐアンバランスな時代だった
消費者団体は次第にヒステリックな言動になり、デモ、署名活動をおこした
労働者の生活が苛酷になり、みな身を粉にして働き辛抱できなかった
ことに、家庭を切り回す主婦の集団が体系化され、産業構造の変化に抵抗をはじめた
ここにアジテートの訓練を受けた者が加わり、昔読み捨てられたヴァージニア・ウルフ、ボーヴォワールなどが引用された
“もはや女性は、第二の性として男に従属していてはいけない それは男性にとっても幸せなのだ”という理論が登場した
組織化された連合体が人材を集めると、組織そのものの存続が大切になる
昔、大学学長だった老婦人を党会長とし、もっとも利用しているのは実はビッグ・タレントだった
互いに革新者の顔を持ちながら、今の社会に乗っているのだ
紀美子は党員に誘われ、気乗りしないまま党大会に向かっている
彼女は集団を本能的に嫌悪していた 人々の上に君臨するのも煩わしい 自分は自分でいいのだ
昔、山科と結婚した時は、女も男と同じ人間だと信じきっていたが
その愛情は、男とその附属物で作られた小世界に生きるものではなかったか
だから、私がひとり立ちしようとした時、彼は文句を言い始めた
奴隷ではない女は女じゃないとでも言うように次第に離れていった
その後、思いきり仕事をし、遊んでやったが、結局自分が男に従属する生物だと思い知らされるだけだった
それがやりきれなくて薬を飲んだだけ この人たちに判るわけがない
二十数個の建物からなる「家庭党村」はお祭り騒ぎで人々は興奮していた
建物では料理、ホームマネジメントなど様々な催しものをやっている
人垣の間をぬって時々白いエプロンに赤い太陽章をつけた実行委員が誇らしげに通る
大ホールには6000人が詰めかけ、入りきれない1万人以上がアイドホールを仰いでいる
正面のスクリーンいっぱいに戦闘、ビルや機械のもとで働きながら発狂する青年などの立体映画が流れた
“あなたは幸福ですか?
あなたは言われなかった? 女は残業ができない 出張ができない
思考が論理的でないから社会人として役に立たない
違うのです 社会が男に有利に作られ、何千年も続いただけのこと
女性が中心になれば 不必要な暴力もない 本当の文明がうまれる
みんなのしあわせのために 党の力で女性型文明をつくろう
それをつくるのがあなた わたし みんな”
白髪のまじった女党首が中央の演壇に出た
「みんな知っていますね 低俗な番組を作っているテレビ局が私たちの力で潰れようとしているのを
新婚早々の社員を長期出張させようとした社長が、株主総会で辞めさせられたのを
私たちは前進しています
東海道万博をやめさせましょう!
万国博こそ、家族を切り離す社会の象徴ではないですか?
そんなお金があるなら、もっと立派な方向に使えるはずです」
党首が去ると、ソフトなアジ演説、党歌、幹部選任・・・
紀美子はいつしか魅了され、もう少し積極的に力を貸してもいいとさえ考えはじめていた
9 十二月
丸の内重工業に向かう車には、五十嵐貞衛(万国博協会長)、
古橋荘一郎(総合計画室長)、植田香子(万国博事務局長)が乗っている
小型カラーメモでは「フラッシュメモ」を流している
要点だけを次々報道して、予備知識のない人には訳が分からない
国内のことはニュースになる前に耳に入っている 幹部に重要なのは世界情勢だ
ロンドンニュースの非難は英国政府の代弁で、英国政府も日本と同じく政府閣僚が産業界にコントロールされている
五十嵐:“擬似大国”か
植田:コンゴで核保有国は39 わが国も早めにAA諸国対策に力を入れなくては
テレビ:万国博反対キャンペーンにビッグ・タレント4名が参加
植田:そろそろ騒ぎを消したほうがよろしいですわね
五十嵐:目立たぬようにな
つい最近まで眠っていた安城市の600万km2の土地は急変しはじめた
中央にタワーが建ち、円環状の土地は「サークランド」と呼ばれる遊戯施設となる
日本企業の敷地は分割され、狭く小さいが、これが狙いだ
本来の目的は、国内外に日本産業の健在を証明すること
五十嵐:(“最終武器”は効果を出すまで伏せねばならない)あれは来年2月に仕上がるんだったな
古橋:実用テストはまだですが
五十嵐:
使い物になるか日本の中小企業にやらせてみたらどうかね
我々の系列下に入れるか、潰させるか うん、あの大阪のレジャー機械屋がいい
その顔に期待に似た色が浮かんだ
(今ごろ気づいたけれども、『産業士官候補生』とか、「パイオニアサービスの無任所要員」(専門家の派遣会社)など
他の作品に出てきた要素ともつながっている壮大な構成になっているのか/驚
眉村さんの頭の中は、この現実世界によく似たパラレルワールドがもう1つあるようだ
【第二部 ’85】
1 産業将校
三津田昇助 21歳 各財閥から送り込まれた産業将校第一期候補生の最上級生
日本産業の「最終武器」として秘密裏に育成された産業用人間の一人
東北の貧農の次男として生まれ、この7年間、おそるべき競争を勝ち抜いてきた
彼の頭の中には今日1日の行動はすべて入っている
昨日までの知識を消去して、デジタルに新たな18件を入れる
丸の内連絡所(彼を送り込んだ丸の内財閥と候補生との連絡場所)から呼び出され「基本モラル室」に向かった
神経作用増進剤を注射され、これまで何度も聞いた高速講義をもう一度確認する
“「エグゼクチビズム」とは「エグゼクチブ」から導出された用語で、
偽政者感覚優先原理、組織力学、行動科学に基づく支配原理をいう
これなくして現代組織体を動かすことは不可能である
ソ連の革命家、ナチスの指導者はいずれもこの感覚を所有しているグループで支えられた・・・”
古橋:私と話したことは忘れてほしい
昇助はただちに記憶から消去し、ただの顔となった
古橋:
君は通常の卒業資格テストのかわりに任務を与える
大阪レジャー産業を、丸の内系の日本興業機械に吸収させるか、倒産させること 期限は6ヶ月以内
昇助:
2つの訂正があります 1つは倒産以外に方法がないこと
理由は、組織体としては、大阪レジャー産業は、日本興業機械よりはるかに優秀だからです
もう1つは、6ヶ月以内では影響係数4以内の外的変化がなければあり得ません
私の計算では500日は必要です
会社を1つ作ってもらいます 資金はほぼ4億
産業将校は企業スパイでも、パイオニアサービスの無任所要員でもなく、組織を動かすエキスパートです
古橋は、機嫌を損ねつつ、青年の才能に目を見張った
2 春
3月になると、都会の花が一斉に咲くが、それは各企業の広告が入った大量の人工花だ
やがてアスファルトの掃き溜めとなる
政府、企業努力にも関わらず、人々の万国博への関心は盛り上がらない
もっと現実的な生活問題が先決なのだ
反対運動は、そこを巧みに捉えた
運動の資金の大半を負担しているのは家庭党で、海外諸国への出展中止呼びかけさえ始めた
その結果、万国博に無関心だった人々の興味を呼び起こした
企業は全力で準備していた 開催まであと2年たらずしかない あとは建設の段階だ
なんとかして日本産業の健在を示さなければならない各企業は、
それぞれ反対運動をしずめにかかり、圧力をかけた
十何度目かの出展者会議で、中之島商事社長は「万国博監視制度」案を提出した
おもてむきは万国博の監視・規制だが、真意は万博は国民のためで、産業の独占ではない印象を与えること
大々的に宣伝すれば、国民の目をそらし、関心を集めることが出来る
この異例の奇妙な制度が発表されると、たちまち内外からすさまじい反応が起きた
国内では、ビッグ・タレントが制度のからくりを暴き、世界的陰謀だと激しく攻撃したが
家庭党は奇妙な沈黙を守っていた
万国博に関して、事実とデマが混ざったあらゆる噂が乱れ飛んだ
アメリカ企業は物質複製機を完成し、量産を始めた説まで出る始末だ(もう3Dコピー機は出来たけどね
そうした中、本来の状態を知っているのは日本財閥のトップクラスだけだった
3 転向
山科紀美子は今や家庭党出版局で働いている
あの党大会で、入党し、すぐ仕事の依頼がきた
『現実の記録』というペーパーバックシリーズの手伝いだ
今まで知らなかった底辺の世界にショックを受けた
旧来の出版社は変質し、以前のようなフリーライターでは食っていけないため
専門職としてこの仕事に入り、次第に本気になるにつれ、
『現実の記録』の反響は大きくなり、現代の産業優先主義を告発する材料になった
山科紀美子と連れの画家は、粗末な長屋の1つに入った
妻、長男を交通事故で一度に亡くした丸目という男の取材に来た
丸目:
こう見えて私は国立大学を出て、昔はちゃんとしたサラリーマンでした
最初は一流会社を狙いましたが、当時は無責任な連中がマスコミを横行していて
大企業で個性を失うより、将来性のある小会社を選べと言うんです
私は何も知らない青年の一人だった
結婚して初めて気づいた マイホームを維持するのがどれほど大変かなどにね
その時はもう遅く、会社は簡単に潰れた
貧乏人であるほどステイタスシンボルが必要なんです
子どもに劣等感を持たせないためにも、次から次に買い続けねばならない
古くなったら、また新しいのを買う
やがてどうにもならなくなり、妻はとうとう会員制のクラブに入り、1週間情事というやつを始めた
あげくに誰のか分からない子を産んだ しかし外見的には幸せなマイホームでした
あんなもの事故じゃない殺人だ
怠けグセのせいでクビになった少年が盗難車でぶつかり、少年も死んだが身寄りもなく金もとれませんでした
あともう1件ほど回りたかったが、最高幹部会から緊急に来るよう指示が来た
家庭党村に着くと、純粋学生連合の学生が、家庭党が裏切ったと大騒ぎしている
「監視員受諾通告をただちに撤回せよ!」
党本部の入り口は、乙女行動隊が固めていた
中はマスコミが入り乱れ、紀美子は最上階へのエレベーターに乗る
初めて足を踏み入れるそのフロアーは、家庭党の神経中枢にあたり、秘密の打ち合わせはすべてここの会議室で行われる
出版局長に呼ばれ、声紋と錠で部屋に入ると、党首ほか、最高幹部ばかりが座っている中に
幹部とは想像できない若い男女が4、5人いる
中でも驚いたのは、20歳過ぎのテレビなどに出ている美貌の持ち主・恵利良子がいたことだ
紀美子と同じ頃に入党した新人
党首:
あなたは今の仕事をやめて、万博監視員になります
それとともに、非公式ですが最高幹部会のメンバーになっていただきます
紀美子:イヤです! 私は社会に埋もれた人々のことを世の中に訴え続けてきました
副党首:万国博は、私たちにコントロールできるものになったのよ
正面の地図には何百という家庭党の拠点を示すランプがあり、赤から緑色にかわっていく
幹部:
この緑色は、私たちの決定の支持を示しています もう時間の問題よ
これ以上反対運動を続けるのは、党自体の存亡にかかわる
紀美子が再び反論しようとした時、突然、短い、意味の分からぬ単語を発した音があり
最高幹部らは放心した目になり、思考停止状態になった
恵利良子:
ここの人たちは、もう私のもの 私のキーワードで眠ってしまうし、私の暗示通りに動くわ
私はあなたが欲しいの 私は催眠術も、科学技術も知っているけど、あなたのような表現の才能がない
だから協力してもらうの
紀美子は、その外せない視線にいつか快感さえ覚えていた
4 夏
土屋:いくらなんでも、こんなに一時に大量の幹部を格下げしたら無茶やおませんか?
豪田:
ゆっくりしてるうちにうちは潰れてしまうわ
能無しは即時格下げ、それで文句言う奴は、自由契約社員にして、能力査定を受けさせ、
自分の力を知れば泣きつくやろし、よそへ引っ張られれば助かるわい
社長はただの胃潰瘍ではなく、がんの全身転移と分かった
豪田は、ようやく人件費を落とし、人任せに出来ない性格から、あらゆる仕事を一人で片付けていた
沖:
実感装置は順調です 前に見たものより粗末な感じだが、材料が材料なもんで
低価格プラスチックは紫外線ではじかれますが、屋内で使うならこれでいいでしょう
あとは安い超純粋金属さえ手に入れば 問題は脳刺激テープの内容です
豪田:
それはシン・プラニング・センターなどにやらせてる
広報堂も調査結果を持ってくるはずや
沖:あすこは丸の内系列の日本興業機械のために製作していると聞きました
沖があまり財閥系の動きに詳しいのは、まさか社長の言っていた重要ポストにスパイがいるというのは・・・と豪田は疑惑をもつ
東京支社に入ると、支社長が映話でモメている
玄関で粘っている奴に帰せと怒鳴る支社長に聞くと、
支社長:
超純粋金属を安く納入できるという売り込みです
どこの系列にも入っていない20名足らずの三津田商事会社
社長は若く、中学卒 1月に設立して6月で月商4億円・・・
豪田:あほんだら! そいつを呼ぶんや!
三津田昇助:
こちらでお使いになるのは「実感装置」でしょう?
それに必要な超純粋金属を計算してみました 現物は地下駐車場にあります
トラックには超純粋金属がぎっしり詰まっていた
三津田:財閥系のほぼ5倍の6億1000万円 翌月起算の7ヶ月手形 これ以上は一歩も譲歩できません
7ヵ月後の来年3月は、資金計画からみてもっとも苦しい時期だ
6億となれば、不渡りになる可能性があるが、ここに安い超純粋金属があるのは事実だ
豪田:よし、買うた!
5 会場
山科らは列車に乗り、建設会社と打ち合わせし、夕方までには東京へ戻らねばならない
仕事量は増える一方で、利益はほとんど出ないが、ほかに仕事を奪われるのはなんとしても避けたい
今は大阪レジャー産業の仕事をやっていることで、財閥系の注文は目に見えて減った
列車を降りると、家庭党の反省促進員がまた追ってきた
告発されて以来、仕事の最中でもお構いなしだ
反省して良き夫になると誓い、入党するまでやめないつもりらしい
工事はいよいよ突貫の段階に入った
建設会社社員:以前の大阪万博は失敗ですよ まじめムードで意識は高いが、入場者数は伸びなかった
山科:
その3年前のカナダ・モントリオール博のせいじゃないか
その前にショーを中心にしたNY博が予想外の不振で、
真面目にやったモントリオール博が予想外の入場者数だったから
だが、見世物ずれしている日本人をいっしょに考えるのは誤算だ
会場に入ると、総工費邦貨で200億円といわれるGEの建物が見える
プレノイド回路のロボットショーを行う予定らしい
デュポン展示館では、真正立体映画、アメリカのレジャー機器メーカー合同館では
一度入れば、出るまでに心身リフレッシュする最新装置を用意しているという
日本の小型展示館は極めて精巧に設計されている
現場に着くと、工事をストップして、万博監視員の調査が入っていた
山科は紀美子に気づいたが、様子がおかしい
前はもっと感情的な女だったが、あれは紀美子ではない
福井:
僕、やっぱり辞めることにします
大阪レジャー産業に入らないかと豪田専務に誘われていたんです でも今月いっぱいは働きますよw
影
朝倉ルームの会議室にビッグ・タレント5名が集まった
「財閥系列企業を中心に着々と万国博の建設が進んでいる
何かが日本全体を動かそうとしているんだ」
朝倉:我々は続けねばならぬ
7 監視員総会
「万国博監視総会」に出席するために山科は豪田に呼ばれた
質問は「脳刺激テープの内容」について
最近は豪田の部下のようになって働かされている山科は疲れきっている
人々が万国博に好意的になってきた理由の1つは監視員のせいだ
月に1度、総会で検討し、質問に納得できないと形ばかりの手直しを要求される
これは茶番劇だった
大衆は、また他人のプライバシーを覗く楽しみを求めて「監視員」を選び、マスコミもそれに乗じた
元々どこかの団体から推薦されている監視員らは馬のように互いに競走しはじめ、万博を利用して有名になろうとした
「万国博監視制度」の狙いは図に当たったのだ
人々の関心を本質から別にそらし、万博に関心をかきたてること
大阪レジャー産業は、山科が失敗すれば、全責任を負わせて、別の方法を用意していることだろう
ここで失敗すれば、「説得技術専門家」としての職業生命を絶たれることになる
これは陰謀ではないかという疑念が山科にわきあがってきた
傍聴席には、蛇の目をした人々がいる
日本教育者連合推薦・高田から「脳刺激テープの内容」についての質問がされた
山科:
現実に体験し得ない夢や空想を体験していただくための設備です
広い意味での娯楽 エンターテインメントです
高田:それは現実からの逃避だ 許すわけにはいかん
山科:人間の娯楽は日ごとに変わります マイナスばかり見ていては時代に遅れてしまいます
水耕農業推薦・室井精造:
そのためには人にヘルメットをかぶせないといけない
まだ今の技術では無理で、発狂する可能性があります
受感者に精神不安定化剤を大量に服用させねばならないでしょう
家庭党推薦・恵利良子が、同様につっこんだ専門的知識を駆使して鮮やかに反論してみせると
突然、室井は笑って引き下がった
場内はわけが分からぬまま疑念は消し去られ、実感装置への期待が高まった
山科は、自分の完全な敗北感を感じていた 彼らの知識のほうがはるかに高いのだ
それは豪田に従属して生きるほかないことを意味した
8 拠点
家庭党の最高幹部会では、党首らは深い眠りの中、3名の女が話し合っている
「組織内での海外商品駆逐はきわめて順調」
「産業将校間の衝突でロスが多すぎるわ」
※メモは(2)につづく
眉村卓/著 カバー/木村光佑(昭和年53年初版)
※「作家別」カテゴリーに追加しました。
[カバー裏のあらすじ]
人類文明の祭典“万国博”が三年後に予定され、各社が新製品の出品をめぐり、激烈な競争をしていた。
大阪レジャー産業にも“夢を作る装置”に財閥系企業から不当な圧迫が加わった。
が、剛腹な専務は、統合プロダクションを使って反撃を開始した…。
しかし謀略合戦は、企業間だけにはとどまらない。
男性優位の文明を一気に覆えそうと、万博反対を叫ぶ女性の党の画策。
マスコミ操作で自己満足に生きる“ビッグ・タレント”。
そして産業コントロールのために育成された能力人間“産業将校”の思惑…。
社会は今、巨大な渦となって動きはじめた…。
産業文明を鋭く抉り、人類のあり方を考察する問題の近未来社会SF!
***
これは果してSFだろうか?
昭和年53年(1978)に書かれて、たった10年先のことを書いているが
東京オリンピックを控えて、大金を使って無理やり盛り上げ、
「経済大国日本」を再び世界にしらしめようとしている現代の姿にあまりにリンクする
かつて「大阪万博」で異例の抜擢をされて「太陽の塔」を造った岡本太郎さんが
高度経済成長のその先の空しさを見越していたのを思い出す
ヒトはそれほど進歩しないものか 歴史はそれほど繰り返すものか
4部に分けて、それぞれが1年分の動きを描く構成もドキドキさせる
第一部では、一筋縄ではいかない登場人物が各章で次々と出てくる
業績が下降し、社運を賭けている企業、
膨れ上がったマスコミを象徴するタレント、
フェミニズムを掲げた党、
日本を牛耳る大財閥などなど
政府は大企業の傀儡と化していること、さまざまな技術革新まで
今作でも眉村さんは、未来を見てきたかのように描いているが
それらは、もっと以前から科学者、哲学者、文化人らが示唆していた総合なのかもしれないと思った
これほどの大作が、これまで映像化されなかったのがフシギ
社会派人間ドラマとして超大作となる様子が目に浮かぶようだ
それこそビッグタレントを豪華に大勢起用して
まさにそんな産業社会を皮肉った大作なのだから
▼あらすじ(ネタバレ注意
<主な登場人物>
【大阪レジャー産業】
熊岡社長
豪田忍 専務 社長の義弟
土屋庄二 総務部長
沖康介 開発技師長
浅川 経理部長
大川律子、広野鉄夫 産業将校 経営顧問
【シン・プラニング・センター】
山科信也 チーフ
北島未知 部下
福井宏之 部下
【産業士官学校】
運営委員会
産業将校
三津田昇助 三津田商事会社社長
室井精造 水耕農業推薦
【家庭党】
党首
最高幹部会
恵利良子
山科紀美子 山科信也・妻 万博監視員
【ビッグ・タレント】
朝倉遼一
筆頭マネージャー
紀の川信雄 朝倉のライバル
東小路忠春 新進
【丸の内重工業】
五十嵐貞衛 万国博協会長
古橋荘一郎 総合計画室長
植田香子 万国博事務局長
日本興業機械 丸の内系列
【第一部 ’84】
記者が、郊外にある異様に敷地の広い場所で、何かの起工式らしき風景を見て不審に思うが
誰に聞いても口を閉ざしていることに対して、批判する記事を載せる
“各企業は小手先の防衛柵を考えるより、もっと根本的な体質改善にかかるべきであろう。”
1 シンクロ・ニュース
“'84.10.22 東海道万国博協会は、出店調整会議を開いた”という記事
2 大阪レジャー産業
ほぼ1週間眠らずに仕事を片付け、新幹線に乗った豪田忍は、映話で社長が倒れたと聞く
「内山下プレイランド」
開発工場の試作品の反響を見るために一般開放している巨大施設
あらゆる照明、音などを駆使して人々の高揚感を煽り、
巨大スリリングマシンでは、客を殺さんばかりのレジャーが流行っている
沖:
アメリカの一部の州で施行されている「自殺契約特認法」がまだ成立しないので、遊園地の延長にすぎませんよ
何千回に1回かは頭蓋骨を叩き潰すなら作り甲斐もありますが
今の政府を握っている大企業が、うちのような財閥外単独企業にそんな法案を出すわけがない
どんなに危険でも、正常に作動する限り、与えられるものを使うだけ 家畜の反応と変わりゃしません
レジャーマシンは、やはり高性能でコンパクトでないと
「メイン・ハウス」
ここには高精度で、耐久力があり、量産でき、故障が少ないため、マニアが多い
1Fは完全自動化された擬似戦場などの大部屋
2Fは芸術家気分を味わうなどの小部屋
3Fはスポーツ、ギャンブル、熟眠装置もある
「関係者以外立入厳禁」
万博の出展テーマ「時間旅行・日本の歴史」の「実感装置」の試作が出来たと聞いて興奮し、早速試す豪田
立体投写スクリーンの前のイスに座り、「脳刺激テープ」を体験すると、
黒人とのボクシングの立体映画がはじまり、実際殴られた痛みで倒れた
沖:
しばらくは痛みが続くかもしれませんが、神経作用ですからすぐおさまります
実は装置はこれ1台でおしまいになりそうなんです
「超純粋金属」をフルに使うが、メーカーが出荷を断ってきた
今は引っ張りだこで、新しいルートからだと約10倍の価格になる
もう1つの問題は、ビッグ・タレントが今朝一斉に断ってきた
よそのブレーンがおさえたらしいと・・・
豪田:うちが昔のようになるかは、今度の万博ひとつで決まる やるだけやらなあかん
豪田が病院に寄ると、熊岡社長は、社内の重要ポストに産業スパイがいて
丸の内財閥系と通じていて、実感装置の件も漏れ、手を回されたという
社長:社の株を握っているのはわしとお前や しばらくはお前に任せた
3 背景
1984年秋
日本総人口の5割以上が住む東海道メガロポリスは、消費景気の只中にあった
あらゆる地区にプレイランドが乱立し、猛烈な販売競争を伴った
海外、とくにアメリカの大資本が続々と上陸
ひとつ誤れば日本産業全体がひっくり返る可能性があった
この間まで「家族的経営」「年功序列」のぬるま湯に浸かっていた会社経営者で首を吊った者が相次いだ
やがて海外企業の進出テンポが落ち、日本企業の諸系列と結びついた
あらゆる対策が必要だった 熊岡らは目標を万国博に置いた
4 プラニング・センター
【シン・プラニング・センター】
経営能力の弱い企業を見つけて、総合ブレーンを受ける仕事をしている
はじめは5、6人でスタートし、面白いように儲かったが、
2年ほど前から「資本自由化」により中途半端な規模の会社が加速度的に減り始めた
7年目になり、経営は目に見えて落ちている
次々と大企業に有能なメンバーを引き抜かれ、今はスペシャリストしか残っていない
レッテル化した学歴にこだわらず5人採用し、半年で3人が辞め、残ったのは北島未知と福井宏之
チーフの山科信也は、未知から、別居中の妻・紀美子が自殺未遂をはかったと聞いた
福井からは、大阪レジャー産業から東京支社に来るかどうか即答を求められたと言われる
未知がすぐに豪田は42歳、社長の義弟だと調べた
山科:
片っ端から呼び寄せてプランを出させて競走させるつもりだ
こんな絶好のチャンスを逃がすこともないだろう
未知:
ほとんどは軽い気持ちで出向くはずよ そこに完全なプランを整えて勝負をつけるべきだわ
山科はレジャー機器メーカーがどれほど汚いやり方をするか知っていた
うまく立ち回れば逆に相手を食い物にもできる
早速ブレーン・ストーミングを始める
それぞれがアイデアを出していく“集団連想”形式の会議
時間はないのだ
5 夜
帰り 未知に言われて、妻の見舞いに行くことにした
未知:みんな充電スタンドにかわって、そのうち都市専用車条例でも出るんじゃないかしら
福井:なし崩しにかえるのが政府やメーカーの腹じゃないか
未知:自動管制車を持てるのは企業体か、高収入の階層だけだもの
福井:分極化は時代の勢いだからな だからリース産業なんて発達するのさ
未知:パワーエリートなんているのかしら 今は組織の時代でしょ
福井:今は過渡期さ エリートのない時代なんて人間集団にはあり得ない 複線教育の時代だからな
山科
(東京はいつの夜も同じ貌“かお”だ それはいつも横顔でこちらを向いていない
東海道新幹線の脱線事故で両親を亡くした時も、紀美子ら自由業作家が没落しだした時も・・・
「紀美子さんのベターハーフですか?」と聞かれ部屋に入ると、十数人の20~50代の女性たちが睨んでいた
婦人らの胸についた赤い太陽のバッジで「家庭党」だと気づいた “原始、女性は太陽であった”に由来している
「私たちは奥さんを保護にしにきました
あなたが今のように家庭より仕事を大事にするなら、告発するつもりです
みんなががむしゃらに働かなくなれば家庭の平和は戻るのです
家事を平等に分担する条件付きで」
これほど偏執的とは思わなかった これだ!
大阪レジャー産業を射落とすにはこの線しかない
閃いた山科は見舞いも忘れていた たかが女の一人、仕事とは引き換えに出来ない
6 ビッグ・タレント
ビッグ・タレントは画一化される現代に残る最後のヒーローかもしれない
社会を動かす連中は、カリスマ性を失うと影で代行者を操って地位を守った
この仕組みは大量の印刷物、テレビの普及で飛躍的に進んだ
彼らはかつてのシーザー、ナポレオン、ヒトラーのように人々が期待するとおりに振る舞った
人々はこのからくりに気づき、みな消耗品だと隠さなくなった
短期間でも世に時めけば、普通の何十倍、何百倍も稼げたからだ
やがて人々は飽き始め、マスコミも投資が割に合わないと気づいた
幾何級数的に情報量が増加し、マスコミ同士が血で血を争う中、やはり“本物”が求められた
今、日本に10名ほどしかいないビッグ・タレントは、一流の俳優、演奏家、作家、画家、作曲家、、、
一人で備えたスーパーマンなのだ
これを可能にしたのは、日本の教育制度の形骸化だった
詰め込み教育、エスカレータ式の進学、いわゆる複線教育だ
ビッグ・タレントは幼い頃から創造的才能を認められ、
20歳を過ぎると集中的に科学機器を利用して専門知識を叩き込まれる
その勝利者の1人、朝倉遼一は、100人近いルーム員を率いていた
朝倉が起きると、筆頭マネージャーが今日の分刻みのスケジュールを出す
催眠記憶機のヘルメットをかぶり、最大効率で動くようスケジュールを組む
今朝の座談会のゲストは2人の家庭党員で、ライバルの紀の川信雄は急に仮病で休んだ
ルーム員の調べで、家庭党員と会うと具合が悪いとなると、
家庭党が反対している丸の内重工業と契約した可能性が高いという
朝倉:
(万国博は、たしかに新技術を生み出し、産業社会を高度にするだろう だが本当に人間のためか?
1964年の東京オリンピックは? 1970年の大阪万博は?
“金字塔”を経るごとに体制は強化され、人々の自由は奪われていった
たとえば自由業者、文化人はどこへ行った?
なんとか食い止めなければならないのだ 私はやってみせる
紀の川の代わりに来た新進の東小路忠春は、徹底的に整形手術をし、躁病に近い状態になるトレーニングをしている
朝倉:
私は、万国博を産業の免罪符として扱うのは過ちだと思います
出展されるものすべてに監視と規制を行わないと無意味です
明日からでも白紙に戻すキャンペーンを開始します
日本の国際的立場より、人間自身の幸福が本当と考えるからです
7 説得
山科と福井は、大阪レジャー産業に向かった
ムービングロードは傷んで時代遅れに感じた
何もかも自分のものか他人のものかにしか分けられない日本人にとって、公共物という概念は概念にすぎなかった
ムービングロードを傷めるのはモラルの低い阿呆どもと断定し、
自分が集団の一人として原因になっているかもしれないとは考えようともしない
窓のない大阪レジャー産業のビルの入り口はいくつもに分かれ、厳重なセキュリティだ
裏で熾烈な駆け引きがあることが分かる 壁には隠しテレビが仕掛けてあるのだろう
猛烈に書類を片付けるゴリラのような男・豪田を見て、山科はこれは普通の男ではないとすぐに分かった
一般に説得理論の定石は30数種類あるとされるが、この場合は2つしかない
技巧を凝らすか、大博打をやるか 後者は“浦島の亀”“マーキュリーの靴”と呼ばれる
山科は賭けのほうを選んだ
豪田の前でぶ厚い企画書を破って見せ、頭に叩き込んだ説明を始めた
山科:
大阪レジャー産業がこの万博に投入する資金は9~11億の間です
展示物はたぶん、コンパクトタイプ中心 それも最近開発中の「実感装置」でしょう
それに従って作ったのがこのプランです
歴史の再現などというケチくさいことをやらないで、
地上に存在するあらゆる快楽を片っ端から提供してなぜいけないのです?
人間の悦びで永続するものなどどこにありますか?
人間の新たな冒険と旗を掲げて、英雄になったように錯覚させるんです
この建物の全部が大劇場で、席は1000 「実感装置」を除いて予算は6億4500万円
今の人間にとって、もっとも強力な武器は科学技術にのっとった産業体制です
豪田:
やめろ ここへ来た誰もが同じやり方だ 企画書を破るのも3回も見た
そやけど、あんた、よう調べたな ほんなら、これにサインしてくれるな?
社内フリーパス券も出すつもりや
山科は、先方がこちら以上に抜け目ないことを知った
最近のうちの経営状況もつかんでいる
イニシアチブは大阪レジャー産業がとり、他のプロダクションとも同時契約して競争させ、
いいほうを採用しようという魂胆だ
それでいいではないか 相手から金で奪い返すこともできる
万国博が開かれた時、決算書がどちらにプラスになっているか楽しみにしておこう
サインして帰る際、気づかないうちにシン・プラニング・センターも坂道を転がっているのかもしれないと思った
8 家庭党
家庭党は結成されてまだ3年ほどだが、母体は10年以上さかのぼる
大阪万博後、奇妙な不景気に落ち込んだ
ある商品は値上がりを続け、別のはダンピングが続き閉鎖する工場が相次ぐアンバランスな時代だった
消費者団体は次第にヒステリックな言動になり、デモ、署名活動をおこした
労働者の生活が苛酷になり、みな身を粉にして働き辛抱できなかった
ことに、家庭を切り回す主婦の集団が体系化され、産業構造の変化に抵抗をはじめた
ここにアジテートの訓練を受けた者が加わり、昔読み捨てられたヴァージニア・ウルフ、ボーヴォワールなどが引用された
“もはや女性は、第二の性として男に従属していてはいけない それは男性にとっても幸せなのだ”という理論が登場した
組織化された連合体が人材を集めると、組織そのものの存続が大切になる
昔、大学学長だった老婦人を党会長とし、もっとも利用しているのは実はビッグ・タレントだった
互いに革新者の顔を持ちながら、今の社会に乗っているのだ
紀美子は党員に誘われ、気乗りしないまま党大会に向かっている
彼女は集団を本能的に嫌悪していた 人々の上に君臨するのも煩わしい 自分は自分でいいのだ
昔、山科と結婚した時は、女も男と同じ人間だと信じきっていたが
その愛情は、男とその附属物で作られた小世界に生きるものではなかったか
だから、私がひとり立ちしようとした時、彼は文句を言い始めた
奴隷ではない女は女じゃないとでも言うように次第に離れていった
その後、思いきり仕事をし、遊んでやったが、結局自分が男に従属する生物だと思い知らされるだけだった
それがやりきれなくて薬を飲んだだけ この人たちに判るわけがない
二十数個の建物からなる「家庭党村」はお祭り騒ぎで人々は興奮していた
建物では料理、ホームマネジメントなど様々な催しものをやっている
人垣の間をぬって時々白いエプロンに赤い太陽章をつけた実行委員が誇らしげに通る
大ホールには6000人が詰めかけ、入りきれない1万人以上がアイドホールを仰いでいる
正面のスクリーンいっぱいに戦闘、ビルや機械のもとで働きながら発狂する青年などの立体映画が流れた
“あなたは幸福ですか?
あなたは言われなかった? 女は残業ができない 出張ができない
思考が論理的でないから社会人として役に立たない
違うのです 社会が男に有利に作られ、何千年も続いただけのこと
女性が中心になれば 不必要な暴力もない 本当の文明がうまれる
みんなのしあわせのために 党の力で女性型文明をつくろう
それをつくるのがあなた わたし みんな”
白髪のまじった女党首が中央の演壇に出た
「みんな知っていますね 低俗な番組を作っているテレビ局が私たちの力で潰れようとしているのを
新婚早々の社員を長期出張させようとした社長が、株主総会で辞めさせられたのを
私たちは前進しています
東海道万博をやめさせましょう!
万国博こそ、家族を切り離す社会の象徴ではないですか?
そんなお金があるなら、もっと立派な方向に使えるはずです」
党首が去ると、ソフトなアジ演説、党歌、幹部選任・・・
紀美子はいつしか魅了され、もう少し積極的に力を貸してもいいとさえ考えはじめていた
9 十二月
丸の内重工業に向かう車には、五十嵐貞衛(万国博協会長)、
古橋荘一郎(総合計画室長)、植田香子(万国博事務局長)が乗っている
小型カラーメモでは「フラッシュメモ」を流している
要点だけを次々報道して、予備知識のない人には訳が分からない
国内のことはニュースになる前に耳に入っている 幹部に重要なのは世界情勢だ
ロンドンニュースの非難は英国政府の代弁で、英国政府も日本と同じく政府閣僚が産業界にコントロールされている
五十嵐:“擬似大国”か
植田:コンゴで核保有国は39 わが国も早めにAA諸国対策に力を入れなくては
テレビ:万国博反対キャンペーンにビッグ・タレント4名が参加
植田:そろそろ騒ぎを消したほうがよろしいですわね
五十嵐:目立たぬようにな
つい最近まで眠っていた安城市の600万km2の土地は急変しはじめた
中央にタワーが建ち、円環状の土地は「サークランド」と呼ばれる遊戯施設となる
日本企業の敷地は分割され、狭く小さいが、これが狙いだ
本来の目的は、国内外に日本産業の健在を証明すること
五十嵐:(“最終武器”は効果を出すまで伏せねばならない)あれは来年2月に仕上がるんだったな
古橋:実用テストはまだですが
五十嵐:
使い物になるか日本の中小企業にやらせてみたらどうかね
我々の系列下に入れるか、潰させるか うん、あの大阪のレジャー機械屋がいい
その顔に期待に似た色が浮かんだ
(今ごろ気づいたけれども、『産業士官候補生』とか、「パイオニアサービスの無任所要員」(専門家の派遣会社)など
他の作品に出てきた要素ともつながっている壮大な構成になっているのか/驚
眉村さんの頭の中は、この現実世界によく似たパラレルワールドがもう1つあるようだ
【第二部 ’85】
1 産業将校
三津田昇助 21歳 各財閥から送り込まれた産業将校第一期候補生の最上級生
日本産業の「最終武器」として秘密裏に育成された産業用人間の一人
東北の貧農の次男として生まれ、この7年間、おそるべき競争を勝ち抜いてきた
彼の頭の中には今日1日の行動はすべて入っている
昨日までの知識を消去して、デジタルに新たな18件を入れる
丸の内連絡所(彼を送り込んだ丸の内財閥と候補生との連絡場所)から呼び出され「基本モラル室」に向かった
神経作用増進剤を注射され、これまで何度も聞いた高速講義をもう一度確認する
“「エグゼクチビズム」とは「エグゼクチブ」から導出された用語で、
偽政者感覚優先原理、組織力学、行動科学に基づく支配原理をいう
これなくして現代組織体を動かすことは不可能である
ソ連の革命家、ナチスの指導者はいずれもこの感覚を所有しているグループで支えられた・・・”
古橋:私と話したことは忘れてほしい
昇助はただちに記憶から消去し、ただの顔となった
古橋:
君は通常の卒業資格テストのかわりに任務を与える
大阪レジャー産業を、丸の内系の日本興業機械に吸収させるか、倒産させること 期限は6ヶ月以内
昇助:
2つの訂正があります 1つは倒産以外に方法がないこと
理由は、組織体としては、大阪レジャー産業は、日本興業機械よりはるかに優秀だからです
もう1つは、6ヶ月以内では影響係数4以内の外的変化がなければあり得ません
私の計算では500日は必要です
会社を1つ作ってもらいます 資金はほぼ4億
産業将校は企業スパイでも、パイオニアサービスの無任所要員でもなく、組織を動かすエキスパートです
古橋は、機嫌を損ねつつ、青年の才能に目を見張った
2 春
3月になると、都会の花が一斉に咲くが、それは各企業の広告が入った大量の人工花だ
やがてアスファルトの掃き溜めとなる
政府、企業努力にも関わらず、人々の万国博への関心は盛り上がらない
もっと現実的な生活問題が先決なのだ
反対運動は、そこを巧みに捉えた
運動の資金の大半を負担しているのは家庭党で、海外諸国への出展中止呼びかけさえ始めた
その結果、万国博に無関心だった人々の興味を呼び起こした
企業は全力で準備していた 開催まであと2年たらずしかない あとは建設の段階だ
なんとかして日本産業の健在を示さなければならない各企業は、
それぞれ反対運動をしずめにかかり、圧力をかけた
十何度目かの出展者会議で、中之島商事社長は「万国博監視制度」案を提出した
おもてむきは万国博の監視・規制だが、真意は万博は国民のためで、産業の独占ではない印象を与えること
大々的に宣伝すれば、国民の目をそらし、関心を集めることが出来る
この異例の奇妙な制度が発表されると、たちまち内外からすさまじい反応が起きた
国内では、ビッグ・タレントが制度のからくりを暴き、世界的陰謀だと激しく攻撃したが
家庭党は奇妙な沈黙を守っていた
万国博に関して、事実とデマが混ざったあらゆる噂が乱れ飛んだ
アメリカ企業は物質複製機を完成し、量産を始めた説まで出る始末だ(もう3Dコピー機は出来たけどね
そうした中、本来の状態を知っているのは日本財閥のトップクラスだけだった
3 転向
山科紀美子は今や家庭党出版局で働いている
あの党大会で、入党し、すぐ仕事の依頼がきた
『現実の記録』というペーパーバックシリーズの手伝いだ
今まで知らなかった底辺の世界にショックを受けた
旧来の出版社は変質し、以前のようなフリーライターでは食っていけないため
専門職としてこの仕事に入り、次第に本気になるにつれ、
『現実の記録』の反響は大きくなり、現代の産業優先主義を告発する材料になった
山科紀美子と連れの画家は、粗末な長屋の1つに入った
妻、長男を交通事故で一度に亡くした丸目という男の取材に来た
丸目:
こう見えて私は国立大学を出て、昔はちゃんとしたサラリーマンでした
最初は一流会社を狙いましたが、当時は無責任な連中がマスコミを横行していて
大企業で個性を失うより、将来性のある小会社を選べと言うんです
私は何も知らない青年の一人だった
結婚して初めて気づいた マイホームを維持するのがどれほど大変かなどにね
その時はもう遅く、会社は簡単に潰れた
貧乏人であるほどステイタスシンボルが必要なんです
子どもに劣等感を持たせないためにも、次から次に買い続けねばならない
古くなったら、また新しいのを買う
やがてどうにもならなくなり、妻はとうとう会員制のクラブに入り、1週間情事というやつを始めた
あげくに誰のか分からない子を産んだ しかし外見的には幸せなマイホームでした
あんなもの事故じゃない殺人だ
怠けグセのせいでクビになった少年が盗難車でぶつかり、少年も死んだが身寄りもなく金もとれませんでした
あともう1件ほど回りたかったが、最高幹部会から緊急に来るよう指示が来た
家庭党村に着くと、純粋学生連合の学生が、家庭党が裏切ったと大騒ぎしている
「監視員受諾通告をただちに撤回せよ!」
党本部の入り口は、乙女行動隊が固めていた
中はマスコミが入り乱れ、紀美子は最上階へのエレベーターに乗る
初めて足を踏み入れるそのフロアーは、家庭党の神経中枢にあたり、秘密の打ち合わせはすべてここの会議室で行われる
出版局長に呼ばれ、声紋と錠で部屋に入ると、党首ほか、最高幹部ばかりが座っている中に
幹部とは想像できない若い男女が4、5人いる
中でも驚いたのは、20歳過ぎのテレビなどに出ている美貌の持ち主・恵利良子がいたことだ
紀美子と同じ頃に入党した新人
党首:
あなたは今の仕事をやめて、万博監視員になります
それとともに、非公式ですが最高幹部会のメンバーになっていただきます
紀美子:イヤです! 私は社会に埋もれた人々のことを世の中に訴え続けてきました
副党首:万国博は、私たちにコントロールできるものになったのよ
正面の地図には何百という家庭党の拠点を示すランプがあり、赤から緑色にかわっていく
幹部:
この緑色は、私たちの決定の支持を示しています もう時間の問題よ
これ以上反対運動を続けるのは、党自体の存亡にかかわる
紀美子が再び反論しようとした時、突然、短い、意味の分からぬ単語を発した音があり
最高幹部らは放心した目になり、思考停止状態になった
恵利良子:
ここの人たちは、もう私のもの 私のキーワードで眠ってしまうし、私の暗示通りに動くわ
私はあなたが欲しいの 私は催眠術も、科学技術も知っているけど、あなたのような表現の才能がない
だから協力してもらうの
紀美子は、その外せない視線にいつか快感さえ覚えていた
4 夏
土屋:いくらなんでも、こんなに一時に大量の幹部を格下げしたら無茶やおませんか?
豪田:
ゆっくりしてるうちにうちは潰れてしまうわ
能無しは即時格下げ、それで文句言う奴は、自由契約社員にして、能力査定を受けさせ、
自分の力を知れば泣きつくやろし、よそへ引っ張られれば助かるわい
社長はただの胃潰瘍ではなく、がんの全身転移と分かった
豪田は、ようやく人件費を落とし、人任せに出来ない性格から、あらゆる仕事を一人で片付けていた
沖:
実感装置は順調です 前に見たものより粗末な感じだが、材料が材料なもんで
低価格プラスチックは紫外線ではじかれますが、屋内で使うならこれでいいでしょう
あとは安い超純粋金属さえ手に入れば 問題は脳刺激テープの内容です
豪田:
それはシン・プラニング・センターなどにやらせてる
広報堂も調査結果を持ってくるはずや
沖:あすこは丸の内系列の日本興業機械のために製作していると聞きました
沖があまり財閥系の動きに詳しいのは、まさか社長の言っていた重要ポストにスパイがいるというのは・・・と豪田は疑惑をもつ
東京支社に入ると、支社長が映話でモメている
玄関で粘っている奴に帰せと怒鳴る支社長に聞くと、
支社長:
超純粋金属を安く納入できるという売り込みです
どこの系列にも入っていない20名足らずの三津田商事会社
社長は若く、中学卒 1月に設立して6月で月商4億円・・・
豪田:あほんだら! そいつを呼ぶんや!
三津田昇助:
こちらでお使いになるのは「実感装置」でしょう?
それに必要な超純粋金属を計算してみました 現物は地下駐車場にあります
トラックには超純粋金属がぎっしり詰まっていた
三津田:財閥系のほぼ5倍の6億1000万円 翌月起算の7ヶ月手形 これ以上は一歩も譲歩できません
7ヵ月後の来年3月は、資金計画からみてもっとも苦しい時期だ
6億となれば、不渡りになる可能性があるが、ここに安い超純粋金属があるのは事実だ
豪田:よし、買うた!
5 会場
山科らは列車に乗り、建設会社と打ち合わせし、夕方までには東京へ戻らねばならない
仕事量は増える一方で、利益はほとんど出ないが、ほかに仕事を奪われるのはなんとしても避けたい
今は大阪レジャー産業の仕事をやっていることで、財閥系の注文は目に見えて減った
列車を降りると、家庭党の反省促進員がまた追ってきた
告発されて以来、仕事の最中でもお構いなしだ
反省して良き夫になると誓い、入党するまでやめないつもりらしい
工事はいよいよ突貫の段階に入った
建設会社社員:以前の大阪万博は失敗ですよ まじめムードで意識は高いが、入場者数は伸びなかった
山科:
その3年前のカナダ・モントリオール博のせいじゃないか
その前にショーを中心にしたNY博が予想外の不振で、
真面目にやったモントリオール博が予想外の入場者数だったから
だが、見世物ずれしている日本人をいっしょに考えるのは誤算だ
会場に入ると、総工費邦貨で200億円といわれるGEの建物が見える
プレノイド回路のロボットショーを行う予定らしい
デュポン展示館では、真正立体映画、アメリカのレジャー機器メーカー合同館では
一度入れば、出るまでに心身リフレッシュする最新装置を用意しているという
日本の小型展示館は極めて精巧に設計されている
現場に着くと、工事をストップして、万博監視員の調査が入っていた
山科は紀美子に気づいたが、様子がおかしい
前はもっと感情的な女だったが、あれは紀美子ではない
福井:
僕、やっぱり辞めることにします
大阪レジャー産業に入らないかと豪田専務に誘われていたんです でも今月いっぱいは働きますよw
影
朝倉ルームの会議室にビッグ・タレント5名が集まった
「財閥系列企業を中心に着々と万国博の建設が進んでいる
何かが日本全体を動かそうとしているんだ」
朝倉:我々は続けねばならぬ
7 監視員総会
「万国博監視総会」に出席するために山科は豪田に呼ばれた
質問は「脳刺激テープの内容」について
最近は豪田の部下のようになって働かされている山科は疲れきっている
人々が万国博に好意的になってきた理由の1つは監視員のせいだ
月に1度、総会で検討し、質問に納得できないと形ばかりの手直しを要求される
これは茶番劇だった
大衆は、また他人のプライバシーを覗く楽しみを求めて「監視員」を選び、マスコミもそれに乗じた
元々どこかの団体から推薦されている監視員らは馬のように互いに競走しはじめ、万博を利用して有名になろうとした
「万国博監視制度」の狙いは図に当たったのだ
人々の関心を本質から別にそらし、万博に関心をかきたてること
大阪レジャー産業は、山科が失敗すれば、全責任を負わせて、別の方法を用意していることだろう
ここで失敗すれば、「説得技術専門家」としての職業生命を絶たれることになる
これは陰謀ではないかという疑念が山科にわきあがってきた
傍聴席には、蛇の目をした人々がいる
日本教育者連合推薦・高田から「脳刺激テープの内容」についての質問がされた
山科:
現実に体験し得ない夢や空想を体験していただくための設備です
広い意味での娯楽 エンターテインメントです
高田:それは現実からの逃避だ 許すわけにはいかん
山科:人間の娯楽は日ごとに変わります マイナスばかり見ていては時代に遅れてしまいます
水耕農業推薦・室井精造:
そのためには人にヘルメットをかぶせないといけない
まだ今の技術では無理で、発狂する可能性があります
受感者に精神不安定化剤を大量に服用させねばならないでしょう
家庭党推薦・恵利良子が、同様につっこんだ専門的知識を駆使して鮮やかに反論してみせると
突然、室井は笑って引き下がった
場内はわけが分からぬまま疑念は消し去られ、実感装置への期待が高まった
山科は、自分の完全な敗北感を感じていた 彼らの知識のほうがはるかに高いのだ
それは豪田に従属して生きるほかないことを意味した
8 拠点
家庭党の最高幹部会では、党首らは深い眠りの中、3名の女が話し合っている
「組織内での海外商品駆逐はきわめて順調」
「産業将校間の衝突でロスが多すぎるわ」
※メモは(2)につづく