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『わがセクソイド』 眉村卓/著(角川文庫)
眉村卓/著 カバー/木村光佑(昭和48年初版 昭和55年12版)
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[カバー裏のあらすじ]
男ばかりの静かな群集の輪の中で、全裸の女と下半身むき出しの男が激しくもつれ合っている。
必死に逃れようとしている男に女はしがみついて、妖しい誘惑のポーズを!
-<約束された未来>が何も期待できない、こんなふしだらな状態だったのか。
未来にアレルギー性拒否反応を示す男が、街中で遭遇した不思議な光景。
人間不信に陥った男とセックス専用のロボットの人間的な交流を描いたSF長編小説の決定版。
以前、一度
メモを書いたが、今回改めて読み直してメモった
昔、読んだ十数冊の眉村さんの作品の中でもっとも余韻が残った1冊
眉村さんシリーズの最後までとっておこうと思ったけれども、読み始めて2日で読みきってしまった
久々泣いた 何度も泣いて、余韻に脱力した
タイトルから「性」に興味をもって手にとる人も多いと思うが、そこは眉村さん
改めて読み直したら、薄気味悪いほど、自分の感覚とリンクすることが分かった
都心の雑多な情報過多の時代、科学進歩といってもココロを置き去りにした社会
それに慣れてスポイルされていく労働者、一般市民たち・・・
絶望した20代の男が唯一ココロを解き放てたのはセクソイド・アンドロイドだったという皮肉
それは、AIの発達した今、まさに実現されようとしている
いや、もうここで語り尽くされたすべての再現に過ぎないようだ
木村光佑さんのカバーも一番気に入っている
作品中の「ユカリ」は、外国人女性ではないと思うし
古風なイメージとは違うけれども、印象に残る表紙
▼
あらすじ(ネタバレ注意
<プロローグ>
小さな部屋は生活臭に満ちている
26、7の
浅野年夫と、セクソイド・ロボットの
ユカリが横たわっている
外は何十、何百ものざわめきでただならぬ雰囲気
「もう観念しろ! 逃げられやしない 君の身のためだぞ!
あと1時間の余裕を与える 諦めて、出てくるんだ!」
*
4月
都市は、コンクリート、鋼鉄、軽金属、プラスチック、ガラスで構成されたどうしようもないひろがり
煌びやかであるがゆえに、収拾不可能な展望と化している
浅野は昨夜、渋谷のせせこましいバーで余計な議論をして風邪になり、だるかった
マグネット列車の突貫工事の技術者が、敷地の強制収用に反対して無一文で追い立てられた市民の話をしていた
「どうして警察は、あんな連中を射殺してしまわないんだろうな
かれらは未来について何も考えないんだ ろくに勉強もしないで」
浅野は「未来」という言葉に対してアレルギーに近い不信感があり、思わずこの男に反発してしまった
「いったい誰のための未来ですか?」
*
浅野は、読物会社のプロット作成部員 会社に入ってまだ1ヶ月
アパートから駅までのコンベアロードは、いつも通勤客を満載にしている
その終点からはじまる高架列車の恐るべき混雑を思えばマシなのだ
さらに気分が悪くなり、駐車場で客を待つ白タクまがいの自家用車族の相乗りを初めて利用してみようと思った
クルマ
が増え続け、タクシー
の数が制限され、事故は日常茶飯事になっている
クルマには次々と安全装置の取り付けが義務付けされ、持ち主はこうしたことでお金を得ている
浅野が声をかけると、ドライバーは全身を撫で回すように見てから断った
こんな屈辱を何十回、何百回したことだろう それでも慣れず怒りと諦めを覚える
もうこれきりにしたい・・・と思った時、男から声をかけられた
「渋谷か、4000円でいいよ」
タクシーの倍近い値段だが交渉成立で先払いに応じた
相乗りの10代の青年が後部座席にいて、息を吐くたび幻覚剤のニオイがする
「気楽なもんだよ 今朝まで乱交パーティをやってたんだってよ
高級車を持っているがあれじゃ運転できない ここでも片っ端から断られて悔しさで目を剥いてたよ
日ごろ虫けらみたいに考えているビジネスマンに相手にしてもらえなかったんだから」
運転手はハイウェイは混むからと公園の道を選んだ
途中、クルマが何台も停まり、男ばかり30人ほど集まっている
見に行くと、異様な光景が展開していた
全裸の女と、上着だけ着た男が格闘している
「オレはイヤだ! やる気はないんだ!」
「どうしたの? 私、あなたが好きなのに・・・」
運転手
「セックス専用のアンドロイドだ」
都内にもロボット売春婦を置いた「セクソイド・センター」が建ちはじめ、反対運動を起こしている
フリーセックスの時代になり、タブーもなくなり、ロボット技術は気違いじみた発展を続けている
あらゆるものが
自動化され、高度になるほど投資も大きくなり、値段は高くなる一方
利用するのは大企業で、所詮、法人のための利器なのではないか?
利用する余裕のない人、信条として拒否する人は、現代文明から疎外されるだけでなく、意思に関係なく押し流される
さすがにセクソイドはそう簡単に広まらなかった
機械人形と同じ列に立たない人間が多かったから
売春禁止法はまだ生きていた
センターは欲求不満の人々でけっこう流行っていた
この騒動を始めから見ていた男が言うには
「あのロボットは運搬途中で落ちて、そのショックで壊れてフラフラ歩き出した
そこへ酔っ払った男が誘ったら、猛然と男を抱き返したんだ
調整前なんだよ センターで個性をつけて客をとるんだが
あれはまだ基本的本能しか持ってないんだ」
ずっと事件を見ていた浅野はようやく声が出た
「誰が、こんなことにしたんだ?」
「オレたちじゃねえか」と誰かが言った
浅野はヨロヨロと人垣を出た
*
会社では、仕切られた小部屋で執務台を前にしている
右横には
溝口かずみが青白い顔を痙攣させている
彼女にはどこか狂信的なところがある
左の席の
森下正造は、50ちかく、善良そうな顔に気遣わしげな色が浮かんでいる
この「ベストセラーズ製作会社」は、マスコミ媒体と結びついた調査会社からデータを買い
分析し、ストックしてある筋書きから抽出し、加工し、納入する
人の魂を揺さぶる作品が生まれることはまずないが、消耗品として次々と売るには便利なのだ
徹底した調査に基づいているため大量に売れる
読者も気軽な娯楽と考えている
浅野の前に数式が出て、頭の中で変換する
“AとBの愛 Aに近いCの干渉 愛の終わり Aの誤解
Aの復讐 Bの破滅 事実の暴露 AのCへの復讐”
よくある話だ これがウケるなら、人はいつになっても似たようなものを面白がるということだ
浅野は『椿姫』とモンテ・クリスト伯を混ぜたような設定にすると
ランプで矛盾やダブりを指摘され、舞台を宇宙にかえると通った
今の課題を処理するのは浅野だけではないから、そのまま使われるとは限らないが
こんなでっち上げでいいのか?
執務台のスイッチが切れるとカズミが声をかけてきた
「浅野さんも知っているでしょ セクソイド・センターが1週間前また建設されたこと
あんなの断じて許しちゃいけないわ
明日、私たちは大規模な反対デモをするの 行くでしょう? 集合場所などは教えるわ」
森下「若いとは、いいもんですなあ」
森下は身寄りがなく、きっと寂しいのだ
浅野にとっては退屈であると同時に、自分もこんな風になるのではとイヤな感じがする
そこに映話がかかり、出ると
水原英一だった
1年以上会っていないが、高校、大学を通じて友人であり、ライバルだった
今の浅野にとっては俗物の権化とも言うべき人間
今は警察でエリートコースを走っていて、重装機動隊の中隊長
水原:
来週の高校の同窓会の幹事が僕と君だって忘れてるだろ
打ち合わせもかねて久しぶりに第四公共サロンで会わないか 同期の
小川充子さんも来るし
小川といえば、高校時代憧れに近い感情を抱いたことがあった
*
「第四公共サロン」は、誰でも入れるが、利用者は限られている
人件費節約のため従業員はほぼいない 飲食も自動化され、入場料も高いため
ある程度のレヴェル以上の男女が知的な会話を楽しむ場になっていた
小川:
今、水原さんから怖い話を聞かされたのよ
私が殺されることになったかもしれなかったんですって
水原:
彼女は職業柄、いろんな婦人団体に入っているが、セクソイド・センターのデモにも誘われていたんだ
この中に指揮官訓練学校崩れの連中がだいぶ入っている
デモを暴徒化させて、セクソイド・センターを叩き潰し、ロボットを壊し、
見せしめにセンターの人間も皆殺しにするとも考えてるらしい
君は参加するつもりじゃないだろうな 友人としても君を失いたくないんだよ
浅野:友人?
水原:
こっちがそう思うことを止めることはできないぜ
もうそろそろ今みたいな生き方を止めたらどうだ?
現実を本当に動かすのは、現実の中で生きている人間なんだ
そこで勝者にならなくちゃならん
浅野:奴隷だろ?
水原:
君には能力があるはずだ だがいわゆる世故に嫌悪して、一流企業を辞めてしまった
そうした行動は、心底にある何ものかのせいだ
それが君を禁欲的にし、相手にも見合った代償を求める
それは君の中に根強く横たわるタブーなのさ 君はまだ経験がないんだろう?
小川:私が光栄ある第一号になってあげましょうか?
水原と小川の関係にも気づき、2人の仕組んだことだと知りながらも小川の誘いにのってしまう
浅野:どうなってもいいんだ
*
水原:で、どうだった?
小川:
馬鹿馬鹿しくって・・・情けなくって・・・ちょっぴり哀しいのよ
とにかく、あんな変な目にあったのは初めて
あれから短期リースルームに行って、酔い覚ましのクスリに催淫剤を混ぜて飲ませたの
たしかに欲情したんだけど、必死で抑えている目だった
帰ると言ったら、あの人、猛獣みたいにとびついて来て、まさにという時、ダメになっちゃった
で、私を突き飛ばして、泣くのよ 大きな声で
“こんなものじゃないはずだった”って
私、可笑しくって笑い声を聞いて、ひどく怒ったの
“人の気持ちをオモチャにしていいのか?”と叫んで、飛び出して行ったの
水原:
それじゃセックスに対する固定観念がより強くなったとはいえないか?
小川:
どうしてそんなに浅野さんのこと気にするの? 高校時代はどっちも学校のスターだったけど
今はもう張り合うにも値しない敗残者でしょ
水原:
彼は、女を抱くと、必ず何か失うと信じている
もし抱いたら、相手もそれに見合う犠牲を払い、自分に尽くすべきだという意識がある
これは彼の生き方すべてに通じるが 生い立ちに関係があるのかもしれない
ひどく厳しい家の一人っ子で育ち、父は別に女をつくり、母は気違いのように荒れて自殺した
父はその女と再婚したが、脳梅毒で狂い死に、彼は義理の母に放り出されて、親類に身を寄せた
通った小中学校は厳格で有名なところだ
普通ならやけっぱちになるところが、超人的な自律心で耐え抜き模範生となった
小川:それで攻撃欲の強いマジメ人間になるわけね
水原は、やり切れなさを感じた
大抵の連中は、現象だけを見て評価し、感情を動かされると、考え方を逆転する
小川:
あなたの彼に対する気持ちは
「贖罪」ね
これまでに踏みつけにした全てのものの代わりに、浅野さんを助けることで代行しようとしてるのよ
この女は何も分かっていない
かつてもう一歩というところで浅野に追いつかなかったことを、実社会で裏返してみせたいのだ
それには、浅野も昇り続けてくれないと困る 自分の足のすぐ下で
自分に対抗心を抱き、助けてやれるが、凌ぐことはできない人間は浅野しかいないのだ
*
水原のいる警視庁はオープンで一般人が中を見学することもできるが
それは表づらで、本当に内部に入るには、身分証、顔の認証チェック、指紋錠など昔より厳しいチェックが必要だ
警察官たちはアンドロイドを受け入れない
“権力のロボット”とののしられてきた彼らは
ロボットが自分たちの一員になることに耐えられないのだ
正面の大きな十数面のスクリーンには、群衆が次第にふくれあがるのが見える
そのデモ行進とはまったく関係なさそうな場所で、10~15人がエアカーに乗り
密かに移動しはじめている
「奴ら潜り込んだな」
群衆の何百、何千人がセンターに突入した
麻酔弾があがり、警官隊もデモ隊も倒れた
「午後7時現在の死者は21名」
120の戦闘車は一糸乱れず進みだした
いったん重装機動隊が出動すれば、よほどの騒ぎも簡単に鎮圧されてしまう
だからこそ出動命令はギリギリでなければならない
一般人が仕方ないと思う最悪の事態まで動いてはならない
重装機動隊は、治安維持という名で、かつての帝国陸軍の機能を代行している軍隊そのものなのだ
見るからに威嚇的なスタイルなら、市民も恐怖するが
一見不格好でちゃちなコスチュームだから安全なのだ
だが、重装機動隊への非難は根強く、偽政者が手を尽くしても、潜在的な恐れは拭い去ることは出来ない
水原にとって、今の世は、歴史的に見ても比較的マシではないかと割り切っていた
人々の特性がますます分化し、複雑化している現代では
社会自体が無数の矛盾を内包している
今日の騒ぎにしても本当の革命とは無縁だ
暴れているのは、世間知らずの観念亡者に過ぎない
彼らには際限ない要求をかかげる資格はないと教えるのが重装機動隊の仕事のひとつでなければならない
徐々に約4万~4万5000人の大群衆の注意がこちらに向きはじめた
「重装機動隊を倒せ!」という声が重なった
「作戦を開始せよ」
360台の重装機動隊が一斉に動きだした
笑気ガスを噴出させ、たちまち5、60人が悶えながら笑い始めた
圧縮された熱風で、周りの人々はあっという間にぶっ倒れた
ここで睨みをきかせて、逮捕者を収容する大型トレーラー隊の到着を待つのだ
けたたましい射撃音がした
「あれがリーダーだ」「突撃!」
狂信的な目のリーダーの腹に一発 女の鼻から血が吹き出したが構わず相手は頭から倒れた
それでも水原は憎しみは感じない 馬や牛などの家畜、実験動物に対する憐れみを覚えていた
*
窓のない会社のビル、コンクリートのアパートを往復する浅野
いつか胸のときめくようなものがやってくると信じているうちに、やがて期待自体が幻想だと判る
ただ悩み、反発しながら、生涯を無為に食い潰しているのではないか
こんな気持ちになる1つの理由は、水原がまた映話で同窓会に来いとかけてきたからだ
もうごめんだ 行ってたまるか
森下から声をかけられた
デモ以来、カズミは欠勤している
森下:
あの人、今警察に捕まって、5日にもなります
欠勤が続けば会社も黙っていないし、起訴にでもなったら退職勧告を受けてしまう
今、話していたのは重装機動隊のお友だちでしょ?
あの子が釈放されるよう、同窓会に行って頼んでください
森下は善良ではなく利己的なのだ だが、対立したまま仕事をしなければならないのは耐えられない
浅野:あまりあてにしてもらっても困りますが、話すだけは話してみます
*
社屋の空気は浄化され、温度も調節されている
外の空気は汚れ放題に汚れ、いろんな疾患を起こすと問題になっているが
浅野にとって外の空気は本物だ
年に4、5回しか乗らない都内で一番長いコンベアロードで切り刻まれた空を見る
ともかく同窓会に行って、森下のためにやってみる それで充分ではないか
結果ばかり重視される風潮の中で動機や過程が尊重されてもいいのでは
会場に着くと、あるのはただ緩んだ顔つきと、たるみきったムードだけっだ
あの頃のひたむきな真剣なまなざしは一体どこへ行ってしまったのだ?
女たちは飾りたてるほど、周りに腐敗がばらまかれいる感じだ
水原:
溝口は一番急進的な婦人団体のリーダーで、以前からマークしていた
まさか彼女を助けてくれと言うつもりじゃないだろうね
あれは、120人も死者が出た事件だぜ
でもやってみよう 結果は請け合いかねるがね
1人の男が
「これからみんなでセクソイド・センターに行くぞ!」とわめいた
「池袋の“セックス・ガーデン”か」
「渋谷の“キャッスル”は最新タイプの奴を置いてあるらしいぞ」
水原:
君も行くんだ ここへ誘ったのはそのつもりもあったんだ
君は自分のタブーを除かないと、今後ますます苦しくなる
生身がイヤならロボットのほうが効果的かもしれない
経験には、考え方を変える力がある
断ろうとすると小川が来て謝りだし、浅野はとっさに「行ってもいい」と言った
*
ヘリコプター・タクシーを降りると、中世風の建物だった
「その都度、心理学、建築工学の成果を取り入れているんだろうな」
黒いスーツのマネージャーが来て
「従来のスタンダードタイプより、レヴェルアップした高級品ばかりでございます
待機中の中からご自由にお選びください」
立体写真を見ると、ロボットは顔だちなど千差万別で個性がある
水原はまるで爪楊枝でも選ぶような態度で選ぶのに強い反感を覚え
僕はもっと真面目に、真剣に選んでみせると端から端まで見ると
これだ!という像を見つけた
過去に見知った女のすべてのいいところを集めたような、かつ懐かしいような感じだ
名前はユカリ
水原:非個性的美人てやつだな
暗い廊下を進むと漠然とした期待が渦巻いてきたが、そんなはずはないと言い聞かせた
なぜこんなに予防線を張るのか これから出会うロボットに期待しているのか?
期待して、失望するのが怖いのか? それほど何にでもすがりたいのか?
そこは十平方mほどの部屋だった
彼がショックを受けたのは、紛れもなく“自分だけが待たれている”という空気
もう何年もこんな覚えはなかった
自分は常に闖入者で、余計者で、それゆえ孤独で、涙が出そうな経験だった
これはロボットだ 工業製品なのだと思おうとしても、やはり目の前にいるのは女だ
ロボットでも人間でもない怪物だ 帰ろうとすると
「待って! 少しぐらいお話しすることもだめなの?」泣き出す寸前の表情だ
「やっぱり私みたいなのは、相手にしてもらえないのよ 私はキレイじゃないもの」
男と対等ではなく、従属し、男によって生きようとする、現代には実在しない過去の女
浅野は自分のことをぽつりぽつり話し出すと、女は興味深げに聞き、時々つぼにはまった質問をする
これらは無論、ロボット設計者の計算だが、すっかり酔ってしまった
「私がロボットだから軽蔑する?」
「君はロボットじゃない 人間以上の女なんだ」
あっという間の2時間だったが、浅野の心にユカリは定着してしまった
*
5月
世の中が便利になるのと反比例して、人の心は貧しくなり、新鮮な驚きを覚えず
物資的な欲望だけが際限もなくふくらむ
自分をねじ曲げてでも、世の中に適応しようという連中でいっぱいなのだ
そのせいで暮らしの格差も広がり、優勝劣敗が当然になり
世論コントロール技術は年々巧妙になり、浅野のように周囲の在り方を疑い
自分に忠実であろうとすると
「不適応者」と片付けられる
だが、今はユカリが支えてくれる 今夜は彼女に会うつもりだ
料金が高いので毎日は会えない
最低単位の2時間で、週給の1/3がなくなる
1晩泊まると、1週間以上のサラリーが必要だ
だから浅野は、あらゆる不満や怒りを押し殺し働いて得たお金で“キャッスル”へ通っていた
ユカリがなんでも受け止めてくれる 愚痴も、怒りも、慰めの言葉と愛撫で溶かしてくれる
時にどうにもセーブできずに殴りつけることがあっても、ユカリはひたすら浅野に尽くそうとするのだ
それはユカリの機能で、相手の性格を分類し、表情、態度などのささいな変化を照合して
何を求められているか感得し、反応しているだけだ
だが、メカニズムは自覚されていない
それに執着するのが自然のなりゆきと言えないだろうか
*
社内に入ると口論が聞こえた グループチーフの浦島と、信じられないことに森下だった
顔を真っ赤にして、時々どもりながら、必死の形相でまくしたてている
森下:
なるほど、私より18歳も年下だが、あなたは上司ですよ
でもどうして溝口さんを解雇処分にしたんです?!
水原に話してみると言った時の森下の狂喜ぶりは、憐れみを感じさせたほどだったが
数日経っても出社せず、機会を見つけては確かめてくれと言い始めた
そのうち、仕事に必要な時のほかは口をきかなくなった
浦島:私に解職する権限がないことはご存知じゃないですか
森下:でもあなたは勤務考課をやった そのデータで解職されたんだ!
浦島:
データは私だけが出すんじゃありません
欠勤が1ヶ月以上になれば、自動的に解職ラインに近づきます
溝口さんは、これまでの実績が良かったから無事だっただけです
森下:あなたは事実を曲げてでも部下をかばう立場にあるんだ
浦島:それは不可能だ 私自身の評価も悪くなる
浅野:森下さん、落ち着くんですよ
森下:
や、嘘つきの浅野だな お前はあの子が好きだったんだ!
だから私の手の届かぬところへ連れて行ったんだ
そこに警備員とともにカズミが現れた
警備員:この人が皆さんに会って、お世話になったお礼を言いたいというので
森下:そんなことはいいんですよ 釈放になったんだし、すぐ復職できますよ
森下は彼女の背中を撫でるのをやめなかった
森下:
私に抱かれたことだってあるのに、そう邪険にしなくてもいいでしょう
あの時、私と寝るのは運動資金を作るためだと言ったが
私には判っています 本当は私が好きで恥ずかしいからそう言ったんでしょ?
カズミは無言で包みをほどき、中から金属製の缶が出てきた
警備員:
あぶない! 近頃不逞団体の間で出回ってる奴で、フタをとると爆発するんです
これくらいの大きさなら、このフロアの半分は壊滅していた
カズミは床に座ったまま何かを呑み込んだ
カズミ:
もう遅いわ 私は死ぬわ 警察の心理探査部ですっかり吐かされた
私たちの組織の詳しいことを・・・仲間に顔向け出来ないわ
このじじいだけじゃない・・・みんな腰抜けの豚なのよ
どうせ死ぬならあんたらを一緒に・・・
森下:
私はどうすればいいんだ? この10年間で抱いた女は、この子だけなんだ
死ぬなんてあるわけがないんだ!
浅野:
もう、死んでいますよ
あなたはこの人をもう抱けません 溝口さんは死体になっていますからね
森下は哄笑としか言いようのない濁った笑い声をあげていた
今回、自分は傍観者ではなかった
何にも加担せず、それだけが堕落していない、
世の汚さに組みしていない証拠が拠り所だった浅野にとってあり得ないことだった
彼はあきらかに“一枚噛んでいた”
その背後にあるデモ、警察、際限もなく広がる性質のもの
そのひとつの役割をつとめた もう傍観者ではいられない
虚心に他を非難できる立場ではなくなった
自分はいつもそうだったのではないか?
自分に言い訳し、現実を直視することが怖くて、誤魔化してきたのでは?
会社はすぐに仕事に戻るよう指示した
企業が本質的にもつ冷たさに救われた
今夜はセンターに急がずにはいられない
ユカリに「それでよかった」と言ってもらいたい
ひと晩泊まる金額も用意している
この瞬間にも誰かの腕に抱かれていることに以前のような嫉妬は覚えなくなった
最初は気も狂わんばかりで、買い取りたいと考え、そんな経済力のなさに絶望さえ感じた
セクソイド・ロボットは服、保守点検を抜きにしても手が届かない
幸い、何度かの話で、彼女の記憶が、その時相手にしている客のことしかよみがえらないと知った
10日間会わなかったら、彼女には茫漠とした感覚があるだけだ
そのほうが、後腐れのない情婦としての営業政策としても好都合で
稼動回数の総計が多くなるというデータがあるのだ
ロビーで肩を叩かれた
水原:
10分はとらせない 話がある
この1ヶ月、あのロボットに入れあげているんだろう?
君は罠に落ちている セクソイド・ロボットは幻影を作り上げる
ロボットはけして人間に危害は加えない だが、それは自律した人間のことだ
夢想家、現実に不満をもつ人間にはきわめて危険だ
君には能力がある 現実から逃げ回るのはやめて、本気でやれば
現実を逆用して、支配し、変えることも不可能じゃないはずなんだ
彼女は肉体的にも独り立ちは出来ないんだぜ
1個のセクソイド・ロボットが機能を果たすためには
多くの費用、人手、機器、細かい補修が必要だ
つまり、組織、産業技術があって初めてできることだ
言い換えれば、現代の社会機構を意味する
君が憎悪する今の世の中の象徴なんだぞ
たしかに、胸奥にひやりと触れるところがあった
彼自身、常にスポイルされ続けていることを意識していたのではないか
だしぬけに自分が汚物まみれのような気がした
だが、いいではないか
自分のうちにのめり込むのを、なぜ止めねばならないのだ?
また逃避しようとしていることを感知してはいた
だが、そのうち水原などにはけして理解できない本物の何かが生まれるかもしれないのだ
水原:
君は架空世界の中で、人間として未発達のまま終わるかもしれないんだ
ここも再調整をやるだろうが、その時ショックを受けないよう、心構えをしておくんだな
*
ユカリは待ちかねてすねていた
「遅かったのね この前約束して、待っても来てくれないんだもの 心配で・・・」
「愛している 君がいなければ、僕は生きてはいられない」
「嘘でもいい 私、あなたの言葉を信じるわ」
ユカリは彼のすべてを肯定してくれる それが一番嬉しいのだ
「今のままでいいんだ」
「このままでいいの」
何かが心にひっかかったままだ
浅野:
再調整って何のことだ?
ユカリに苦悩の色が表れているが、ようやく重い口を開いた
ユカリ:
セクソイド・ロボットの記憶を消して調整し直すこと・・・
場合によっては性格を修正されることもあるの
私たちは商品よ できるだけ多くのお客さまを引き寄せなければならないの
一定期間経つと、細かい点検を受けて、それまでの記憶を全部消されてしまうわ
成績のよくないのは、もっと一般受けするタイプに変えられるのよ
私はセクソイド・ロボットなの 人間に奉仕しなければという気持ちがやっぱり一番強いの 仕方ないことだわ
残されたものは姿かたちは同じでも、もうユカリではない
この世界は、他をことごとく犠牲にして手に入れた世界なのだ
生きがいを奪われてやっていけるだろうか 耐えられるはずがなかった
忍び、怒りを殺すのはもう沢山だ
何とかしなければ・・・動き出さねばならない
これまでの基盤との訣別も意味する
だが、今までの基盤とは何だ?
そんなものはすでに崩壊寸前の、腐臭を放つ獣肉ではないか?
目の前に分岐点がある
「ねえユカリ その再調整というのは、いつ行われるんだ?」
*
小川は水原にとっていささか重くなってきた
浅野の件が終わればさっさと縁を切ってしまおう
小川:セクソイド・ロボットってそんなにいいもの? 人間の女より?
水原:
まったく別物だよ ハプニングの面白さがない
あれは欠陥だらけの機械さ ろくに歩行能力もない
せいぜい50m歩けば動きが止まってしまう
調整にも微妙な技術を要する 長持ちさせるためには部屋の温度・湿度を一定に保つ必要がある
屋外に置けば、1年ほどであちこちが狂うという話だ
小川:再調整の6月20日は明日じゃないの
水原:
あのロボットは、性格修正されるそうだ
浅野は一時は自暴自棄になるかもしれないが、現実を受け入れざるを得なくなるだろう
“この友情に名を借りた復讐は、焦りに過ぎないのではないか?
彼を現実に妥協させないうちは、自分の生き方のどこかに疑いの余地が残るせいではないのか?
馬鹿な 自分は彼に恩恵を施そうとしているのだ”
小川:
あの人、ロボットと心中するとか、奪い出すんじゃないの
ロボットを破壊したり、盗んでも殺人罪にも誘拐罪にもならないんでしょ?
せいぜい器物破損か、窃盗、悪くても強盗くらいの犠牲なら、あの人、やるかもしれないわ
水原:
“もしそんなことが起きれば、彼のことなど忘れ去ってしまえばいいのだ
どこかで別に似た役割のできそうな奴を探せばいい”
もしそうなれば怖いことになるだろうな
彼は全知全能をあげるだろう それまで眠っていた能力が全回転する ただし反社会的な方向へ
“そんなことになるわけない 自分の期待し、計算した方向になるにきまっている”
*
溝口と森下の代わりに来た若者2人は、ずっと事務的で
個人的なつながりを持とうという気はないようだった
これは、これまでのような、自分を温存したままで済ませられるようなものではない
踏み切ったが最後、必ず成功しなければ意味はない
しかも、成功はそのまま破滅への一本道なのだ
それはどんなに短い間でも、初めて自分の世界を守り、花開かせることになる
もう忍耐も強いられぬ、自身の時間を輝かせることになるではないか
腐りかけていた彼が、青年であるうちに死ねる最後の機会
50年の平穏で、ミイラ同然の生涯の代わりに、本物の生の焔をあげるのだ
世の機構とやらに自分を売り渡している水原らに何が分かる?
ユカリから再調整のことを聞いてから、何度も計画をたて、調査し、必要なものを買い、
何十回と信念を確かめつづけた
キャッスルは今日の午後10時まで営業し、明日午後6時まで休館するという
これからの体力をつけるため、浅野は「熟眠所」へ行った
円筒の中で、催眠暗示を聞き、クスリの力で強制的に熟眠させるサービス施設だ
昨夜から借りたレンタカーの後部シートには、高圧空気銃、麻酔ガス弾、食料、着替えを詰めた
彼が学生時代スターであり得たのは、常に権威に抵抗する姿勢のせいだった
今や彼は昔に立ち返っていた
ユカリには計画を打ち明けなかった ロボットの本能で経営者なりに話さないではいられないだろう
後で説明すればいい
キャッスルの裏口に回り、しばらくすると貨物運搬用のエアカーが来た
運転席に麻酔ガス弾を撃ち込み、2人ともシートに崩れた
ドアを開けると寝棺に似た箱が並び、カードを読み取り、ユカリの箱を見つける
抱き上げると、人間よりずっと重い
運転手からスイッチの束をとる 麻酔は1時間ほどだ フルに活用しなければ
まず上野駅に向かうが、逃走先は大阪に決めた
大阪には昔ながらのスラム街があり、どんな人間がいるか分からない地域がある
後部シートでユカリが起きた
「寒いわ・・・揺れている・・・あら、年夫さん 私はキャッスルへ帰らなければ」
「2人は愛し合っている 僕は罰を受けてもいいから、君を連れて行くんだ」
クルマは乗り捨て、列車に乗ったと思わせ、タクシーを拾うと
運転手からユカリがモデルかと聞かれて、なんとか交わす
構内を50歩も歩かないうちにユカリはしゃがみこみ、ひと目を引いた
「グラグラするの こんなにたくさんの人を一度に見たこと初めてだから」
「僕だけを見るんだ」
浅野はユカリを背中に背負って歩いて、なんとかベルトコンベアにたどり着くという時
初老の老人に靴
が脱げたと言われる
「大変ですな 私の家内も心臓が悪くて、他人事とは思えなかったんですよ お大事に」
駅員といい、紳士といい、周囲が急に親切だったことに気づき奇妙に思う
これまではあらゆる人が彼を締め付けているようだったのに、
確信に満ち、行動を起こし、目的に向かって自身の意志で進むと同時に、
彼を許し、認めるのではないか? 世間とはそんなものかもしれなかった
*
朝、ユカリは朝食を作っている もう1ヶ月になる
テレビでニュースを見ると、また暴動と重装機動隊の出動があったらしい
こうした世の趨勢がどこに向かっているのかは分からない
どっちにしても彼は、自分が集団の一員になったり、そういう人間を見たりするのは好まない
セクソイド・ロボット強奪事件もささやかに報道された
昨日までは無事でも、今日どうなるかは分からない それは覚悟の上だ
この一瞬、一日を精一杯に生き、危機となれば全力で逃げると腹をくくっている
1階で話し声がして、この辺一帯の区画整理のことらしい
浅野は人が消えるのを待って仕事に出る
不審な人影は避けて、逃げ、いざとなれば電撃棒を使う
その用心は逃亡の日以来ずっと続いている習慣となった
「労働需給地区センター」の個室に入り、条件を照合すると適当な仕事を紹介してくれる
多くの労働はコンピュータにより自動化されたが、逆に標準化できない作業の需要も増えた
やっと気を緩めて、ここ1ヶ月を振り返る
ユカリの美貌はどこにいっても目を引き、噂になる前に引き払い、今は3度目の住まいだ
彼は懸命に働いた ユカリは食事もしないし、病気にもならないから、食いぶちは一人分で済むが
彼女の喜びそうな服などを買ってやる
本来なら高度な点検補修が必要なのだが、今の生活では寿命を縮め、機能が狂うのを見守るだけだ
その申し訳なさがそうさせているのかもしれない
ユカリはキャッスルのことを思い出せないと言う
「後悔してる?」
「馬鹿ね!
」
浅野は目を疑った まさに人間の表情だ
本を読む習慣をもったり、料理を始めたのはどうなのだ?
本やテレビを通して、彼女なりに学んでいるとも考えられるが
今のユカリがロボットの概念をはみ出しかけていることは感じられた
彼が何もかも捨てて、彼女に賭けたのに応えて、彼女も一切を彼に賭けているのだ
これが幸福でなくて何であろう
生きるということは、どれだけ長く生きるかではない
どれだけ充実し、灼熱するかなのだ
彼と彼女は、今、生きている
2枚のカードが出てきて、地下道を作るビルは警察署で論外だ
メインストリートの古い建物を壊す作業は派手だから、見物人も多いだろうがそっちを選ぶ
ヘルメットを深くかぶり、自分の正体を見破られてはいけない
帰りも地下鉄や市バスは明るい車内だから避けて、歩くことにした
そこにすっと近づいてきた女がいた 小川充子だった
小川:
話があるのよ 工事場で浅野さんを見かけた時は信じられなかったわ
水原さん、4日前に大阪に転任したのよ 警備司令官に昇進して
せっかく寄ったのに、忙しいって会ってもくれないんだから
実は頼みがあるの あなたが連れて逃げたセクソイド・ロボットを見せてくれない?
イヤといってもついて行くわよ
あなたスラム街にいるんでしょ? 警察が労働需給地区センターの筆跡を検出したの
断れないまま自宅に着いた
小川:
まさか、これがロボットだなんて・・・
服を脱ぎなさい 私、見たいのよ ロボットのセックスってどんなものか!
お前はロボットよ 人間の言うことに従うはずよ たかが機械人形じゃないの
警察に言ってやる あなたは捕まり、機械はまたロボット遊郭に戻されるのよ
充子は窓を開けて「みなさん、ここに・・・」と叫びだし
止めようとした浅野を突き飛ばした反動で、窓から消えた
一切は終わっていた
小川の周りに血が広がり、人垣が
「あすこから落とされたんだ」と指さすのが見えた
逃げるほかないが、あの人垣のそばを通らなければならない 早くもサイレンが近づいてくる
浅野は武器を揃えた ドアが破られ、引き金を引くと、数名の警官が黒焦げになって倒れた
*
隊長:
どうにもなりません 18名も部下を失って 総攻撃しか方法はありません
総攻撃になれば、この辺は酷いことになりますが、どうせ区画整理されるので強制収用の手伝いをするようなものです
わざわざ応援に来ていただいたのに恐縮です 司令のお知り合いということですが何かの事件で?
水原:クラスメートだったんだ 優秀な男だったんだが・・・
彼にはいまだ信じられなかった あの浅野が今夜ここで撃ち殺されるのが
そこまで自分の世界にこだわるのはなぜだ?
自分も欲求を持っていないわけではないが、仕事という絶対的なものの前では捨てなければならないものだ
そういう習慣のうちに、仕事のための思考法になり、合体していった それがオトナというものだ
社会で成功する 有能な人間というものはそれが必然なのだ
ところが、学生時代にどうしても凌ぐことの出来なかった浅野は自分だけを守り続けた
そうすることに必然性があるのか?
それはそのまま自分が捨て去ったものが、それで良かったのか、どこかに嘘がないかという感覚さえ運んだ
浅野はついに自分に下らなかった
社会的には犯罪者だが、水原の生き方の正当性を裏付けることを拒否して死のうとしている
もう浅野はいなくなる それでも自分は生き続けなければならない 自分なりの方法で
*
「あと5分で総攻撃にかかる!」
いくら抵抗したところで10分とはもつまい しかし、それでいい
これだけ充実した生を送った人間が、はたしてどれだけいるだろう
自分を売り渡した代わりに、穏やかだか生きているか死んでいるか分からないような毎日を送る大群
ユカリも死ぬ そのことが不意に彼を我に返らせた
その愛は、自分のためより、ユカリの幸せを願う愛に転化している
ユカリは助かるべきなのだ
「君は外へ出ていくんだ 今行けば、警官は撃たないだろう」
「私はもう一人では生きていけないわ!
他の男の人が来ても、あなたへと同じ反応しかできないし、
あなた以外の人に尽くすことは耐えられない
それに、自分でも判るけど、もうだいぶ狂いかけているのよ もう使いものにならないの」
たしかに自分は世の中では敗北者かもしれない
世間と妥協できず、抵抗し、結果、不利な仕事へ追い込まれた
世の矛盾に耐えられず、阿るものかと気負うくせに、刻々とスポイルされることに気づいていた
あのままでは水原のような人間になるほかなかったかもしれない
世の要求以上に身に付け、世を動かす人間
そのために自分と、真の人間同士のつながりを放棄せざるを得ない人間
ユカリとの世界を幻影だと水原は言った 彼自身の投影だと
だがそれさえ放棄するのは、またあの腐った世界で生きなければならないことを意味する
自分は幻影を現実に定着させたのだ
幸せは時間の長さではなく、密度の高さにあるのではないか?
いかに汚れ、みすぼらしくとも、この部屋以上の豪華な場所を考えることはできない
これを憐れというほうがおかしいのだ
物質にだけ充足し、贅沢を目的にしている連中に、真の価値は判るまい
人間の幸福は、住む場所、着るもので決まるわけがないのだ
他人の評価とは関係ないものなのだ
*
ドアから警官たちが押し入り、レーザーガンをひきつづけ、黒い山ができた
「降伏しろ!」
他の警官のレーザーが男の腕、腹を貫き、頭が吹き飛ばされ、
女にも糸のように細い熱線が通り抜けた
どうしても信じられないという顔で座り込む女の手には、レーザーガンが握られている
水原:ユカリ、それを渡すんだ
司令がもう一度言った時、女の目が急に生き返り引き金を引いた
司令の胸に大穴があき、周りも黒焦げになった
隊長:撃て!
全裸の女の下腹部は焦げ、腕はちぎれ、コードや部品がこぼれた
やがて、足元のもとは男だった肉塊の中へ倒れていった
【山本明解説 内容抜粋メモ】
眉村の作品は未来を描いているのに、読んでいる僕の時計は20年逆行する
1950年 ラディカルな学生が愛読いていた本に
『愛に悩み、死を怖れるもの』というのがあった
愛と革命に関するアンソロジーで、
太宰治の「人は恋と革命のために生まれてきたのです」
「エデンの園は神の植民地でした」という句で有名な、出隆の
全学連へのメッセージなどで構成されていた
仲間の間で人気だったのは
「れい子よ、夕焼ならば明日は晴れるのだ」という散文詩だった
朝鮮戦争、レッドパージ、単独講和条約、安保締結という暗い中で
「明日は晴れる」ことに一縷の望みを見出していた
しかし「明日」はなかなかやってこなかった
何人かは
火炎瓶闘争で逮捕され、ある者は農村工作隊に参加し
ある者は政党の地区委員として半地下生活を送り、そして
六全協
甘い「革命的ロマンチズム」は消え去った
しかし、その後も「愛」をテーマにした本は刊行されている
田宮虎彦の『愛について』、『愛と死をみつめて』
曾野綾子の『誰のために愛するか』など
しかし、これらには変革の契機が全くない
眉村作品には、『愛に悩み、死を怖れるもの』と同質の「愛」がある
管理社会で窒息しかけている人にとって『わがセクソイド』は
「革命的ロマンチズム」の復活の宣言書だ
主人公・浅野は、女性への愛と、人間同士の愛を同じレヴェルで考える男だ
眉村は、2人の中に、管理社会に対する反抗の原点を求めている
若い読者の中には、この甘さをあげつらう人もいる
だが、昭和ひと桁の思い、1950年代に学生生活を送った者が知る
ロマンと悲愴感の交錯を見るのだ
眉村は大げさな演説が嫌いだ
『幻影の構成』の中でも管理社会に挑戦し、勝利した主人公ラグがいる
「オレはオレ以外の何物でもない」ために「自身の意志で動きだす」ために
眉村は「愛」が必要だと主張する これは恐ろしい作品だ
捨てた未練にもう一度手を伸ばさせる
今、日本のSFは岐路に立っている
ようやく市民権を得たのはいいが、さまざまな作品がSFの名を冠して賑わしている
単に宇宙を舞台にした活劇や、読むに耐えないものがたくさんあるけれども
眉村が一貫して、情報社会における人間の在り方を「愛」をテーマに追求しているのは好感がもてる
眉村は喜び勇んで小説を書いていると僕は思えない
仕方なくSFの形式を借りて、心情を吐露しているように思える
そのことが、日本のSF界にひとつの極を作り、堕落を防ぐ契機になると思う
***
つまり何も変わっていないということだ
世の中はあるがまま、自分もまたあるがまま
それを自身が認めることだと分かっているのに逃げ回り続けている
そういえば、エンデの『はてしない物語』で、自分のありのままの姿を見せる鏡が
実は一番怖いんだっていう件があったっけ
『ネバーエンディング・ストーリー』
『ネバーエンディングストーリー 第二章』
(今作もあれだけ夢中になって読んだのに、メモがないのはおかしいなあ
ミヒャエル・エンデも大好きで、いろいろ読んだのに、その他のメモもない 相当昔に読んだんだな
どんなに恐ろしい“外”のモンスターなどより
人は自分の本質を見るほうがショックだというシーン
でも、本作では、それを自分が認めた時から自立し
“他”を受け入れ、真実の愛を得た
自分が本当は何物か、本当に求めているものは何か
知りたいと求めたところで、実際見たいかと言われればNOということ
ヒトが死ぬ時に見させられるといわれる「走馬灯」も同じか
客観的に“魂”という“無の境地”から見たら
一生懸命に追いかけていたものがいかに滑稽だったか
いかにくだらない事柄にこだわって、しがみついていたかも見えるのかもしれない
***
アンドロイドの進化についても、最近いくつかメモった
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ヒトの役に立つ奴隷から、人権を求めるまでになる未来も来るかもしれない